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五章
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そんな僕の想いを察してくれたのだと思う。北斗と二階堂は阿吽の呼吸で歩みを止め、聴く姿勢を整えてくれた。二人の友と紫柳子さんに敬意を込め、僕は見解を述べる。
「紫柳子さんは、何らかの武術の達人だと思う。僕の祖父母と同じ気配を、紫柳子さんは持っているんだ」
僕に首肯したのち、二階堂は北斗へ顔を向けた。
「なあ北斗、お前は紫柳子さんの頭脳を、どう感じた?」
「あれほど聡明な女性を、俺は他に知らない。あの人は俺に慢心するなと助言してくれたが、俺にとってはあの人の存在そのものが、己の未熟さを気づかせてくれる助言だったよ」
緊張に身を強張らせ北斗は答えた。しかしそんな北斗とは真逆に、二階堂は体全体で息を吐き、いつものラフな気配をまとう。二階堂と同じ気持ちだった僕も緊張を解き、普段の自分に戻った。なぜなら、能力に差のあり過ぎる家族と暮らしてきた僕らは、ずっとこうして自分を守ってきたからだ。こういう場面でダメージを最も少なくしてくれるのは、笑うことなのである。
「北斗が舌を巻く頭脳を持ち、猫将軍が認める武術の達人でもある人。正直、差があり過ぎて、俺は笑う事しかできない」
「僕も同意。紫柳子さんについてあれこれ考えるのは、僕にはお手上げだよ」
僕と二階堂は顔を見合わせ、アハハと笑った。そう僕らは、これ以上考える事を放棄した。だって考えたって仕方ないもんね、アハハハハ~~!
そんな僕達二人を、北斗は何か言いたげな顔でしばし見つめていた。でも数秒後、得心したようににっこり笑い、ポンと手を打った。
「魅力的な女性は、得てしてミステリアスなものだ。それを暴くは無粋の極み。ミステリアスな女性は、ミステリアスなままにしておくか」
僕と二階堂は「「賛成」」と声を合わせた。そして並んで歩きながら、今日出会った大人の女性のミステリアスな魅力を、競うように話し合っていった。これも素敵だった、あれも素敵だった、やっぱ女性は未知の部分があるからこそ、魅力的なんだよなあ。
だが、僕は完全に忘れていた。
いや今回は、二階堂も完全に忘れていた。
秋葉原から帰って来た今の僕らは、秋葉原に行く前の過去の僕らとは、違うという事を。
独り先頭を歩いていた北斗はこれ見よがしに肩を落とし、残念そうに呟いた。
「二人がそこまで言うなら、これもミステリアスなままにしておこう」
それを耳にしたとたん、僕と二階堂は電撃カートリッジをくらったが如く痙攣し、立ち止まった。そしてその直後、僕らは猛ダッシュで北斗に追いつきその手元を覗き込む。そこには紫柳子さんから送られた、未開封のデジタル名刺が映し出されていた。
「ちょ、ちょっと待った! 北斗、それどういう意味だ!」
「ん? 何を慌てているんだ二階堂。この名刺を家に着くまで開かないで欲しいとあの人が顔を赤らめた理由も、ミステリアスにしておくんだろう」
「なにっ、お前その理由を知っているのか!」
「いや知らん。プロトコールの授業で習ったことを用いれば、推測可能なだけだ。だが二人とも『あの人が顔を赤らめた理由』も、考えないことを望むんだよな」
やっちまったと僕と二階堂は頭を抱えた。ああまったく、僕は幾度繰り返せば学ぶんだ。自分に無理だから他の人にも無理だなんて、なぜ考えちゃったんだよ、この残念脳ミソめ!
「ごめん北斗。紫柳子さんが新忍道をしているか否かについて考えることを放棄したのは、間違いだった。僕には不可能でも、他の人には可能なことが、この世には山ほどあるんだよね。だからこそ僕らは、一人では辿り着けない正解を得るため、皆の得意分野を持ち寄って議論するんだよね。そうだよね北斗!」
議論については完全に同意なのだが、と肯定しつつも言葉を濁す北斗へ、二階堂が取りすがった。
「北斗、俺らはさっきの行動を改める。あんなふうに、自分と同種の人間だけで自分に都合の良い結論を出し、そこに逃げ込むようなことを、俺らはもうしない。だからどうか、あの人が顔を赤らめたことへの推測を、俺らに聞かせてくれ!」
北斗は困ったような、もしくは作戦が大成功してほくそえんでいるような、そんな複雑な表情を浮かべた。
「いや、お前らの言い分はもっともだし、二人がそう言うなら俺も推測を話す事にやぶさかではないが、なにぶんもう」
北斗は右手を持ち上げ何かを指し示し、言った。
「二階堂の家に着いちまったから、話は無理だな」
「うっぎゃあ~~!」
「何てこった~~!!」
僕と二階堂は今度こそ本当に頭を抱え、己の不徳を責めた。
そして僕らは時計を確認しつつ、兎にも角にも三つの結論を出した。
一.紫柳子さんが新忍道をしているか否かは不明だが、もししているなら、本部チームに加わる技量を体得していると考えて間違いない。
二.刀と銃は互いの得意不得意を補完し合う関係にあるため、刀が利用可能になれば、まったく新しい3DG攻略法を開拓できる。
三.そしてその先駆者たるべきは、日本の新忍道本部をおいて他にない。
この三つを北斗が超高速タイピングし保存した時点で、時刻は午後五時二十五分。目の前にある二階堂邸の門扉を直ちに潜れば、五時半までに帰宅するという約束を違えることは避けられるはず。
僕らは飛び込むように、二階堂家の敷地へ駆け込んだのだった。
「紫柳子さんは、何らかの武術の達人だと思う。僕の祖父母と同じ気配を、紫柳子さんは持っているんだ」
僕に首肯したのち、二階堂は北斗へ顔を向けた。
「なあ北斗、お前は紫柳子さんの頭脳を、どう感じた?」
「あれほど聡明な女性を、俺は他に知らない。あの人は俺に慢心するなと助言してくれたが、俺にとってはあの人の存在そのものが、己の未熟さを気づかせてくれる助言だったよ」
緊張に身を強張らせ北斗は答えた。しかしそんな北斗とは真逆に、二階堂は体全体で息を吐き、いつものラフな気配をまとう。二階堂と同じ気持ちだった僕も緊張を解き、普段の自分に戻った。なぜなら、能力に差のあり過ぎる家族と暮らしてきた僕らは、ずっとこうして自分を守ってきたからだ。こういう場面でダメージを最も少なくしてくれるのは、笑うことなのである。
「北斗が舌を巻く頭脳を持ち、猫将軍が認める武術の達人でもある人。正直、差があり過ぎて、俺は笑う事しかできない」
「僕も同意。紫柳子さんについてあれこれ考えるのは、僕にはお手上げだよ」
僕と二階堂は顔を見合わせ、アハハと笑った。そう僕らは、これ以上考える事を放棄した。だって考えたって仕方ないもんね、アハハハハ~~!
そんな僕達二人を、北斗は何か言いたげな顔でしばし見つめていた。でも数秒後、得心したようににっこり笑い、ポンと手を打った。
「魅力的な女性は、得てしてミステリアスなものだ。それを暴くは無粋の極み。ミステリアスな女性は、ミステリアスなままにしておくか」
僕と二階堂は「「賛成」」と声を合わせた。そして並んで歩きながら、今日出会った大人の女性のミステリアスな魅力を、競うように話し合っていった。これも素敵だった、あれも素敵だった、やっぱ女性は未知の部分があるからこそ、魅力的なんだよなあ。
だが、僕は完全に忘れていた。
いや今回は、二階堂も完全に忘れていた。
秋葉原から帰って来た今の僕らは、秋葉原に行く前の過去の僕らとは、違うという事を。
独り先頭を歩いていた北斗はこれ見よがしに肩を落とし、残念そうに呟いた。
「二人がそこまで言うなら、これもミステリアスなままにしておこう」
それを耳にしたとたん、僕と二階堂は電撃カートリッジをくらったが如く痙攣し、立ち止まった。そしてその直後、僕らは猛ダッシュで北斗に追いつきその手元を覗き込む。そこには紫柳子さんから送られた、未開封のデジタル名刺が映し出されていた。
「ちょ、ちょっと待った! 北斗、それどういう意味だ!」
「ん? 何を慌てているんだ二階堂。この名刺を家に着くまで開かないで欲しいとあの人が顔を赤らめた理由も、ミステリアスにしておくんだろう」
「なにっ、お前その理由を知っているのか!」
「いや知らん。プロトコールの授業で習ったことを用いれば、推測可能なだけだ。だが二人とも『あの人が顔を赤らめた理由』も、考えないことを望むんだよな」
やっちまったと僕と二階堂は頭を抱えた。ああまったく、僕は幾度繰り返せば学ぶんだ。自分に無理だから他の人にも無理だなんて、なぜ考えちゃったんだよ、この残念脳ミソめ!
「ごめん北斗。紫柳子さんが新忍道をしているか否かについて考えることを放棄したのは、間違いだった。僕には不可能でも、他の人には可能なことが、この世には山ほどあるんだよね。だからこそ僕らは、一人では辿り着けない正解を得るため、皆の得意分野を持ち寄って議論するんだよね。そうだよね北斗!」
議論については完全に同意なのだが、と肯定しつつも言葉を濁す北斗へ、二階堂が取りすがった。
「北斗、俺らはさっきの行動を改める。あんなふうに、自分と同種の人間だけで自分に都合の良い結論を出し、そこに逃げ込むようなことを、俺らはもうしない。だからどうか、あの人が顔を赤らめたことへの推測を、俺らに聞かせてくれ!」
北斗は困ったような、もしくは作戦が大成功してほくそえんでいるような、そんな複雑な表情を浮かべた。
「いや、お前らの言い分はもっともだし、二人がそう言うなら俺も推測を話す事にやぶさかではないが、なにぶんもう」
北斗は右手を持ち上げ何かを指し示し、言った。
「二階堂の家に着いちまったから、話は無理だな」
「うっぎゃあ~~!」
「何てこった~~!!」
僕と二階堂は今度こそ本当に頭を抱え、己の不徳を責めた。
そして僕らは時計を確認しつつ、兎にも角にも三つの結論を出した。
一.紫柳子さんが新忍道をしているか否かは不明だが、もししているなら、本部チームに加わる技量を体得していると考えて間違いない。
二.刀と銃は互いの得意不得意を補完し合う関係にあるため、刀が利用可能になれば、まったく新しい3DG攻略法を開拓できる。
三.そしてその先駆者たるべきは、日本の新忍道本部をおいて他にない。
この三つを北斗が超高速タイピングし保存した時点で、時刻は午後五時二十五分。目の前にある二階堂邸の門扉を直ちに潜れば、五時半までに帰宅するという約束を違えることは避けられるはず。
僕らは飛び込むように、二階堂家の敷地へ駆け込んだのだった。
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