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四章
上宮真山、1
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僕は今、人生で一番充実した夏休みを過ごしている。
早朝、世界が最も清らかな時間に、輝夜さんや昴と楽しく挨拶を交わす。
日中、世界が最も活動的な時間に、先輩方や友人達とヘロヘロになるまで汗を流す。
深夜、世界が最も無防備な時間に、人々の平和を守るためこの身を捧げる。
こんな、楽しくて嬉しくて充実した夏休みを、僕は今すごしているのだ。言葉にできぬ感謝がせり上がってきた僕はせめてもと、友人達を神社に招き同じ食卓を囲むことを思い付いた。夕食会を開くから参加してよと、皆を誘ってみる事にしたのである。
それが、八月三日の就寝前の話。
その翌日の、午前八時十五分。場所は一年生校舎の校門。
「えっ、いいのか! いつだ、いつみんなと一緒に飯が食える!」
夕食会受諾の第一声を放ったのは猛だった。今日の午前を陸上部で過ごすことにしていた僕は、練習前に待ち合わせて猛を夕食会に誘ったのである。
「猫将軍君に失礼よ、猛ちょっと落ち着いて。ごめんね猫将軍君」
一緒に待ち合わせていた芹沢さんが済まなそうに腰を折った。美鈴を除き、輝夜さんに比肩する所作を唯一身に付けた芹沢さんへ、僕は慌てて首と両手を横に振った。そんな僕に、猛が同調する。
「そうだよ清良、俺と眠留の仲なんだから、いいんだって」
しかし芹沢さんは猛というより、猛の弟の満君を諭すような気を放った。
「あなたねえ、猫将軍君の家に毎週押しかけて夕ご飯を頂いている身で、自分からそんなこと言うんじゃないの。私が恥ずかしいじゃない」
「そ、それはだなあ・・・」
それまでの勢いはどこへやら、視線をそわそわ泳がせる猛へ、僕は苦笑を向けた。
「僕んちは全然かまわないけど、ここは芹沢さんが正しいと思うよ、猛」
「ほらみなさい。猛、猫将軍君のご家族の厚意を、片時も忘れてはだめよ」
「わかったって。眠留、すまなかった」
猛は男らしくビシッと頭を下げた。その横で芹沢さんが「ホントごめんね」と淑やかに腰を折る。僕は大層感心しつつ思った。
猛は芹沢さんと過ごした幾つもの前世を朧げに覚えてるってこの前チラッと言ってたけど、あれ絶対本当だよなあ、と。
その日は週に一度のサークルを休む日で、午後はサッカー部の練習にお邪魔する予定だったから、事前に真山へ連絡し練習後に少し時間を作ってもらっていた。
「噂に名高い猫将軍家に招待してくれるのかい。それは、望外の喜びだよ」
グラウンド越しに狭山湖の堤防を臨む土手に腰かけた真山は、身も心も焼き尽くすような笑顔でそう言った。サッカー部のマネージャーの子たちに教えてもらい初めて知ったのだけど、真山は女子の間で、一年のトップイケメンとして君臨しているそうだ。男の僕でもその笑顔に心身を焼き尽くされそうになるのだから、真山はまさしくイケメンの頂点なのだろう。ちなみに二位は北斗らしく、それを聞いた僕は少し心配になった。学年トップ5美少女のうち三人を独占する十組男子が、他のクラスの男子からやっかみを受けるように、十組の女の子たちも同じ立場に立たされているのではないかと危惧したのである。そんな僕の憂いを察したのだろう、マネージャーの子たちは僕を安心させるため、女子の世界の一端を明かしてくれた。
「学年ツートップ女子のいる組を悪く言う人なんて、いないわ。そんなことしたら、全部自分に跳ね返って来るだけだもんね」
「クラスメイトの女子を気づかう猫将軍君には話したけど、一応これは女子だけの秘密ってことになってるから、他の人には言わないでね」
彼女達の話に、僕は安堵の息を吐いた。でもその二秒後、初めて耳にした単語が脳裏に浮かび上がってきた。そう言えば、学年ツートップ女子って、何のことだろう?
「学年ツートップ女子は、天川さんと白銀さんのことよ。五月の体育祭の活躍で、あの二人が頭一つ飛び抜けることになったの。二人とも、凄かったからね」
「それにしても猫将軍君は、飾らない素直な人なのね。それに聞いていた通りの優しい人だったから、わたし納得しちゃった」
一人目の子の話に顔を輝かせるも、二人目の子の話が理解できず、僕はきょとんとした。そんな僕のマヌケ顔に彼女達が明るい笑い声をあげたとき、着替えを済ませた真山がやって来て輪に加わった。そのとたん女性陣の関心が100%真山に移ったので真相は分からずじまいだったが、お世話になっているマネージャーの子たちが楽しそうにしていたから、あれで良かったんだろうな。
「猫将軍、何を考えているんだい。この前の、マネージャーの子たちとの会話かい」
我に返り、声のほうへ急いで顔を向けた。あの子たちの会話は気になって当然だよね、と微笑む真山に、僕はガックリ肩を落とした。
「ごめん真山。わざわざ時間を作ってもらったのに、真山をほったらかして物思いに耽るなんて、僕はダメな奴だよ」
「そんなことない、俺は楽しかったよ」
「へ? 楽しかったの?」
「ああそうさ。猫将軍は考えている事がそのまま顔に出るから、こっちも心を開いて素直な気持ちになれば、猫将軍が何を考えているかだいたい想像つく。そんな腹蔵ないやり取りを誰かとするのは、ううん、そんなやり取りをできる人がそばにいてくれるのは、楽しいことだ。猫将軍は、そんな素敵なやつなのさ」
早朝、世界が最も清らかな時間に、輝夜さんや昴と楽しく挨拶を交わす。
日中、世界が最も活動的な時間に、先輩方や友人達とヘロヘロになるまで汗を流す。
深夜、世界が最も無防備な時間に、人々の平和を守るためこの身を捧げる。
こんな、楽しくて嬉しくて充実した夏休みを、僕は今すごしているのだ。言葉にできぬ感謝がせり上がってきた僕はせめてもと、友人達を神社に招き同じ食卓を囲むことを思い付いた。夕食会を開くから参加してよと、皆を誘ってみる事にしたのである。
それが、八月三日の就寝前の話。
その翌日の、午前八時十五分。場所は一年生校舎の校門。
「えっ、いいのか! いつだ、いつみんなと一緒に飯が食える!」
夕食会受諾の第一声を放ったのは猛だった。今日の午前を陸上部で過ごすことにしていた僕は、練習前に待ち合わせて猛を夕食会に誘ったのである。
「猫将軍君に失礼よ、猛ちょっと落ち着いて。ごめんね猫将軍君」
一緒に待ち合わせていた芹沢さんが済まなそうに腰を折った。美鈴を除き、輝夜さんに比肩する所作を唯一身に付けた芹沢さんへ、僕は慌てて首と両手を横に振った。そんな僕に、猛が同調する。
「そうだよ清良、俺と眠留の仲なんだから、いいんだって」
しかし芹沢さんは猛というより、猛の弟の満君を諭すような気を放った。
「あなたねえ、猫将軍君の家に毎週押しかけて夕ご飯を頂いている身で、自分からそんなこと言うんじゃないの。私が恥ずかしいじゃない」
「そ、それはだなあ・・・」
それまでの勢いはどこへやら、視線をそわそわ泳がせる猛へ、僕は苦笑を向けた。
「僕んちは全然かまわないけど、ここは芹沢さんが正しいと思うよ、猛」
「ほらみなさい。猛、猫将軍君のご家族の厚意を、片時も忘れてはだめよ」
「わかったって。眠留、すまなかった」
猛は男らしくビシッと頭を下げた。その横で芹沢さんが「ホントごめんね」と淑やかに腰を折る。僕は大層感心しつつ思った。
猛は芹沢さんと過ごした幾つもの前世を朧げに覚えてるってこの前チラッと言ってたけど、あれ絶対本当だよなあ、と。
その日は週に一度のサークルを休む日で、午後はサッカー部の練習にお邪魔する予定だったから、事前に真山へ連絡し練習後に少し時間を作ってもらっていた。
「噂に名高い猫将軍家に招待してくれるのかい。それは、望外の喜びだよ」
グラウンド越しに狭山湖の堤防を臨む土手に腰かけた真山は、身も心も焼き尽くすような笑顔でそう言った。サッカー部のマネージャーの子たちに教えてもらい初めて知ったのだけど、真山は女子の間で、一年のトップイケメンとして君臨しているそうだ。男の僕でもその笑顔に心身を焼き尽くされそうになるのだから、真山はまさしくイケメンの頂点なのだろう。ちなみに二位は北斗らしく、それを聞いた僕は少し心配になった。学年トップ5美少女のうち三人を独占する十組男子が、他のクラスの男子からやっかみを受けるように、十組の女の子たちも同じ立場に立たされているのではないかと危惧したのである。そんな僕の憂いを察したのだろう、マネージャーの子たちは僕を安心させるため、女子の世界の一端を明かしてくれた。
「学年ツートップ女子のいる組を悪く言う人なんて、いないわ。そんなことしたら、全部自分に跳ね返って来るだけだもんね」
「クラスメイトの女子を気づかう猫将軍君には話したけど、一応これは女子だけの秘密ってことになってるから、他の人には言わないでね」
彼女達の話に、僕は安堵の息を吐いた。でもその二秒後、初めて耳にした単語が脳裏に浮かび上がってきた。そう言えば、学年ツートップ女子って、何のことだろう?
「学年ツートップ女子は、天川さんと白銀さんのことよ。五月の体育祭の活躍で、あの二人が頭一つ飛び抜けることになったの。二人とも、凄かったからね」
「それにしても猫将軍君は、飾らない素直な人なのね。それに聞いていた通りの優しい人だったから、わたし納得しちゃった」
一人目の子の話に顔を輝かせるも、二人目の子の話が理解できず、僕はきょとんとした。そんな僕のマヌケ顔に彼女達が明るい笑い声をあげたとき、着替えを済ませた真山がやって来て輪に加わった。そのとたん女性陣の関心が100%真山に移ったので真相は分からずじまいだったが、お世話になっているマネージャーの子たちが楽しそうにしていたから、あれで良かったんだろうな。
「猫将軍、何を考えているんだい。この前の、マネージャーの子たちとの会話かい」
我に返り、声のほうへ急いで顔を向けた。あの子たちの会話は気になって当然だよね、と微笑む真山に、僕はガックリ肩を落とした。
「ごめん真山。わざわざ時間を作ってもらったのに、真山をほったらかして物思いに耽るなんて、僕はダメな奴だよ」
「そんなことない、俺は楽しかったよ」
「へ? 楽しかったの?」
「ああそうさ。猫将軍は考えている事がそのまま顔に出るから、こっちも心を開いて素直な気持ちになれば、猫将軍が何を考えているかだいたい想像つく。そんな腹蔵ないやり取りを誰かとするのは、ううん、そんなやり取りをできる人がそばにいてくれるのは、楽しいことだ。猫将軍は、そんな素敵なやつなのさ」
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