僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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五章

もう一人いる、1

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「ベンチで話し合った次の日のお昼休み、俺は月浜さんに、自分と同じ想いを抱いている子がいるから会ってあげてくださいって頼まれた。緊張やなんやかんやで一杯一杯になりながらもひたすら頭を下げる月浜さんの姿に、俺はようやく気づいた。あの担任の被害者は、俺だけじゃなかったんだって」
 二階堂は申し出を快諾した。優しい言葉を掛けられ今にも泣き出しそうになる月浜さんをなぐさめながら待ち合わせ場所へ行くと、隣の組の男子が小さくなって座っていた。二階堂は前日同様、彼から何かを言われた記憶はなかったが、「僕も皆と同じだ」と彼も頑なに自分を責め続けたそうだ。
「篠山という名のそいつも、俺に全部打ち明けてくれた。二回目という事もあったがそれより、やっぱ男同士だったから気が楽で、俺もそいつに全部ぶちまけたよ。そしたら、我がことながら情けない学校生活に涙が出てきて、篠山と二人で大泣きしちゃってさ。すると月浜さんが、自分も一緒に泣きたかったろうにそれを我慢して、俺らを一生懸命なぐさめてくれた。あのとき、俺はつくづく思ったよ。男は肉体面では女より強いが、精神面では、女に負けているんだってさ」
「「だよな!」」
 僕と北斗は声を揃え完全同意を示した。そんな僕らに二階堂は周囲を憚りつつ、「十組の女の子たちはとりわけそうだよな」と声を潜めた。それを皮切りに、クラスの女の子たちによる十組の精神的支配体制について、僕ら男子三人は短いながらも熱い議論を交わしたのだった。
 それが一区切りしたところで、
「二階堂、その男の子も研究学校に入学したとか?」
 なんとなく思い立ち訊いてみる。二階堂はその問いに、胸をそびやかした。
「ああそうだ。あいつは芸術家肌だったから、筑波の研究学校で寮生活をしているよ」
 筑波は芸術部門における東日本一の研究学校だったので、僕と北斗は凄い凄いを連発した。ちなみに西日本の芸術トップは、品の良さで名高い金沢が担っている。筑波は工業も強いがそれは研究学校全般に共通し、浜松がその部門の王者として長年君臨している。ただ宇宙工学に限っては、種子島がダントツ。宇宙を目指す子供達にとって種子島の研究学校は、宇宙への登竜門として大いなる憧憬を集めていた。
 という話の最中、
「なあ二階堂、最初のクラスメイトで研究学校に入学したのは、何人中何人だった?」
 さりげなく北斗が尋ねてくれた。僕も気になっていたが、これはデリケートな問題とされていて、口に出せなかったのである。
「それ、うちの地域で密かに注目を浴びたことなんだ。研究学校の入学案内が届いたのは、三十一人中三人。地域平均の、二倍だったよ」
 やはりなと呟き北斗は沈黙した。僕と二階堂も押し黙り、皆で思考の世界に身を沈めた。
 日本の新生児数はここ三十年近く、百万人を少し上回る数を維持している。研究学校へ入学するのはその中の50400人だから、二十人に一人が研究学校生になるのだ。しかしこれはあくまで全国平均なためクラス単位ではばらつきが出るし、また私立小学校の教育方針も、入学率に大きな差を生むことが知られていた。AICAの天井を見つめつつ、輝夜さんが自分の罪深い過去として以前話してくれたことを、僕は思い出していた。
「私の小学校は、いわゆるお嬢様学校だった。そこは、研究学校に入れさせないための学校と、陰で噂されている場所だった。私の学年は例年の二倍の研究学校入学率だったけど、それでも割合は2%。百人の同級生のうち研究学校に進んだのは、私の他は一人だけ。その子は私同様、学校に強い反感を持つ子だったの」 
 その子は学校の教育方針に公然と異を唱える子で、周囲から酷く浮いていた。それを知りつつも輝夜さんはその子に、自分の本心を明かせなかった。『体制に従順たるべし』という、白銀家で二番目に重視される家訓が、輝夜さんを縛っていたのである。
「最重視されているのは『翔化技術の私的利用を禁ずる』という翔人全般の決まりだったから、体制に従順であることは事実上、白銀家の筆頭家訓だった。私は学校に反感を持ちながらも、体制に最も従順な模範生として、教師達から特別待遇を受けていた。一人孤立するその子に駆け寄り、真実を打ち明け手を取り合うことより、私は保身を選んだ。ううん、選び続けたの」
 今なら容易く理解できる。輝夜さんは家族に、洗脳されていたのだと。
「研究学校の入学案内が届いた私は、真っ先にその子に会い謝罪した。するとその子が、知っていたよって言うの。表に出せないだけで、胸の内では自分と同じ想いの子がいてくれてとても助けられたって、笑って言うの。私は自分の罪深さを知った。だから両親に裏切り者と糾弾されても、学校の皆から存在しない者として扱われても、当然の罰と思った。けどその子は、そんな私にさえ、優しく接してくれる人だったの。そんな素晴らしい人より、保身を優先してきた者。それが、私なんだ」
 その子は北海道の研究学校に進み、農業工場の研究をしているそうだ。日本の農業工場は世界一で、そして北海道の研究学校は、その分野の絶対王者と謳われる存在。「だから私は勘当されても食べていける、心配しないでね」と、輝夜さんはその子からいつも励まされていたと言う。
「それでも、その子への罪悪感を最後まで拭えなかった私は、自分をその子の友達と思うことができなかった。そしてそれは、その子も同じだった。だから私達は決めた。研究学校を立派に卒業し、胸を張って笑えるようになってから再会しようって、私達は二人で決めたんだ。でも寂しくて、メールはちょくちょくやり取りしているの。だってメールなら顔が見えないから、約束を破ったことにはならないもんね」
 輝夜さんは大粒の涙を流しながら、えへへと笑った。その時はわからなかったが、二階堂の話を聴いた今は手に取るように解った。幼い子供に施された洗脳は、その子の一部となって心と同化する。それ故、心から洗脳を取り除く行為は、体から臓器を取り出すに等しい巨大な傷を心に穿うがつ。それは、数カ月で癒される軽い傷では、決してないのだ。
 僕は、あらん限りの力で拳を握りしめ誓った。
 輝夜さんの心の傷を癒せる自分になってみせる、と。

 そろそろ全行程の四分の三を走破するぞと地図マニアの北斗から指摘され、二階堂は大慌てになった。まあでも、浦所街道のような郊外の幹線道と違い、人通りの多い市街地ではAICAはノロノロ運転になるから、残り時間も四分の一ってワケじゃないんだけどね。
「俺に話しかけてくれた最初の二人はその後、俺以外の元級友たちと接触して行った。すると、興味深い結果が出た。元級友の三分の一はクラスで元気に振る舞っていたが、それ以外の三分の二はどこか沈んだ、物静かな生徒になっていたんだ。俺は二人の制止を押し切り、元気なグループの一番元気な奴に会いに行った。お前らだから話すが、立ち直るのに三日掛かったよ。三日で済んだのは、そいつらと接触した二人もそうとう落ち込んでいて、三人で励まし合えたからだ。いやマジ、仲間は偉大だよな」
 どんなことを言われたんだと、僕は二階堂の胸倉を掴み問いただしたかった。だがその激高した気持ちは、二階堂の最後の言葉で霧散して行った。僕の代わりに二人の仲間がそれをしてくれたのだから、それでいい。仲間と分かち合うことで楽になったのなら、それで充分だ。僕は、そう思えたのだ。
「俺達三人は、物静かな方の十八人と対話を重ねた。十二月中は間に合わなかったが冬休みが終わるころには、その十八人に俺達三人を合わせた、二十一人の共通見解を得ることができた。それは、元担任が受け持った卒業生達と接触してみよう、というものだった。元担任は俺らの前の年はクラスを受け持っておらず、そして俺ら以降は正担任を離れる要望を出していたから、同じ立場の生徒は卒業生しかいなかったんだな」
 その話を聞いた僕は拳を握る力を緩めたが、北斗は逆に、握る力を強めたようだった。北斗は『それにどう対応したか』を最重視する奴だから、二十一人の共通見解に共感したのかな、と僕は思った。
「その試みが成功したのは、ひとえに兄貴達のお蔭だ。兄貴達は自分達の同級生と先輩後輩を足掛かりに、十年分のデータを一週間で揃えた。そしてそれを、兄貴達が直接知る最も人品高潔な先輩に見せた。先輩はデータを見るなり、真っ青になったそうだ。その先輩と兄貴達は伝手つてを総動員し、担任を文科省の諮問会に掛けることに漕ぎ着けた。そのメールを受け取ったのは、忘れもしない二月二十八日。俺ら二十一人は廊下に集合し、全員で号泣したよ」
「おめでとう!」
 僕は二階堂にお祝いを述べた。だがその直後、予想に反することが二つ起きた。一つは、北斗が押し黙った事。そしてもう一つは、二階堂が沈痛な表情を浮かべた事だ。重苦しい気持ちを抱えつつ僕は問うた。「何があったの?」 しかし二階堂はそれに答えず、首を小さく振り目を閉じる。北斗が二階堂に代わり、怒りに震える声で答えた。
「監視AIの証拠が無い。しかもその担任はもうすぐ定年だから、教師の大部分は皆で示しあわせて、担任に不利な証言をしなかっただろうな」
 僕は自分の間違いに気づいた。北斗が拳を強く握ったのは、二十一人の仲間に共感したからではなかった。北斗は、知っていたのだ。
 この世には、たちの悪い人間がいるということを。
「北斗の推測どおり、担任は明確な証拠が無いことを盾に、俺らの主張を全否定した。人生の大部分を教育に捧げてきた定年間近な私を、なぜこんな理不尽ないいがかりで責めるのですかと担任は泣き崩れた。俺らに有利な発言をする教師も一人もいなかった。そして日を追うにつれ、教師達に同調する生徒の声が高まっていった。その中心にいたのは、元気な方の十人だった。そいつらはクラス序列の上位者で俺らは下位者だったから、上位者に有利な展開になっても、小五じゃ仕方ないよな」
 仕方ないということにして十人を擁護する二階堂へ、北斗が手を差し伸べた。
「なあ二階堂。AI監視外でお前が劣等感を植え付けられたように、その十人も、監視外で優越感を植え付けられていたんじゃないのか」
 それに答えることなく、二階堂は何気なく、だが間髪入れず問うた。
「なあ北斗」
「なんだ二階堂」
「お前はなぜ、悪人であるより善人であろうとする。お前が悪を望めば、世界史に轟く独裁者となった果てに新時代の善を人類へ残すことも、可能だろうに」
 どわっ、と僕は心の中で引っくり返った。善悪の核心を突く問いもさることながら、北斗に己の本質をさらけ出させようとする二階堂の覚悟に、ぶったまげたのである。僕は心中、二階堂のご両親へ語りかけた。あなた方の息子さんは、とんでもない大物ですよ!
 しかし僕を引っくり返した二階堂の問いかけは、北斗にとってはそよ風でしかなかったらしい。小石を吹き飛ばす強風も、いわおにとっては微風でしかないのだと、僕は妙に納得したのだった。
「人類がまだ幼く、上からの改革を必要としていたなら、俺はそれを躊躇わなかっただろう。だが今は、人類一人一人に自律が課せられた時代だ。だから俺は俺本来の、俺でいるんだよ」
「へいへい。なら俺も、俺でいることにするよ」
「ああ、頼んだぞ。大草原を統べる、白馬となる者よ!」
「おお、望むところだ!」
 ハ~ッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ! 
 二人は声を揃え、中二病全開の哄笑を車内に響かせた。
 心の中で、二階堂のご両親へ再度語りかける。
「息子さんの潜在的中二病が今、発病してしまいました。息子さんは、もう後戻りできないでしょう。どうか、諦めください」と。
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