僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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五章

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「猫将軍がトイレで籠城していたとき、お袋から聞いたよ。お袋、俺の自己紹介を気にしていたそうだな」
「うん、トイレに向かう途中で呼び止められて、訊かれたんだ」
 やっぱり二階堂は教えてもらっていたんだな、だから名前について自分から切り出したんだなあと敬意を抱きつつ、
「にしても籠城はないだろ」
 僕は唇を尖らせた。二階堂が急に纏った硬い気配に、なんとなくそうせねばならない気がしたのである。しかし僕が唇を尖らせるや、二階堂はニンマリ不敵な笑みを浮かべた。罠にハメられたのだと知り慌てて対抗策を考えるも、時すでに遅し。僕は窮地に立たされた。
「うむ、さすがは猫将軍。これから恥ずかしい思いをする俺に付きあい、一緒に恥ずかしい思いをしてくれるんだな。ならばはっきり言おう。あれは籠城ではなく、単に・・・」
 僕は焦るあまり、骨を断たれる前に肉を斬らせるという、自分でも訳が分からないヘンテコな作戦を採用した。
「はいはいそうそう、あれは籠城でした。いやあ悪かったね二階堂。人んちのトイレで、籠城なんてしちゃって」
「いいってことよ、たまにはそういう時もあるよな!」
「うんうん、あるよね!」
 でもまあ結果的に、ヘンテコ作戦は成功したのだと思う。二人でワイワイやっているうち、演技でなくホントに楽しくなってきた僕と二階堂は、当たり障りのない恥ずかしい暴露話で盛り上がることが出来たからだ。するといきなり、
「俺はトマトが大好きだが、なぜかトマトジュースは苦手で飲めない」
 などと、北斗が的外れなことをほざいた。僕と二階堂は揃って、冷ややかな眼差しを北斗へ向ける。
「一応訊くが、お前そのネタで、俺らの暴露話に参加できると思ってるワケ?」
「北斗、思ってるワケ?」
「あ~、俺はミルクチョコレートが好きでブラックチョコレートは苦手なのだが、バレンタインではなぜかブラックチョコレートばかりを大量に貰ってしまい、毎年たいへん難儀している」
 的を外すどころか、こちらに向かって弓を放ってきたとしか思えない北斗の爆弾発言に、僕と二階堂はあからさまに眉を寄せヒソヒソ話を始めた。
「二階堂、なんか僕、腹が立ってきたんだけど」
「俺もだ。たった一個の義理チョコにうれし涙を流す男さえ、少数派なのにな」
「ゴホンゴホン! は、白状すると俺は・・・」 
 僕らのヒソヒソ話に咳きこんだ北斗は、大慌てでとっておきの暴露をした。
「俺は新忍道を始めた当初、朝の筋肉痛が酷すぎて起き上がることができず、いつも小便を漏らす寸前になりながらトイレに向かっていた。筋肉痛がピークのころ、万が一の事態を恐れた俺は、成人用おむつを購入し枕元に置いて寝た。翌朝、人生最大の筋肉痛に襲われた俺は、誇りをかなぐり捨て枕元に手を伸ばし、おむつを履こうとした。だが体が痛すぎて、おむつを履こうにも履くことができなかった。無駄な試みで時間を浪費した俺は、人生最大の筋肉痛と人生最大の小便我慢にうめきつつトイレを目指した。何とか間に合ったが安心するあまり、床とパジャマに大量の小便をぶちまけている事に気づけなかった。俺は痛みと情けなさにしおれながら床を掃除し、パジャマを手で洗ったよ。頼む、どうかこれで、許してやってくれないか・・・」
 今度は僕らが大慌てになる番だった。
「うわわっ、ごめん北斗、僕が悪かったよ!」
「ホントごめん北斗、お前は偉大だ、偉大な漢だ!」
「僕もそう思うよ、筋肉痛に負けず筋肉を酷使するなんて、そうそうできない事だよ!」
「北斗、運動初期の筋肉痛の度合いは、克己心に比例するんだ。お前は強大な克己心を持つからこそ、強大な筋肉痛に襲われたんだぞ!」
 僕と二階堂の懸命のフォローに、ありがとう、ありがとうと繰り返しながら北斗は涙を流した。初めは、明らかな嘘泣きだった。けど北斗は筋肉痛の記憶に引きずられ、紫柳子さんに吐露した苦渋の記憶を、呼び覚ましてしまったのだと思う。
 それが何なのかは判らずとも、本物の涙を流す北斗と共に、僕と二階堂はもらい泣きをしたのだった。

 日の入りからそろそろ一時間を迎えようとする、午後七時半。
 夜の帳に覆われた世界のただなかを、AICAは走る。
 暗がりから切り離された、狭いながらも心地よいこの一隈で、こころ許せる二人の友と親密な会話を重ねてゆくこの瞬間を、僕は生涯の宝として胸に刻んだ。
一兄かずにい四歳、十兄とうにい三歳の、やんちゃ盛りの男の子二人を抱え両親共々てんてこ舞いになっていたころ、お袋のお腹に三人目の命が宿った。それを伝えると兄貴達は一変し、家の手伝いを競ってする兄弟になったそうだ。手伝いの内容はまるで覚えてないが、立派なお兄ちゃんになるんだって張り切っていた事だけは明瞭に覚えていると、兄貴達は照れながら話しているよ」
 よる、というものには、心と心を近づける何かがあるのかもしれない。お兄さん達の心の一端に僕と北斗の心が触れたような、そんな不思議な気配が車内を包んだ。
「だが、お袋は少し困惑していた。馬の夢の様相が、今までとはまったく異なっていたからだ。一匹の馬が、様々な障害に遭いながら大地を走っている。無限に近い大地を無限に近い時間を費やし、一匹の馬が苦難に遭いつつひた走っている。お袋はそんな夢を見続け、そして朝になり目覚めるたび、鍛え抜いたはずの握力が殆どなくなっていることに気づいたそうだ。頑張れ、頑張れと叫びながら手を握り締めていたのだろうと、親父は言っていたな」
 宇宙から見た青い星と、青い海を臨む荒れ地を耕し続けた日々が心をかすめる。
 その余韻を胸に、僕は二階堂の話に耳を澄ませた。
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