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四章
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緊張に身をすくませていたのは猫だけでなく、人間側にも二人いた。一人は日頃お調子者と目されている人物で、初対面の美鈴に二階堂は体を小さくしていた。けどまあこれは、いわゆる順当まっとう至極妥当なことであり不思議がることはさらさら無いので、うっちゃる事とする。純白のドレスエプロンに身を包む今日の美鈴は、兄である僕ですら動悸がしてくるほどの美少女振りだったからね。
よって美鈴の美しさに身をすくませていたもう一人が真山でも、それは順当なことと言えたのだけど、僕はそれに無限の安堵を覚えていた。なぜなら僕には、確信という名の予感があったからだ。「真山にとって美鈴との邂逅は、人生を価値あるものとするか無価値なものとするかの、分水嶺なのだ」と。
真山は長いこと、女の子の顔が案山子の顔に見えるという不可解な現象に苦しめられてきた。湖校入学を機に少しずつ改善してきているようだが完治には遠く、同学年女子の七割近くが未だ案山子に見えていると言う。真山を苦しめるこの現象へ、僕はいかなる推測も立てることができない。しかし美鈴についてなら、兄として十二年間生きてきた僕にだけ可能なことがある。それは、「美鈴こそが真に卓越した女子である」と断言すること。真山は湖校に入学して初めて、案山子でない普通の顔をした三人の女子と出会った。そしてその三人に勝る女子がもしいるなら、それはこの世にただ一人、美鈴しかいない。それは僕にとって、太陽が東から昇り西へ沈むのと何ら変わらない、不動の事実に他ならないのである。故に信じた。「真山にとって美鈴との邂逅は、人生を価値あるものとするか無価値なものとするかの、分水嶺なのだ」と。
そして今、美鈴と初めて対面した真山は、美少女に顔を赤らめる普通の男子になっている。僕は胸に、無限の安堵を覚えていた。するとそれが教えてくれた。
真山に美鈴の面影がしばしば重なるのはなぜなのか。
夕食会を開き真山を招待しようと思い付いたのはなぜなのか。
そして、案山子の秘密を打ち明けられあれほど嬉しかった理由は、なぜなのか。
これらのことを僕は無限の安堵から、拍子抜けするほどあっさり教えてもらったのである。
耳まで真っ赤になった真山と、頬を初々しく染める美鈴を、ほのぼのした気持ちで僕は見守ったのだった。
拝殿を出るなり呼び止められた。
「なあ、猫将軍」
「どうした、二階堂」
拝殿を背にした二階堂は、追い風に勇気づけられたが如く問うた。
「答えたくなければ答えなくていいんだが、体育祭前の秘密会合で、『上っ面の序列に左右されず腹の底で対等な付き合いができる男に男は惚れる』って発言したのは、猫将軍だよな」
「うん、そうだよ」
敬愛する友人との会話を成り立たせる最小限の言葉で、そう返答した。ホントは、下位序列に籍を置く僕がそんなこと言うなんて計算高いよね、等々の卑屈なセリフを沢山付け加えたかったのだけど、腹の底で対等な付き合いができる二階堂にそれを言うのは侮辱に等しいと考え、僕はそれらを全て呑み込むことにしたのである。そんな僕に無言で頷き、二階堂は先を続けた。
「今日、猫将軍のお祖父さんにお会いして、猫将軍があれを言える漢である理由が、俺はわかったよ」
「・・・?」
今度は必要最小限の返答すらできず、友の顔を覗き込む。二階堂は照れながらも、心の深い場所に秘めていた想いを明かしてくれた。
「お調子者の俺は、大人から見下されることが多い。俺は自分のこの性格を結構気に入っているから、大人に見下されても大して気にしなかった。だが今日、いつもと反対の経験をして、俺は今まで知らなかった自分を知った。猫将軍のお祖父さんのような、大人の漢に認められ対等に接してもらうのは、接してもらうのは、う~ん」
二階堂は途中で言葉を切り、腕を組み眉間に皺を寄せ首をしきりと捻り始めた。その様子に、そういえば今と同じ二階堂をつい最近見たな、なんて胸を温められていると、あの日をなぞるように同じ人物が二階堂に助け舟を出した。
「それは、誇らしいことだ。しかもそれは、自分の未来を切り拓く誇りだ。俺もいつか、こんな大人の漢になって、自分を誇れるようになろう。そう思う自分を、今日新たに発見したんだ」
みたいな感じでどうだろうと問いかける北斗に、二階堂もあの日をなぞるよう覆いかぶさる。
「おお北斗、俺が言いたかったのはそれだ。お前はやっぱ、頼りになるな!」
「頼り頼られるのはお互い様だが全身でくっつくな。暑くてかなわん」
「俺は熱い漢だからそれは諦めてくれ。ほら北斗も、一緒に熱い漢になろう」
「熱い漢なんてカッコイイものじゃなく、ただの暑苦しい野郎だろうが!」
なんてワイワイやる二階堂に、僕は心の中で謝った。すまん二階堂、真山と美鈴の件があまりに重大だったせいで、緊張する二階堂を僕はうっちゃってしまった。だが二階堂、お前も僕の、大切な友達だからな!
という想いが伝わったのか、大切な友人は晴れやかな笑顔を向ける。
「だから猫将軍、俺は自分の中に、自分を誇れる自分を育てて行こうと思う。初めての試みだから長くかかるだろうが、そこらへんはまあ、長い目で見てやってくれ」
「ああ、見ているよ。二階堂、僕こそ長い目でよろしくな」
僕と二階堂は新忍道サークル恒例の、右手と右手を高速で撃ちつけるハンドタッチをした。パンッという小気味よい音が、境内に朗々と響いてゆく。その朗々さが何だか照れくさくて、銃を撃ち合うまねを始めた僕と二階堂を、おもんばかってくれたのだと思う。僕らが照れ隠しに励めるよう、猛が北斗に尋ねた。
「なあ北斗、会話内容から大まかな推測はできたが、お祖父さんの言っていた小冠者って、正式にはどういう意味なんだ?」
よって美鈴の美しさに身をすくませていたもう一人が真山でも、それは順当なことと言えたのだけど、僕はそれに無限の安堵を覚えていた。なぜなら僕には、確信という名の予感があったからだ。「真山にとって美鈴との邂逅は、人生を価値あるものとするか無価値なものとするかの、分水嶺なのだ」と。
真山は長いこと、女の子の顔が案山子の顔に見えるという不可解な現象に苦しめられてきた。湖校入学を機に少しずつ改善してきているようだが完治には遠く、同学年女子の七割近くが未だ案山子に見えていると言う。真山を苦しめるこの現象へ、僕はいかなる推測も立てることができない。しかし美鈴についてなら、兄として十二年間生きてきた僕にだけ可能なことがある。それは、「美鈴こそが真に卓越した女子である」と断言すること。真山は湖校に入学して初めて、案山子でない普通の顔をした三人の女子と出会った。そしてその三人に勝る女子がもしいるなら、それはこの世にただ一人、美鈴しかいない。それは僕にとって、太陽が東から昇り西へ沈むのと何ら変わらない、不動の事実に他ならないのである。故に信じた。「真山にとって美鈴との邂逅は、人生を価値あるものとするか無価値なものとするかの、分水嶺なのだ」と。
そして今、美鈴と初めて対面した真山は、美少女に顔を赤らめる普通の男子になっている。僕は胸に、無限の安堵を覚えていた。するとそれが教えてくれた。
真山に美鈴の面影がしばしば重なるのはなぜなのか。
夕食会を開き真山を招待しようと思い付いたのはなぜなのか。
そして、案山子の秘密を打ち明けられあれほど嬉しかった理由は、なぜなのか。
これらのことを僕は無限の安堵から、拍子抜けするほどあっさり教えてもらったのである。
耳まで真っ赤になった真山と、頬を初々しく染める美鈴を、ほのぼのした気持ちで僕は見守ったのだった。
拝殿を出るなり呼び止められた。
「なあ、猫将軍」
「どうした、二階堂」
拝殿を背にした二階堂は、追い風に勇気づけられたが如く問うた。
「答えたくなければ答えなくていいんだが、体育祭前の秘密会合で、『上っ面の序列に左右されず腹の底で対等な付き合いができる男に男は惚れる』って発言したのは、猫将軍だよな」
「うん、そうだよ」
敬愛する友人との会話を成り立たせる最小限の言葉で、そう返答した。ホントは、下位序列に籍を置く僕がそんなこと言うなんて計算高いよね、等々の卑屈なセリフを沢山付け加えたかったのだけど、腹の底で対等な付き合いができる二階堂にそれを言うのは侮辱に等しいと考え、僕はそれらを全て呑み込むことにしたのである。そんな僕に無言で頷き、二階堂は先を続けた。
「今日、猫将軍のお祖父さんにお会いして、猫将軍があれを言える漢である理由が、俺はわかったよ」
「・・・?」
今度は必要最小限の返答すらできず、友の顔を覗き込む。二階堂は照れながらも、心の深い場所に秘めていた想いを明かしてくれた。
「お調子者の俺は、大人から見下されることが多い。俺は自分のこの性格を結構気に入っているから、大人に見下されても大して気にしなかった。だが今日、いつもと反対の経験をして、俺は今まで知らなかった自分を知った。猫将軍のお祖父さんのような、大人の漢に認められ対等に接してもらうのは、接してもらうのは、う~ん」
二階堂は途中で言葉を切り、腕を組み眉間に皺を寄せ首をしきりと捻り始めた。その様子に、そういえば今と同じ二階堂をつい最近見たな、なんて胸を温められていると、あの日をなぞるように同じ人物が二階堂に助け舟を出した。
「それは、誇らしいことだ。しかもそれは、自分の未来を切り拓く誇りだ。俺もいつか、こんな大人の漢になって、自分を誇れるようになろう。そう思う自分を、今日新たに発見したんだ」
みたいな感じでどうだろうと問いかける北斗に、二階堂もあの日をなぞるよう覆いかぶさる。
「おお北斗、俺が言いたかったのはそれだ。お前はやっぱ、頼りになるな!」
「頼り頼られるのはお互い様だが全身でくっつくな。暑くてかなわん」
「俺は熱い漢だからそれは諦めてくれ。ほら北斗も、一緒に熱い漢になろう」
「熱い漢なんてカッコイイものじゃなく、ただの暑苦しい野郎だろうが!」
なんてワイワイやる二階堂に、僕は心の中で謝った。すまん二階堂、真山と美鈴の件があまりに重大だったせいで、緊張する二階堂を僕はうっちゃってしまった。だが二階堂、お前も僕の、大切な友達だからな!
という想いが伝わったのか、大切な友人は晴れやかな笑顔を向ける。
「だから猫将軍、俺は自分の中に、自分を誇れる自分を育てて行こうと思う。初めての試みだから長くかかるだろうが、そこらへんはまあ、長い目で見てやってくれ」
「ああ、見ているよ。二階堂、僕こそ長い目でよろしくな」
僕と二階堂は新忍道サークル恒例の、右手と右手を高速で撃ちつけるハンドタッチをした。パンッという小気味よい音が、境内に朗々と響いてゆく。その朗々さが何だか照れくさくて、銃を撃ち合うまねを始めた僕と二階堂を、おもんばかってくれたのだと思う。僕らが照れ隠しに励めるよう、猛が北斗に尋ねた。
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