僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
94 / 934
三章

3

しおりを挟む
「私はプレゼンの授業で習ったとおりに話したつもりだったけど、実際は女を前面に出していたようね。ここからは改めるわ」
 相変わらずハテナマークを量産している自分を脇に置き、居住まいを正して昴に承諾の意を伝える。
「女は過程を大切にするの。私の話が長くなったのも、体育祭の時の気持ちを一つ一つ取り上げたからなのね」
 プレゼンのどこを改めたかは判明せずとも、昴の気持ちを沢山知れて嬉しかったのは事実だったから、僕は感謝を込め首を縦に振った。
「それに対し男性は、結果を重視する。だから話も、結果を告げてからなされることが多い。結果は、結論と言い換えてもいいわね」
 確かにその傾向があると、僕もプレゼンの授業で教わっていた。
「男女の大きな違いはもう一つあるわ。それは、女は想いに目を向け、男は物理現象に目を向けるという事。女は、これこれこんな想いの変遷を経て最終的にこんな想いを抱くようになりました、という説明をするの。この出来事にこんな想いを抱き、それが次の出来事へこんな想いを芽生えさせ、という説明こそが大切だと、女は考えるのね」
 ここでようやく閃きを得られた。
 ――僕より高度な高速ストライド走法の物理的仕組みを僕は話し合うつもりだったけど、昴はそこに至るまでの想いの仕組みを話し合うつもりだったのかな?
「一方男性は、物理現象に目を向ける。想いではなく、実際に起こった現象に目を向けるのね。う~んでも、物理現象という言葉だとちょっと分かりづらいかもしれないから、ここは本命の、高速ストライド走法について話してみましょう」
 前半部分が閃きと合致したので「おおっ」と高揚したのだけど、そんな僕を置き去りにして昴はスクっと立ち上がり、体育祭で披露した高速ストライド走法の技術解説を始めてしまった。オイオイそりゃ幾らなんでも唐突すぎだぞと鼻白むも、彼女の話に僕はたちまち引き込まれてゆく。なぜなら彼女の話には、天才薙刀使いである昴だからこその霊験と、天才薙刀使いである昴だからこその盲点が、無数に散りばめられていたからだ。例えば、これ。
「私の最大の盲点は、薙刀の体軸を私がまったく意識していなかった事にあるわね」
 私見だが、薙刀以上に体軸の重要な武道及び武術は、地上に存在しないと僕は考えている。なのになぜ、昴は体軸を意識していなかったのか? その説明のためには、薙刀の歴史を紐解く必要があるだろう。 

 薙刀誕生の経緯は諸説あり定かではない。だが、薙刀を戦闘で最初に用いた人達が誰なのかは判明している。それは、僧兵。世が乱れ治安の悪化した平安時代中期、大寺院は広大な領地を守るため、自前の武力集団を保有するようになった。それが僧兵の起源であり、そして僧兵が好んで用いた武器こそが薙刀だった。そう、薙刀は武士ではなく、僧兵によって世に広められた武器なのである。
 時代が下り源平の世になると、薙刀は武士の間にも広まって行った。騎馬武者が名乗りを上げ一騎打ちをしていた源平時代初期は、弓や太刀が武士の主要な武器だったが、大勢が徒歩で戦う徒戦かちいくさへと合戦が変化していくにつれ、薙刀が用いられるようになっていったのだ。個人と個人が死力を尽くして戦う際、己が命を預ける武器に薙刀を選ぶ人が大勢いたのは、特筆に値すると今は考えられている。
 しかし南北朝時代になると様相は一変し、合戦で薙刀を見かける事はほぼ無くなった。個人の武勇に頼る個人戦から集団を効果的に運用する集団戦へと合戦が変化してゆくにつれ、槍が用いられるようになって行ったのだ。集団で槍をかかげ槍衾やりぶすまを作り、敵陣の急所を一気に突くという『戦術』こそが重要だと、武士は気づいたのである。個人戦の主要武器であった薙刀は、こうして槍に取って代わられ、忘れられた武器になっていった。
 余談だが、「なら槍は長い方が有利なのではないか」という閃きを得た織田信長が三間槍を作り大大名にのし上がって行ったのは、有名な史実。楽市楽座や鉄砲等の戦略に秀でた信長が天下取りに大手をかけた事は、「戦術は戦略に如かず」の実例と言えるだろう。
 話をもとに戻そう。合戦で使われなくなり忘れられた武器になっていた薙刀は、江戸時代の武家の婦女たちにより、再び世に躍り出ることとなる。薙刀は、武家の婦女が身に付けるべき必須武芸として、日本中に普及していったのだ。そしてこの時代のこの人達こそが、薙刀を武道として大成したのだと、今は考えられている。
 想像してみてほしい。武家に生まれた十歳前の女の子が、母親と祖母から薙刀の手ほどきを受けている。自分の身長より長い、重い木の棒を握りしめ、薙刀の型の稽古を庭で懸命にしている。そんな光景を思い浮かべてほしい。では考えてみよう。この女の子に、木の棒を振る腕力があるだろうか? 十歳前の女の子に、自分の身長より長い、ずっしり重い木の棒を自由自在に振りまわす筋力が果たしてあるだろうか? そう、そんなものありはしないのである。だからこそその子は身をもって知る。座学や理屈ではなく、その身をもって芯から悟る。薙刀は筋力で振るのではなく、じくで振るのだと。
「専門的な訓練を受けていない限り人は大抵、薙刀を利き腕一本で振ろうとするの。例えば右利きの人なら、こんな感じね」
 そう言って昴は右中段に構え、薙刀を振る真似をした。利き腕の右腕は盛んに動いているのに体に近い左腕はほとんど動いていないその様子に、僕は強い親近感を覚えた。運動音痴で苦しんでいた数年前の自分が、重なって見えたのである。
「それに対し薙刀道では、左右の手の中間を軸にして、両腕で薙刀を振る。左右の手の真ん中を中心とする円を思い浮かべ、その円に沿って両手を同時に動かすのね。そうする事で、利き腕一本では為し得ない遠心力を発生させ、その遠心力を利用して、長さ2メートル20センチの薙刀竹刀を素早く操るの。こんな感じにね」
 昴は手幅を三分の一ほどすぼめて、両手をくるくる動かした。その様子を見つめていた僕は思わず「危ない!」と声を出してしまう。円運動のあまりの正確さに、昴が実際に薙刀を振っていてその切っ先が壁にぶつかる寸前だと、錯覚してしまったのだ。とほほと頭をかく僕にニッコリ笑いかけ、昴は説明を再開した。
「利き腕を使って振る人は無意識に、手幅を広く取る。テコの原理を使って、薙刀を振りやすくしているのね。しかしそれだとさっきのように腕を大きく動かさねばならないから、切っ先の速度は落ちるし、相手に動きを読まれやすくもなる。でも両腕による円運動なら、手元の僅かな動きで十分な剣速を得られるし、動きを相手に読まれ難くなるの。だからこれを、私達はとても重視しているのだけど・・・」
「・・・のだけど?」
「いかに両腕を使おうと手の間隔が狭まれば、操作がにぶくなるのもまた事実。よってそれを補うため私達は腕だけでなく、体全部を使って薙刀を操る技術を磨くの。そのかなめを担うのが、この『骨盤の軸運動』なのよ」
 骨盤の軸運動と聞きオオッと声を上げそうになるも、昴が両手を腰のくびれに当てクイクイッと動かしたので、僕は口を「オ」の形に開けたままその魅力的な柳腰に視点を固定してしまった。三秒後、昴は上体を曲げ僕の顔を覗き込み、パチンとウインクして言った。まあ眠留ったら、どこを見ているの?
「!#$%&*!!」
 釣った張本人はお前だろうと反論しようにも見とれていたのは事実だし、腰の次は襟ぐりからのぞく胸の谷間に目が行ってしまったのも事実だし、そのさい「順調に成長しているなあ」と思ったのも事実だし、等々のなんやかんやで平たく言うと、僕は完璧にパニくったのだった。
「ふふふ、眠留は変わらないね。わたし安心しちゃった」
 なんて意味不明なことを呟き、昴は前かがみ状態から跪座になる。床に直接膝を着く幼馴染みの姿に、僕は条件反射でポケットからハンカチを二つ取り出し昴へ差し出した。のだけど、
「あれ? ええっと、僕は何を言おうとしたんだっけ?」
 パニック中の条件反射だったので自分の行動の意味を把握しておらず、僕は言葉に詰まってしまう。数秒後、自分の行動にようやく合点がてんがいき、それを説明した。
「そうだ昴、このハンカチを膝の下に敷いてよ。僕はズボンを穿いているけど、スカートじゃ膝がむき出しになっちゃうからさ」
「前言撤回。あなたは、変わったわ」
「へ? なんのこと?」
「ううん、何でもないの。ハンカチありがとう。一つだけ使わせてもらうね」
 昴は両手を胸の前で合わせ、目を閉じる。そして目を開け、薄手のハンカチを受け取り半分に折り、膝の下に敷いた。その一連の仕草に、哀しみを隠そうとする気配を感じた僕は咄嗟に椅子を降り、昴の前に正座した。「もう、仕方ないんだから」 昴はそんな笑みをほのかに浮かべ、座法を跪座から正座に変えて話を再開した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

【完結】タイムトラベル・サスペンス『君を探して』

crazy’s7@体調不良不定期更新中
ミステリー
過去からタイムトラベルをし逃げてきた兄弟が、妹の失踪事件をきっかけに両親が殺害された事件の真相に挑むミステリー ────2つの世界が交差するとき、真実に出逢う。  5×××年。  時を渡る能力を持つ雛本一家はその日、何者かに命を狙われた。  母に逃げろと言われ、三兄弟の長男である和宏は妹の佳奈と弟の優人を連れ未来へと飛んだ。一番力を持っている佳奈を真ん中に、手を繋ぎ逃げ切れることを信じて。  しかし、時を渡ったその先に妹の姿はなかったのだ。  数年後、和宏と優人は佳奈に再会できることを信じその時代に留まっていた。  世間ではある要人の命が狙われ、ニュースに。そのことを発端にして、和宏たちの時代に起きた事件が紐解かれていく。  何故、雛本一家は暗殺されそうになったのだろうか?  あの日の真実。佳奈は一体どこへ行ってしまったのか。  注意:この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。 【解説】 この物語は、タイムトラベルして事件の真相を暴くのではなく、縛りがあってタイムトラベルすることのできない兄弟が、気づきと思考のみで真相に辿り着くという話。 なので殺害方法とかアリバイなどの難しいことは一切でない。知恵で危機を乗り越えていく。 雛本三兄弟シリーズとは、登場人物(性格などベース)だけは変わらずに色んな物語を展開していくパラレルシリーズです。 

学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ
キャラ文芸
 三国志×学園群像劇!  平凡な少年・リュービは高校に入学する。  彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。  しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。  妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。  学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!  このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。 今後の予定 第一章 黄巾の乱編 第二章 反トータク連合編 第三章 群雄割拠編 第四章 カント決戦編 第五章 赤壁大戦編 第六章 西校舎攻略編←今ココ 第七章 リュービ会長編 第八章 最終章 作者のtwitterアカウント↓ https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09 ※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。 ※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

妹はわたくしの物を何でも欲しがる。何でも、わたくしの全てを……そうして妹の元に残るモノはさて、なんでしょう?

ラララキヲ
ファンタジー
 姉と下に2歳離れた妹が居る侯爵家。  両親は可愛く生まれた妹だけを愛し、可愛い妹の為に何でもした。  妹が嫌がることを排除し、妹の好きなものだけを周りに置いた。  その為に『お城のような別邸』を作り、妹はその中でお姫様となった。  姉はそのお城には入れない。  本邸で使用人たちに育てられた姉は『次期侯爵家当主』として恥ずかしくないように育った。  しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。  妹は騒いだ。 「お姉さまズルい!!」  そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。  しかし…………  末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。  それは『悪魔召喚』  悪魔に願い、  妹は『姉の全てを手に入れる』……── ※作中は[姉視点]です。 ※一話が短くブツブツ進みます ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。

八百万の学校 其の参

浅井 ことは
キャラ文芸
書籍化作品✨神様の学校 八百万ご指南いたします✨の旧題、八百万(かみさま)の学校。参となります。 十七代当主となった翔平と勝手に双子設定された火之迦具土神と祖父母と一緒に暮らしながら、やっと大学生になったのにも関わらず、大国主命や八意永琳の連れてくる癖のある神様たちに四苦八苦。 生徒として現代のことを教える 果たして今度は如何に── ドタバタほのぼのコメディとなります。

Vtuberだけどリスナーに暴言吐いてもいいですか?

天宮暁
キャラ文芸
俺、人見慧(ひとみけい)は、ただのユルオタ高校生だ。 そんな俺は、最近Vtuberにドマハリしてる。 ヴァーチャル・マイチューバー、略して「Vtuber」。イラストやCGを顔認識アプリと連動させ、まるで生きてるように動かしながら、雑談したり、ゲームしたり、歌を歌ったり、イラスト描いたり、その他諸々の活動をしてる人たちのことである。 中でも俺が推してるのは、七星エリカっていうVtuberだ。暴言ばっか吐いてるんだけど、俺はなぜか憎めないんだよな。 そんな彼女がコラボ配信で大炎上をやらかしたその翌日、いつも通り友人と教室でだべってた俺は、いきなりクラスの女子にからまれた。 神崎絵美莉というその女子は、絵に描いたようなザ・陽キャ。ユルオタの俺と接点なんてあろうはずもない……はずだった。 だが、その後のなりゆきから、俺は神崎の「秘密」を知ることになってしまい――!? ※ ご注意 この話はフィクションです。実在する団体、人物、Vtuberとは一切関係がございません。作者は、業界の関係者でもなければ関係者に直接取材をしたわけでもない、一介のVtuberファンにすぎません。Vtuberについての見解、業界事情等は100%作者の妄想であることをご理解の上、お楽しみくださいませ。

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

処理中です...