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五章
ミステリアス、1
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紫柳子さんのAICAが鬼子母神前に到着したのは、午後五時十五分だった。後部座席中央の僕が最後に降り、車体から離れる。するとAICAは音もなく後退し始め、後退しながら「にょろん」と向きを変え、明治通りの方角へ去って行った。四つのタイヤを個別に使う180度ターンは珍しい光景ではないが、それでも僕らは、感嘆の声を上げずにはいられなかった。
「なんだあの、氷の上を滑っているような方向転換は!」
真っ先に賞賛を口にしたのは二階堂だった。西暦2060年現在、山手線内に住む人のマイカー所有率は、5%未満まで低下している。生まれてこのかた自宅にマイカーがなく、そもそも興味を持ったことすらないと言っていた二階堂にとって、今の方向転換は瞠目せずにはいられない光景だったようだ。しかしそれは、僕と北斗にとっても同じだったのである。
「さすが、新忍道本部執行役員のAICAだね。あれ、僕の家のじゃ無理だよ」
「俺の家のでも無理だ。滑らかさを追求して止まない仲間達に囲まれた紫柳子さんは、自分のAICAにも、滑らかな動きをさせてあげたかったのかもしれないな」
今の自動車に何より求められるのは燃費であり、前時代の人々が熱狂した走行性能を競う風潮は消滅して久しい。だが紫柳子さんは北斗の推測どおり、たとえ追加料金を払ってでも、AICAに滑らかな動きをさせてあげたかったのかもしれない。二階堂が、関心深げに口を開いた。
「なるほど、そういう事だったのか。俺は止まったまま方向転換するAICAしか見てこなかったから、驚いちまったよ。だが一つ、今の北斗の話で気になる箇所があってな」
「そうだよね、あるよね!」
そう即座に同意した僕に相槌を打ち、二階堂は問うた。
「紫柳子さんは新忍道の仲間に囲まれているだけじゃなく、自分も新忍道を、やっているんだよな?」
それから僕らは二階堂の家に着くまでの僅かな時間を使い、紫柳子さんが新忍道をしているか否かについて議論した。おそらく時間は五分もないだろうが、そんなの関係ないのである。
「新忍道本部のチームに女性選手がいないことは、本部のHPを見れば明らかだ。だがそれは、チームに入る腕を紫柳子さんが持っていないという根拠にはならない」
北斗のこの意見を土台にし、二階堂が議論を先へ進める。
「紫柳子さんには、俺の家族を凌ぐ運動能力を感じる。紫柳子さんは何らかの理由により、本部チームのメンバーに加わっていないだけなのではないか」
二階堂のこの見解に北斗が唸った。
「人手不足だといえ、刀を使えない人が出雲開発顧問に選ばれるとは考えにくい。むしろ出雲は、紫柳子さんをチームに迎え入れることを目的とし、開発されたのではないだろうか」
刀術を習う者として、僕は資料を提供した。
「銃は地を這う敵に有利で、宙を素早く飛ぶ小さな敵に不利。刀はその逆で、地を這う敵に不利で、宙を素早く飛ぶ小さな敵に有利だよ」
僕がシミュレーターで戦った雀蜂のような敵を、銃は苦手とする。たとえ雀蜂が一匹しかいなかったとしても、専用の散弾銃を使わず倒すのは困難と言えよう。つまり飛行型モンスターとの戦闘では、ボスモンスターまで秘匿しておきたかった銃を、雑魚モンスターに使ってしまう事がままあるのだ。しかもそれは、その時点で新忍道らしい隠密性を諦めることと同義なため、雀蜂のような雑魚モンスターに銃を使うのは、僕らにとって極めて口惜しい事なのである。
「砦の外観から中にいるモンスターを最も推理しやすいのは、飛行型モンスターだよな。つうか蜂や鳥は砦じゃなく、見たまんま巣だし」
「ぷはっ、ホントだね」
そうあれは、推理推測なんて堅苦しい言葉を使う必要などない、まさに巣。二階堂の発言に、僕は思わず吹き出した。
「地上を素早く動く四足の獣族も、銃との相性が悪い。分身もどきを使う奴すらいるくらいだからな。そいつらと戦うなら、眠留は銃と刀のどちらを選ぶ?」
「分身に見えるほど地面を素早く動いていても、最後は一直線に飛び掛かってくるから、僕は刀を選ぶよ」
「やはりそうか。眠留が一匹目の雀蜂で証明したように、出雲なら充分な剣速を生み出さずとも、刃筋に沿い刀を少し動かすだけでモンスターを両断できるからな。ふむ・・・」
僕の回答が予想と合致したのだろう、北斗は歩きながら腕を組み、出雲を用いた作戦立案に没頭し始めた。そんな北斗に替わり、二階堂が身を乗り出し尋ねてくる。
「虫用の接着カートリッジや獣用の催眠ガスカートリッジと比べたら、どうだ?」
二階堂の質問にも僕は即答した。
「盾は空気抵抗が大きいから、銃より取り回しが鈍くなる。また圧搾空気の速度も、弾丸の二十分の一ほどしかない。そのせいでカートリッジから噴出される接着剤や催眠ガスを、モンスターに避けられてしまう事がある。という訳で僕は迷わず、刀を手にするよ」
「飛行型モンスターや高速移動する四足獣モンスターを、いつも俺らの代わりに倒してくれる猫将軍がそう言うのだから、隠密行動中の近接戦闘において、刀は銃を超える武器たりえるという事か・・・」
北斗に続き二階堂も思索にふけり始めた。だがバトンを手渡されたかのように思索を止めた北斗が、二階堂の先を引き継ぐ。
「運動能力に秀でた家族を持つ二階堂は紫柳子さんに家族以上の運動能力を感じたそうだが、眠留も何か感じたか?」
雑司ヶ谷の鬼子母神を訪れたのは今日が初めてだけど、二階堂の家は多分、あの十字路を右折したすぐ先にあるはず。だからここで僕が少し立ち止まっても、夕食に遅刻することはないだろう。そう判断し、僕は立ち止まった。これから口にする内容を歩きながら話すことへ、重大なマナー違反を感じたのだ。
「なんだあの、氷の上を滑っているような方向転換は!」
真っ先に賞賛を口にしたのは二階堂だった。西暦2060年現在、山手線内に住む人のマイカー所有率は、5%未満まで低下している。生まれてこのかた自宅にマイカーがなく、そもそも興味を持ったことすらないと言っていた二階堂にとって、今の方向転換は瞠目せずにはいられない光景だったようだ。しかしそれは、僕と北斗にとっても同じだったのである。
「さすが、新忍道本部執行役員のAICAだね。あれ、僕の家のじゃ無理だよ」
「俺の家のでも無理だ。滑らかさを追求して止まない仲間達に囲まれた紫柳子さんは、自分のAICAにも、滑らかな動きをさせてあげたかったのかもしれないな」
今の自動車に何より求められるのは燃費であり、前時代の人々が熱狂した走行性能を競う風潮は消滅して久しい。だが紫柳子さんは北斗の推測どおり、たとえ追加料金を払ってでも、AICAに滑らかな動きをさせてあげたかったのかもしれない。二階堂が、関心深げに口を開いた。
「なるほど、そういう事だったのか。俺は止まったまま方向転換するAICAしか見てこなかったから、驚いちまったよ。だが一つ、今の北斗の話で気になる箇所があってな」
「そうだよね、あるよね!」
そう即座に同意した僕に相槌を打ち、二階堂は問うた。
「紫柳子さんは新忍道の仲間に囲まれているだけじゃなく、自分も新忍道を、やっているんだよな?」
それから僕らは二階堂の家に着くまでの僅かな時間を使い、紫柳子さんが新忍道をしているか否かについて議論した。おそらく時間は五分もないだろうが、そんなの関係ないのである。
「新忍道本部のチームに女性選手がいないことは、本部のHPを見れば明らかだ。だがそれは、チームに入る腕を紫柳子さんが持っていないという根拠にはならない」
北斗のこの意見を土台にし、二階堂が議論を先へ進める。
「紫柳子さんには、俺の家族を凌ぐ運動能力を感じる。紫柳子さんは何らかの理由により、本部チームのメンバーに加わっていないだけなのではないか」
二階堂のこの見解に北斗が唸った。
「人手不足だといえ、刀を使えない人が出雲開発顧問に選ばれるとは考えにくい。むしろ出雲は、紫柳子さんをチームに迎え入れることを目的とし、開発されたのではないだろうか」
刀術を習う者として、僕は資料を提供した。
「銃は地を這う敵に有利で、宙を素早く飛ぶ小さな敵に不利。刀はその逆で、地を這う敵に不利で、宙を素早く飛ぶ小さな敵に有利だよ」
僕がシミュレーターで戦った雀蜂のような敵を、銃は苦手とする。たとえ雀蜂が一匹しかいなかったとしても、専用の散弾銃を使わず倒すのは困難と言えよう。つまり飛行型モンスターとの戦闘では、ボスモンスターまで秘匿しておきたかった銃を、雑魚モンスターに使ってしまう事がままあるのだ。しかもそれは、その時点で新忍道らしい隠密性を諦めることと同義なため、雀蜂のような雑魚モンスターに銃を使うのは、僕らにとって極めて口惜しい事なのである。
「砦の外観から中にいるモンスターを最も推理しやすいのは、飛行型モンスターだよな。つうか蜂や鳥は砦じゃなく、見たまんま巣だし」
「ぷはっ、ホントだね」
そうあれは、推理推測なんて堅苦しい言葉を使う必要などない、まさに巣。二階堂の発言に、僕は思わず吹き出した。
「地上を素早く動く四足の獣族も、銃との相性が悪い。分身もどきを使う奴すらいるくらいだからな。そいつらと戦うなら、眠留は銃と刀のどちらを選ぶ?」
「分身に見えるほど地面を素早く動いていても、最後は一直線に飛び掛かってくるから、僕は刀を選ぶよ」
「やはりそうか。眠留が一匹目の雀蜂で証明したように、出雲なら充分な剣速を生み出さずとも、刃筋に沿い刀を少し動かすだけでモンスターを両断できるからな。ふむ・・・」
僕の回答が予想と合致したのだろう、北斗は歩きながら腕を組み、出雲を用いた作戦立案に没頭し始めた。そんな北斗に替わり、二階堂が身を乗り出し尋ねてくる。
「虫用の接着カートリッジや獣用の催眠ガスカートリッジと比べたら、どうだ?」
二階堂の質問にも僕は即答した。
「盾は空気抵抗が大きいから、銃より取り回しが鈍くなる。また圧搾空気の速度も、弾丸の二十分の一ほどしかない。そのせいでカートリッジから噴出される接着剤や催眠ガスを、モンスターに避けられてしまう事がある。という訳で僕は迷わず、刀を手にするよ」
「飛行型モンスターや高速移動する四足獣モンスターを、いつも俺らの代わりに倒してくれる猫将軍がそう言うのだから、隠密行動中の近接戦闘において、刀は銃を超える武器たりえるという事か・・・」
北斗に続き二階堂も思索にふけり始めた。だがバトンを手渡されたかのように思索を止めた北斗が、二階堂の先を引き継ぐ。
「運動能力に秀でた家族を持つ二階堂は紫柳子さんに家族以上の運動能力を感じたそうだが、眠留も何か感じたか?」
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