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四章
かけもち、1
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AIによるCチームへのアドバイスが終わった時点で、サークル活動に許された時間は残り十分となっていた。真田さんの提案により、僕らはその十分の半分を使い、次から次へと湧いてくる蜘蛛を撃って撃って撃ちまくった。胴体が教室の机ほどもあるこの蜘蛛は、その大きさに似合わずとても素早く動くが、毒糸攻撃をする際は必ず立ち止まる習性を持っている。然るに僕らは以下の三つを、蜘蛛への銃撃の基本としていた。まずは攻撃をしかけてこない、高速移動中に銃撃する方法。次は毒糸を吐く気配を察知し、立ち止まった瞬間を狙い撃ちする方法。そして最後は毒糸攻撃をあえてさせ、それを躱しつつ引き金を引く方法だ。僕ら九人は自分の得意不得意や今後の課題等を勘案し、それぞれの方法で蜘蛛と戦った。そして五分後、荒い息でも酸素吸入が追い付かなくなり始めたころ、蜘蛛の3D映像が消える。僕らは輪になり整理体操をして、サークルを終了したのだった。
「お疲れさま、またな」
お弁当を食べ終わった先輩方が、シャワー室へ向かうべくプレハブを次々去っていく。
「お疲れ様でした」
僕は寂しさを胸に、先輩方と別れの挨拶を交わした。
今は午後十二時二十三分。この広場を練習場として使っている部やサークルは、今のところ新忍道サークルだけ。しかしそれでも、三十分以内に練習場から退去するのが湖校の決まり。その貴重な三十分を、僕らは皆でお弁当を食べる時間にしていた。学年専用校舎制を採用している研究学校では、先輩方と食事を共にするという状況があまり生じない。現に僕も、先輩方と一緒に食事をしたのは、このサークルが初めてだった。それは、とても価値ある時間だった。同級生同士では味わえない何かが、そこにあったからだ。湖校には承服できない決まりが幾つもあるよなあと不満たらたらになりながら、プレハブを後にする先輩方へ、僕は別れの挨拶をしていた。
「じゃあまた、明日な」
最後まで残っていた二年の先輩、加藤哲平さんがプレハブを出ていく。加藤さんは僕らと最も年が近く、かつ唯一の二年生会員なので、射撃練習やチーム分けで一年生と組むことが多い。いじられキャラの面を持つ僕は、サークルのボケ役を担うこのひょうきんな先輩へ、親密な感情を抱いていた。
「加藤さん、お疲れ様でした。また明日、よろしくお願いします」
加藤さんはにっこり笑い、右手を振りながら視界から消えて行った。
「さあ俺らも、掃除をちゃっちゃと済ませちまおうぜ」
窓とドアを開け放ち、二階堂が明るい声を響かせる。沈み気味の僕を、気づかってくれているのだ。
「そうだな。ほら眠留」
二本の箒を手にした北斗が、うち一本をこっちに放ってよこした。胸の中で二人に感謝を告げつつそれを受け取り、
「うん、済ませちゃおう!」
お世話になったプレハブを、僕は軽快に箒掛けした。
五分後。
「またな~」
北斗と二階堂に手を振る。
「また明日な~」
「また明日ここでな~」
二人も僕に手を振り返してくれる。そして僕は踵を返し、寮エリアにある湖校中央図書館を目指して、一人歩き始めたのだった。
湖校を初めとする研究学校では夏休みなどの長期休暇中、体育会系の部活及びサークルは原則として、午前九時から正午までか、午後一時から午後四時までの、どちらか一方しか活動できない決まりになっている。もちろん例外はあり、大会や合宿に参加する場合や、三時間以上かかる競技を行っている生徒や、全国的強豪校に登りつめた部へはこの決まりは撤廃されるが、それ以外は自主練すらそうそう認めてもらえないのだ。然るに皆、密度の濃い三時間を過ごせるよう涙ぐましい努力をしていて、それが功を奏し三時間制限がパフォーマンス向上の妨げになったという話はついぞ聞いたこと無いのだけど、その事実が三時間制限の正当性の根拠になっているのだから始末が悪い。詐欺に遭っているかのようなわだかまりを抱えつつ、皆しぶしぶこの決まりに従っていた。個人的には、この決まりのお蔭でイメージ能力が磨かれるなら、それは時間制限を補って余りある素晴らしい事ではないかと考えている。イメトレの巧い生徒は怪我が少なく上達も早いと、統計で証明されているしね。
しかし頭では理解できても、神社から逃げてきた身としては、最高の避難場所を取り上げるこの運動制限に全面賛同を示すことがどうしてもできないでいた。だって今日もこうして、午後四時まで時間をつぶすべく湖校中央図書館を目指しているのだから、全面賛同できなくて当然だよね。
なんてことを考えながら一人トボトボ歩いていると、誰かが背後からいきなりヘッドロックを噛ましてきた。いや正直いうと背後から誰かが忍び寄って来るのも、そいつが誰なのかも百も承知だったのだけど、寂しさとつまらなさにイジケていた僕は、そいつのヘッドロックを内心驚喜して受け入れたのである。いえ別にそっち系の趣味があるわけではなく、僕はいたってノーマルなんですけどね。
「てめぇコノヤロウ! 何しょんぼり歩いてやがんだよ!」
「ぎゃははは、おい猛くすぐりは止めろ、猛止めろってぎゃはははは!」
口は悪いが人一倍優しく世話好きなこの友の名を、僕は笑い転げながら意識して二度、口ずさんでいた。
「お疲れさま、またな」
お弁当を食べ終わった先輩方が、シャワー室へ向かうべくプレハブを次々去っていく。
「お疲れ様でした」
僕は寂しさを胸に、先輩方と別れの挨拶を交わした。
今は午後十二時二十三分。この広場を練習場として使っている部やサークルは、今のところ新忍道サークルだけ。しかしそれでも、三十分以内に練習場から退去するのが湖校の決まり。その貴重な三十分を、僕らは皆でお弁当を食べる時間にしていた。学年専用校舎制を採用している研究学校では、先輩方と食事を共にするという状況があまり生じない。現に僕も、先輩方と一緒に食事をしたのは、このサークルが初めてだった。それは、とても価値ある時間だった。同級生同士では味わえない何かが、そこにあったからだ。湖校には承服できない決まりが幾つもあるよなあと不満たらたらになりながら、プレハブを後にする先輩方へ、僕は別れの挨拶をしていた。
「じゃあまた、明日な」
最後まで残っていた二年の先輩、加藤哲平さんがプレハブを出ていく。加藤さんは僕らと最も年が近く、かつ唯一の二年生会員なので、射撃練習やチーム分けで一年生と組むことが多い。いじられキャラの面を持つ僕は、サークルのボケ役を担うこのひょうきんな先輩へ、親密な感情を抱いていた。
「加藤さん、お疲れ様でした。また明日、よろしくお願いします」
加藤さんはにっこり笑い、右手を振りながら視界から消えて行った。
「さあ俺らも、掃除をちゃっちゃと済ませちまおうぜ」
窓とドアを開け放ち、二階堂が明るい声を響かせる。沈み気味の僕を、気づかってくれているのだ。
「そうだな。ほら眠留」
二本の箒を手にした北斗が、うち一本をこっちに放ってよこした。胸の中で二人に感謝を告げつつそれを受け取り、
「うん、済ませちゃおう!」
お世話になったプレハブを、僕は軽快に箒掛けした。
五分後。
「またな~」
北斗と二階堂に手を振る。
「また明日な~」
「また明日ここでな~」
二人も僕に手を振り返してくれる。そして僕は踵を返し、寮エリアにある湖校中央図書館を目指して、一人歩き始めたのだった。
湖校を初めとする研究学校では夏休みなどの長期休暇中、体育会系の部活及びサークルは原則として、午前九時から正午までか、午後一時から午後四時までの、どちらか一方しか活動できない決まりになっている。もちろん例外はあり、大会や合宿に参加する場合や、三時間以上かかる競技を行っている生徒や、全国的強豪校に登りつめた部へはこの決まりは撤廃されるが、それ以外は自主練すらそうそう認めてもらえないのだ。然るに皆、密度の濃い三時間を過ごせるよう涙ぐましい努力をしていて、それが功を奏し三時間制限がパフォーマンス向上の妨げになったという話はついぞ聞いたこと無いのだけど、その事実が三時間制限の正当性の根拠になっているのだから始末が悪い。詐欺に遭っているかのようなわだかまりを抱えつつ、皆しぶしぶこの決まりに従っていた。個人的には、この決まりのお蔭でイメージ能力が磨かれるなら、それは時間制限を補って余りある素晴らしい事ではないかと考えている。イメトレの巧い生徒は怪我が少なく上達も早いと、統計で証明されているしね。
しかし頭では理解できても、神社から逃げてきた身としては、最高の避難場所を取り上げるこの運動制限に全面賛同を示すことがどうしてもできないでいた。だって今日もこうして、午後四時まで時間をつぶすべく湖校中央図書館を目指しているのだから、全面賛同できなくて当然だよね。
なんてことを考えながら一人トボトボ歩いていると、誰かが背後からいきなりヘッドロックを噛ましてきた。いや正直いうと背後から誰かが忍び寄って来るのも、そいつが誰なのかも百も承知だったのだけど、寂しさとつまらなさにイジケていた僕は、そいつのヘッドロックを内心驚喜して受け入れたのである。いえ別にそっち系の趣味があるわけではなく、僕はいたってノーマルなんですけどね。
「てめぇコノヤロウ! 何しょんぼり歩いてやがんだよ!」
「ぎゃははは、おい猛くすぐりは止めろ、猛止めろってぎゃはははは!」
口は悪いが人一倍優しく世話好きなこの友の名を、僕は笑い転げながら意識して二度、口ずさんでいた。
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