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四章
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忍術部は少数の例外を除き、全国的に不活発な部であると言う。二階堂によるとその最大の理由は、最もエキサイティングなフリーランニング手裏剣を、禁止している事にあるそうだ。
「フリーランニングをしながら手裏剣を標的にザクザク当てて行く手裏剣技に憧れて忍術部に入っても、危険だからという理由で高校生以下はそれをさせてもらえない。忍術の全国大会も上位入賞者の大半を体操経験者が占めていて、純粋な忍術部員は少数派でしかない。教育AIにも、本気で忍術をするなら体操部に入り直しなさいと勧められてさ。俺はそれが、釈然としなかったんだよ」
仲の良い友人として学校生活を共にしてきた僕は、二階堂の気持ちを想像することができた。彼は入学当初、部活に行くのが待ち遠しくてたまらない様子で、それがクラスを活気づける原動力の一つになっていた。けどそれは、次第に精彩を欠いていった。彼がもとの快活さを取り戻したのは、新忍道サークル誕生以降のことだったのである。
「忍術部にも、腐らず部活に励む先輩方はいた。全体の半分足らずの人数だったが、真田さんを初めとする六人の先輩方に付いていく事で、俺はやる気を何とか保っていた。すると四月末、真田さんが忍術部の内部サークルに俺を誘ってくれた。それが、新忍道サークルだったんだよ」
これは初めて聞く話だった。新忍道サークルは正式発足の前も、有志の忍術部員達による私的サークルとして存在していたのだ。北斗に驚いた気配はなかったから、情報通のコイツは、きっと知っていたんだろうな。
「新忍道に興味を持っていた俺に否はなかった。ゴールデンウィーク中、先輩方に連れられ3DG東京大会を観戦した俺は、興奮しっぱなしだった。観戦も楽しかったが、それより、尊敬する先輩方と初めて一つになれた気がしたんだ」
北斗と二人で二階堂の肩を小突いた。「もちろん今はお前らがいるから俺はもっと楽しいぞ」などと慌てて付け加える二階堂を、僕と北斗は両側から、遠慮なく羽交い絞めにしたのだった。
大会を観戦した帰り道、真田さんは二階堂へ打ち明けた。「新忍道サークルを立ち上げる許可を、俺達は教育AIから既に得ている。二階堂、よかったらお前も来い」 二階堂は唯一気にかかっていることを尋ねた。「忍術部はどうするんですか?」 真田さんは厳しい表情で答えた。「部長から厳命を受けている。新忍道サークルは、二階堂を含む俺達七人で始める事。その場合に限り、部長は全面的に協力してくださるそうだ」
二階堂はここで一旦俯いた。そして己を鞭打つように、話を再開した。
「部長は現在の忍術部が、貴重な六年間を費やすに値しない部であることを認めたうえで、真田さんに仰ったそうだ。『こんな生ぬるい部に所属しながらも自分を精一杯鍛えてきたお前達なら、青春をかけるに値する部を創設できるだろう。だから新しく立ち上げるサークルに、忍術部の毒を持ち込んではならない。その覚悟があるなら、俺は賛同と協力を惜しまないつもりだ』 俺は、バカだった。部長の責任の重さを、これっぽっちも理解していなかった。俺はバカな、クソガキだったんだよ」
モジモジのあがり症と残念脳ミソを併せ持つ僕は、リーダーという立場になった事がこれまで一度もない。けど僕は今、その片鱗を初めて見た気がした。リーダーが背負う責任の、その重さを。
五月三十一日の部活終了後、部長は部員達を集め、新忍道サークルが明日から発足することと、その創設メンバーである部員達が今日でこの部を辞めることを皆へ伝えた。皆初めこそ驚いていたが、すぐ軽薄な雰囲気になり、俺もそっちに入ろうかという戯言が部室を満たした。二階堂は、はらわたが煮えくり返るのを必死で耐えたらしい。それは真田さん達も同じで、部を辞めてゆく後輩たちの気持ちを察した部長は、怒気を隠さず言ったそうだ。
「サークル創設にあたり、俺は一つ条件を出した。それは、創設メンバー以外の忍術部員を、サークルに入会させない事だ。不真面目で斜に構えるお前らのような毒を入れると、新設サークルにも毒が蔓延してしまう。だから断じて入会させるなと俺は命じた。真田らがお前らを拒否するのではない。俺がそう、厳命したんだ。以上でこの話を終わりとする。一同、解散!」
その日以降、忍術部は部長を含む三人だけが活動する、廃部寸前の部になった。しかしそれでも、部長は真田さんの背中を朗らかに叩いたそうだ。「大手術の後は、絶対安静を強いられて当然。気にするな」 先輩方は目を固く閉じ、頭を下げるしかなかったと言う。
真田さん達は話し合い、サークル創設日の六月一日に入会した者を、創設メンバーに加える決定をした。「創設メンバー以外の忍術部員をサークルに入会させない事」という条件に込められた部長の一縷の望みを、先輩方は汲み取ったのである。
「忍術に身が入らなかっただけで、新忍道を心底やりたいと思っている忍術部員が、他にいるかもしれない。だから創設日に限りその人を創設メンバーに加えて、部長に土下座してでも入会を許可してもらおう。部長の真の苦悩を理解していた先輩方は、そう決意したんだ。そして六月一日の放課後、学内ネットに新サークル誕生の速報が流れたとたん、プレハブに誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。あの時は緊張したよ。黛さんが名乗り出てドアに近づいたんだが、あの冷静な黛さんですら脚が震えていたくらいだから、俺は床にへたれこむ寸前だった。ドアがトントンと叩かれ、黛さんはゆっくりドアを開けた。そのときドアの向こうに立っていたのが、コイツだったって訳だ」
二階堂は北斗にヘッドロックを噛ました。北斗は笑って、でも目元を赤くして、二階堂にヘッドロックをかけられていた。
六月一日はミーティングと装備の点検に終始し、先輩方は入会希望者を待った。だがプレハブを訪れたのは、北斗だけだった。先輩方は自分達と同じ創設メンバーとして、北斗に親しく接したそうだ。「鼻水出るわ~」などとほざき、北斗はさっきから盛んに鼻をかんでいる。鼻をかみつつ北斗が目を拭っているのを、僕と二階堂は気づかぬ振りをした。
「北斗は、元忍術部メンバーが纏っていた古い空気に新しい風を吹き入れる、窓になってくれた。あれは有難かったぞ」
照れる北斗を二階堂と二人でちゃかした。北斗も素直にちゃかされていたので、場の空気は格段に軽くなった。
「そうこうするうち、サークルにまた一つ変化が訪れた。真剣に練習しつつも顔にデカデカと、楽しいです嬉しいです最高ですって書けるヤツがやって来たんだ。あれは新鮮な驚きだった。そいつの顔を見て、俺らはやっと気づいたんだよ。忍術部を辞める際のあれこれが、サークル活動を求道者のような堅苦しいものに、していたんだってな」
そう言って二階堂は僕を見つめた。なんのことか解らず、僕は二階堂と北斗へ交互に目を向けた。すると、ピンと来るには程遠い、ぼんや~とした何かが、心にゆっくり浮かび上ってきた。
「・・・それ、ひょっとして僕?」
「ったりめーだろう!」
「このボケナスが!!」
僕はそれから暫く、二人から強烈なプロレス技をかけられ続けたのだった。
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仲の良い友人として学校生活を共にしてきた僕は、二階堂の気持ちを想像することができた。彼は入学当初、部活に行くのが待ち遠しくてたまらない様子で、それがクラスを活気づける原動力の一つになっていた。けどそれは、次第に精彩を欠いていった。彼がもとの快活さを取り戻したのは、新忍道サークル誕生以降のことだったのである。
「忍術部にも、腐らず部活に励む先輩方はいた。全体の半分足らずの人数だったが、真田さんを初めとする六人の先輩方に付いていく事で、俺はやる気を何とか保っていた。すると四月末、真田さんが忍術部の内部サークルに俺を誘ってくれた。それが、新忍道サークルだったんだよ」
これは初めて聞く話だった。新忍道サークルは正式発足の前も、有志の忍術部員達による私的サークルとして存在していたのだ。北斗に驚いた気配はなかったから、情報通のコイツは、きっと知っていたんだろうな。
「新忍道に興味を持っていた俺に否はなかった。ゴールデンウィーク中、先輩方に連れられ3DG東京大会を観戦した俺は、興奮しっぱなしだった。観戦も楽しかったが、それより、尊敬する先輩方と初めて一つになれた気がしたんだ」
北斗と二人で二階堂の肩を小突いた。「もちろん今はお前らがいるから俺はもっと楽しいぞ」などと慌てて付け加える二階堂を、僕と北斗は両側から、遠慮なく羽交い絞めにしたのだった。
大会を観戦した帰り道、真田さんは二階堂へ打ち明けた。「新忍道サークルを立ち上げる許可を、俺達は教育AIから既に得ている。二階堂、よかったらお前も来い」 二階堂は唯一気にかかっていることを尋ねた。「忍術部はどうするんですか?」 真田さんは厳しい表情で答えた。「部長から厳命を受けている。新忍道サークルは、二階堂を含む俺達七人で始める事。その場合に限り、部長は全面的に協力してくださるそうだ」
二階堂はここで一旦俯いた。そして己を鞭打つように、話を再開した。
「部長は現在の忍術部が、貴重な六年間を費やすに値しない部であることを認めたうえで、真田さんに仰ったそうだ。『こんな生ぬるい部に所属しながらも自分を精一杯鍛えてきたお前達なら、青春をかけるに値する部を創設できるだろう。だから新しく立ち上げるサークルに、忍術部の毒を持ち込んではならない。その覚悟があるなら、俺は賛同と協力を惜しまないつもりだ』 俺は、バカだった。部長の責任の重さを、これっぽっちも理解していなかった。俺はバカな、クソガキだったんだよ」
モジモジのあがり症と残念脳ミソを併せ持つ僕は、リーダーという立場になった事がこれまで一度もない。けど僕は今、その片鱗を初めて見た気がした。リーダーが背負う責任の、その重さを。
五月三十一日の部活終了後、部長は部員達を集め、新忍道サークルが明日から発足することと、その創設メンバーである部員達が今日でこの部を辞めることを皆へ伝えた。皆初めこそ驚いていたが、すぐ軽薄な雰囲気になり、俺もそっちに入ろうかという戯言が部室を満たした。二階堂は、はらわたが煮えくり返るのを必死で耐えたらしい。それは真田さん達も同じで、部を辞めてゆく後輩たちの気持ちを察した部長は、怒気を隠さず言ったそうだ。
「サークル創設にあたり、俺は一つ条件を出した。それは、創設メンバー以外の忍術部員を、サークルに入会させない事だ。不真面目で斜に構えるお前らのような毒を入れると、新設サークルにも毒が蔓延してしまう。だから断じて入会させるなと俺は命じた。真田らがお前らを拒否するのではない。俺がそう、厳命したんだ。以上でこの話を終わりとする。一同、解散!」
その日以降、忍術部は部長を含む三人だけが活動する、廃部寸前の部になった。しかしそれでも、部長は真田さんの背中を朗らかに叩いたそうだ。「大手術の後は、絶対安静を強いられて当然。気にするな」 先輩方は目を固く閉じ、頭を下げるしかなかったと言う。
真田さん達は話し合い、サークル創設日の六月一日に入会した者を、創設メンバーに加える決定をした。「創設メンバー以外の忍術部員をサークルに入会させない事」という条件に込められた部長の一縷の望みを、先輩方は汲み取ったのである。
「忍術に身が入らなかっただけで、新忍道を心底やりたいと思っている忍術部員が、他にいるかもしれない。だから創設日に限りその人を創設メンバーに加えて、部長に土下座してでも入会を許可してもらおう。部長の真の苦悩を理解していた先輩方は、そう決意したんだ。そして六月一日の放課後、学内ネットに新サークル誕生の速報が流れたとたん、プレハブに誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。あの時は緊張したよ。黛さんが名乗り出てドアに近づいたんだが、あの冷静な黛さんですら脚が震えていたくらいだから、俺は床にへたれこむ寸前だった。ドアがトントンと叩かれ、黛さんはゆっくりドアを開けた。そのときドアの向こうに立っていたのが、コイツだったって訳だ」
二階堂は北斗にヘッドロックを噛ました。北斗は笑って、でも目元を赤くして、二階堂にヘッドロックをかけられていた。
六月一日はミーティングと装備の点検に終始し、先輩方は入会希望者を待った。だがプレハブを訪れたのは、北斗だけだった。先輩方は自分達と同じ創設メンバーとして、北斗に親しく接したそうだ。「鼻水出るわ~」などとほざき、北斗はさっきから盛んに鼻をかんでいる。鼻をかみつつ北斗が目を拭っているのを、僕と二階堂は気づかぬ振りをした。
「北斗は、元忍術部メンバーが纏っていた古い空気に新しい風を吹き入れる、窓になってくれた。あれは有難かったぞ」
照れる北斗を二階堂と二人でちゃかした。北斗も素直にちゃかされていたので、場の空気は格段に軽くなった。
「そうこうするうち、サークルにまた一つ変化が訪れた。真剣に練習しつつも顔にデカデカと、楽しいです嬉しいです最高ですって書けるヤツがやって来たんだ。あれは新鮮な驚きだった。そいつの顔を見て、俺らはやっと気づいたんだよ。忍術部を辞める際のあれこれが、サークル活動を求道者のような堅苦しいものに、していたんだってな」
そう言って二階堂は僕を見つめた。なんのことか解らず、僕は二階堂と北斗へ交互に目を向けた。すると、ピンと来るには程遠い、ぼんや~とした何かが、心にゆっくり浮かび上ってきた。
「・・・それ、ひょっとして僕?」
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