僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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四章

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 新忍道は、忍術の技を駆使し銃と盾でモンスターを倒してゆくという、一見しっちゃかめっちゃかなスポーツ。しかし実際にやってみると、道という文字が使われて然るべき、大変奥の深い競技なのである。
 新忍道は潜入、陽動、殲滅せんめつの三つを戦闘の基本としている。忍術を活かして敵地へ潜入し、知恵を用いて敵を陽動し、銃の火力で敵を殲滅する。これは戦術的に正しいだけでなく、観客と選手が一体となる競技としても正しいと言えよう。公式AIもそれを理解しており、モンスターに気づかれず敵地に忍び込む「スリル」や、味方に有利で敵に不利な状況を造り上げる「高揚」や、強大なボスモンスターを倒す「達成感」を、ボーナス得点としてきちんと加算してくれる。新忍道はそんな、選手と観客が一緒にハラハラしドキドキし雄叫びを上げることを目指した、競技なのだ。
 然るに練習も、潜入と陽動と殲滅を三本柱として進めてゆく。湖校新忍道サークルがいつも真っ先にするのは潜入、つまり音を立てず行動する練習だった。左手首に巻くメディカルバンドの音声センサーをオンにした状態で、走り、飛び、壁を越える。物陰から物陰へ音もなく走り、堀や罠を無音で飛び越え、高い壁を静かに越えてゆく。音を立てない行動は、忍術の基本中の基本なのだ。
 次に行うのは殲滅、つまり射撃の練習。背後からピンポン玉を浴びせられつつ前方の3D標的を狙い撃ちするこの練習は、べらぼうに困難だがその反面、正直メチャクチャ楽しい。僕の後ろ3メートルにいる北斗と二階堂が、紐のついたピンポン玉を、パチンコで次々放ってくる。その際、パチンコは特徴のある二種類の音を出す。ゴムを引っ張る音と、ピンポン玉を放つ音だ。この二つの音を頼りにピンポン玉をヒラリヒラリと躱し、動き回る前方の標的を、ストイックに撃ち抜いてゆく。みたいな感じの、男心をくすぐりまくる訓練なのである。だから高得点を出せた時は、ゾクゾクするほどの快感を味わえるのだった。
 最後は残りの陽動練習、つまりモンスターとの実戦、といきたいところだけど、それはまだお預け。新忍道では実戦の前に、個々の練習を必ず二つ行う決まりになっていた。一つは、自主練習。人には得意不得意があるから、僕のように潜入と射撃は得意でも陽動は落第スレスレといった個人差が、一人一人にどうしても出てくる。例えば北斗は潜入と射撃は普通でも陽動は天才と言うほかなく、二階堂は三要素すべてがまあまあ得意みたいな感じだ。よって僕らは自分に合う練習メニューを自分で選び、各自が自主的に練習をこなしていた。ちなみに僕はここ一カ月ほど、三年生の二人の先輩と組み、高い壁を素早く静かに越える練習をしていた。先輩二人が肩で足場を作り、その足場に僕が乗り、壁の向こうの安全を確認する。安全が確認できたら高さ3メートルの壁を音もなく越え、向こう側へ静かに着地。そして先輩達へロープを投げ、そのロープを使って先輩達が素早く無音で壁を乗り越えてくる。みたいな連係プレイを、足場役をローテーションで変えて僕らは黙々と行っていた。黙々と言っても、連係プレイを滑らかに美しくこなすとAIがボーナス得点を表示してくれるから、メチャクチャ楽しいんだけどね!
 モンスターとの戦闘前にやらねばならぬもう一つは、受け身。僕の行っている壁越え練習からも窺えるように、新忍道は間違いなく、危険性の高い競技と言える。よって受け身が下手な人へは、厳しいペナルティーが課せられた。最後の陽動練習、つまりモンスターとの戦闘に、参加させてもらえないのである。然るに皆、真剣に受け身の練習をした。そう、を真剣にした。その理由は公式AIが練習を見張り、点数付けをしているからだ。クッション性の高い透水ゴムの上で行う受け身の練習を、AIが最初から最後まで見張り各自の点数を付け、戦闘の可不可を決める。それだけでも真剣になるのに、たとえ許可されても受け身の点数が低いと、低難度の戦闘しかさせてもらえない。潜入や射撃がいくら巧くても受け身が下手だと、お子様用のゲームしかさせてもらえないのだ。よって皆の意気込みは半端なく、体が最も動く時間を見計らい、まさに真剣勝負で受け身の練習に臨んでいた。僕はと言えば、翔刀術でしごかれたお蔭か受け身がソコソコできるらしく、戦闘は難度フリーになっていた。有難いというか申し訳ないというか、複雑な気分というのが正直なところだ。そして練習時間も残り一時間となった、午前十一時。
「サークルの皆さん、練習を中止し、プレハブ前にお集りください」
 AIの集合がかかった。僕らは練習を中止しプレハブに向かってダッシュする。サークル長を務める五年の真田徹さんを右端、準会員の僕を左端にして、九人全員が横一列に並ぶ。僕らは直立不動で固唾をのみ、AIの報告を待った。
「本日の陽動練習に参加不可の人は、いませんでした。それでは、三つのチームを発表します」
  僕は喜びに拳を握りしめた。サークル発足当時は、受け身の合格点に過半数が届かない日も珍しくなかったと言う。チームの必要人数を得られず、戦闘を行えない日さえあったそうだ。よって皆必死で受け身に打ち込んでいるが、それでも夏休みに入ってからの全員参加は、今日でようやく二回目。全員参加はまだ、三日に一度ほどでしかないのだ。二つ隣の北斗の拳が、小刻みに震えているのが目に映る。北斗の許可率は、現在33%。最高レベルの陽動作戦を瞬時に立案できる頭脳を持つとシミュレーターで証明されているのに、北斗は三度に一度しか戦闘に参加できないのである。彼は一体、どれほどの苦悩を抱えているのだろう。どれほどの口惜しさを胸に、受け身の練習をしているのだろう。それを思うと運動音痴だったころの記憶が蘇り、感情の激流が襲いかかって来る。だが僕は、それを必ず弾き返していた。なぜなら僕は、激流に負けない巨大な岩の上に立っているからだ。
 ――負けるな北斗、頑張れ北斗、お前ならきっと、受け身をマスターできる! 
 親友への信頼といういわおの上に立ち、僕は今日も胸の中で、北斗へそう叫ぶのだった。
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