僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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三章

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「猛、おめでとう。芹沢さんはこの競技の、MVP間違いなしだと僕は思う」
「俺もそう思う。ティアラを頭上に輝かせるのは、芹沢さんで決まりだ」
「龍造寺、芹沢さんは素敵な人だな」
 ぐるぐるバットリレーだけは一位ではなく、MVPという称号が用いられる。しかもそれが女子選手だった場合、簡略化した王冠ではなく絢爛華麗なティアラが頭上に輝くため、この競技の女性MVPへは多大な名誉が贈られる事となるのだ。僕らはしきりと、猛にお祝いの言葉を伸べた。
 しかし猛は「ああそうだな」なんて、気のない返事を繰り返すだけだった。ピンときた僕は、猛に耳打ちしてみる。
「銀河の妖精で輝夜さんが大歓声を浴びたとき、僕は嬉しさと心配でごちゃ混ぜになったんだ。もしかして猛も、そうなのか?」
「と、友よ~~!!」
 猛はそう言って、僕にしがみ付きわんわん泣く真似をした。ああそうか、あのとき素直にこうすれば良かったのかと、猛への敗北感を僕はちょっぴり味わったのだった。 
 そうこうしているうち三人目の選手がやって来て、小スロットが九組で固定された。続いて大スロットも、ガッチャンと派手な音を響かせる。そこには、
【一番、男前な女の子】 
 と映し出されていた。そのお題目に
「「「キャ―――!!!」」」
 九組だけでなく両隣の八組と十組を加えた、3クラス合同の黄色い歓声があがった。ストラックアウトで三位入賞を果たした一条さんの人気は、かくも凄まじいものになっていたのだ。
「これは一条さんで決まりね」「絶対一条さんで決まり」「ストラックアウトの一条さん、カッコ良かったもんね」「「カッコ良かったよね~~」」
 かしましさの一歩手前で、十組の女の子たちははしゃぎまくっている。一方男子は「ぎこちない顔をしちゃだめだぞ」というぎこちない顔を、そのほとんどが浮かべていた。僕なんて殊更そうだろうなとおののきつつ、先週の秘密会合へ想いを馳せた。

 先週、学内ネットの秘密掲示板で、十組男子による秘密会合が開かれた。進行役の北斗から、会合の主旨が説明される。
「この会合は、体育祭の人捜しゲームで女子達が不仲になることを避けるため、開くものである」
 その戦慄すべき内容に男子全員が沈黙した。女の子たちは表面上仲良さげに見えても、水面下では仁義なき戦いを常に繰り広げているのだと、僕ら男子は経験上知っていたからだ。
「それは最重要課題だ。北斗、俺らはどうすれば良いんだ」
 二階堂が実名で口火を切った。クラスのお調子者として認知されている二階堂が、男子達から一目置かれている最大の理由は、ここにある。秘密掲示板は匿名発言が許されているのに、二階堂はあえて実名で、発言しにくいことを真っ先に発言してくれる。そうすることで会合が円滑に進むなら、自分が汚れ役になることをコイツは決して厭わない。しかも自己顕示欲の嫌らしさを臭わせずそれができるおとことして、二階堂は男子達から敬意を払われているのだ。
「うむ。そのためには人捜しゲームに不文律ができた経緯を、皆に知ってもらうのが一番だと思う。みんな、聞いてくれるか?」
 賛成率が即座に100%を示す。皆これに、多大な関心を寄せているのだ。それを受け、北斗は十七年前の出来事を書き込んでいった。
 人捜しゲームが体育祭に盛り込まれた最初の年、つまり湖校創立一年目の一年生体育祭が行われた時は、「一番かわいい女子」や「一番きれいな女子」というお題目が普通に使われた。男子は言うに及ばす女子もそのお題目に興奮し盛り上がっているように見えたが、それはとんだ間違いだったと男子達は一晩で知ることとなる。次の日以降、教室から女子達の楽しげな笑い声が、消えてしまったのだ。
 男子は恐慌し女子にお伺いを立てるも、誰も真相を話してくれなかった。男子全員で知恵を出し合った結果、教育AIへある要望がなされた。それは学内ネットに匿名の掲示板を設け、自由に発言できる環境を整えるというものだった。教育AIはそれを受諾し、秘密掲示板が直ちに設立された。男子達はそこに選りすぐりの男子をローテーションで常駐させ、そして女の子たちの話にひたすら耳を傾けるという事を始めたのである。
 聞き役の男子も匿名だったが、心地良いやり取りを心がけたことが実り、女子達は次第に真相を話してくれるようになった。それは大多数の男にとって、想像すらできない世界の話だったらしい。北斗がそれを、掲示板に書き込んでゆく。
「そんなお題目を使ったら自分達の仲が悪くなることを、一期生の女子達は最初から知っていたと言う。だがそれでも、彼女達はそのお題目に反対できなかった。『自分達の序列を女子は何より気にかけるから』が、その理由だそうだ」
 序列上位者は自分の真の序列を知りたかったため、そのお題目を使うことに賛成した。それはマズイと思いつつも序列を何より気にかける女子達は、序列上位者に反対意見を述べる事ができなかった。いや彼女達自身も、真の序列が気になって仕方なかったのだ。けれども女子達は知らなかった。女性から見た素晴らしい女性と、男性から見た素晴らしい女性には隔たりがある事を、彼女達は知らなかったのである。僕は勇気を振り絞り、掲示板に書き込んだ。
「表面上は男こそ序列好きに見えるけど、そんな上っ面の序列に囚われず腹の底で対等な付き合いができる男に、男は惚れると思う」
 現代日本の男子が最も大切にしているのは、潔さ。つまり序列は些事でしかなく、そんなものより腹を割れる勇気の有無を、男子は何より尊んでいる。僕は、そう感じていたのだ。
 そしてウチの組には、同じたぐいの野郎どもが集まっていたのだろう。この書き込みはあっという間に賛成100%を得て、その後の活発な議論の火付け役となったのである。
「要約すると、こういう事だろうか。俺ら男は、性別や序列に囚われず誰にでも優しく接する女子を、素晴らしい女子と考える。よって一番かわいい子や一番きれいな子も、そのイメージで選んだ。しかし価値観の異なる女子はそれに納得せず、男はバカだという意見が裏で蔓延した。だがそれは、好きな男の悪口を言われることと同義だったため、女子達の喧嘩に発展。その結果、クラスから女子の楽しげな笑い声が消えてしまった。北斗、これで合ってるか?」
「最初期の先輩方が残してくれた前期委員の議事録に、いま二階堂がまとめてくれた話がそのまま載っているよ。さすがだな、二階堂」
 いいぞ二階堂と、僕らはガンガン書き込んだ。言うまでもなく、みんな匿名だけどね。
「議事録によると、男子は自分達の本音を、秘密掲示板で女子に明かしたと言う。それが、金曜の夜。すると翌週の月曜の朝、女子達は何事もなかったかの如く、体育祭前の仲良さげな女子達に戻っていたと伝えられている。付け加えるとこれは、『男子生徒が選ぶ湖校の恐怖事件』の、不動の一位に君臨し続けているそうだ」
 僕らは沈黙した。賛成率を示す円グラフも、まったく動こうとしなかった。けどそれは興味が無かったからでも反対の意思表示だったからでもなく、僕らはただただ、恐かったのである。その証拠に誰かが「うぎゃ~」と悲鳴をあげるや否や、怒濤のように書き込みがなされていった。
「ひえ~~」「恐すぎだろうそれ」「リアルに想像できてリアルに恐い」「十組がそうなったら俺、学校いけなくなるかも」「つうか俺、今トイレ行けないんですけど」「俺は逆に気持ちを落ち着かせるため何か飲みたいな」「なあ北斗、ここらでちょっと休憩しないか?」「いいねそれ」「賛成~」
 学内ネットの秘密会合は欠席も退場も各自の自由なので、休憩時間を設けるのは稀だ。恐い恐いと言いつつ皆この件に、興味津々なのだろう。五分のトイレ休憩を挟み、会合は再開した。
「では続きを書こう。秘密掲示板の有用性を実感した女子達は、戦々恐々の男子達を励まし、秘密掲示板での話し合いを恒常的なものへと育てて行った。こういう分野では男子は女子にまるで敵わないと言うのが、俺の率直な意見だな。女子達のその活動は、前期後期委員の誕生として実を結ぶこととなる。そして一年後、二度目の体育祭を迎える一週間前、ある要素を人捜しゲームに加えることが可決された。それは『男子が矢面に立ち、女子を守る』だった」
 再度の沈黙を経て、絶妙なタイミングで北斗が続ける。
「男子には『女装が似合いそうな男子』や『ゴリラに求愛されそうな男子』系のお題目が使われるが、それらが女子に使われることは無い。男が体を張って笑いを取り、その姿を女子は心ひそかに賞賛する。このような試みをすることが可決されたのだ。もちろん反対意見もあったためお題目をすべて公開し、男子に是非を問うた。そしてその中から幾つかが除外されたのち、体育祭は行われた。その日の夜、学内ネットに女子一同の公式声明が載せられたと言う。『これでようやく、去年の出来事を水に流せます』と」
 北斗が一息入れた。僕も一息入れ、首と肩を回してから画面に注目した。
「その後も一期生の先輩方は数々の試みを続けた。そしてついに、三つの不文律が確立する。それは『男子が矢面に立ち女子を守る』と『体育祭以降、お題目の話をあえて持ち出さない』と、『上記二つを不文律にする』の三つだった。以上が、体育祭要項に記載されていない不文律が湖校にできあがった経緯だ。俺の話はこれで終わりとする。みんな、質問等があったら遠慮無く言ってくれ」
 それから暫く、僕らは要領を得ない話し合いに時間を費やした。要領を得なかった最大の理由は、二つ目の不文律にある「あえて」が理解できなかったからだ。それでも僕らは不安に駆られ、口にせずにはいられなかった。「あえてとは、なんぞや」と。議論が下火になったところで北斗が発言し、この話題はお開きとなった。
「あえてという言葉を理解し身に付けるには体育祭を数回経験せねばならぬと、先輩方は書き残している。とりあえず今は、それを信じてみようではないか」
 その後、体育祭で使われる予定のお題目がすべて公開された。止めて欲しいものへ無記名投票する期間は三日あるからよく考えてくれと北斗が告げ、会合は終了した。僕は三日間考えた末、どれにも投票しなかった。僕が体を張ることでクラスの女子を守れるなら、それに越したことは無いと思ったからだ。
 みんな、素晴らしい女の子たちだからね。

「「「キャ――、一条さ~ん!!」」」
 一番男前な女の子というお題目に選ばれた一条さんが、九組の前に進み出てきた。そして宝塚スターのようなポーズを決め、一条さんは颯爽と走り去ってゆく。それは男の僕からみても、見事としか言いようのない男っぷりだった。その姿に、ふと思った。
 もし一条さんが今後も「最も男前な女子」であることを要求され続けたら、どうなるだろうか。体育祭という非日常ではなく、日常的にそう扱われたとしたらどうなるだろうか。やはり、負担になってしまうのではないか。「あえて」の意味が何となくわかった気がした僕は、決意した。
 このお題目で盛り上がるのは今だけにして、それ以降は忘れる事によう。よ~し、そのためにも盛り上がるぞ!
 僕は女子に混ざって声の限りに叫んだ。
「一条さん、カッコいい~~」と。
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