僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二章

デート、1

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 輝夜さんの閃きこそが真相なのだと直感した僕は、予想通り二度目の衝撃に襲われた。しかしこれも予想した通り、二度目の衝撃は一度目のそれより小さかった。僕は比較的短時間で、意識を元の状態に戻すことができた。
 もっとも、自分一人の力だけで戻せたのではない。心の一部が崩壊し茫然自失となっていた僕の手に、輝夜さんが生命力を流し入れ、助けてくれたのである。清々しく瑞々しく、そして芳しい彼女の生命力を両手に感じた僕は、混沌とした意識の海から抜けだし、自我を急速に取り戻して行った。
「輝夜さん凄いね、こんなこと出来るんだ」
「どういたしまして。でもこれ、たいしたことでは無いの。眠留くんも、これと同じことができるはずだから」
 いつもの僕なら、そんなの無理だよと顔を横に振っただろう。生命力の譲渡は知識として知っているだけで、天才翔人の美鈴にすらまだ不可能な技術だったからだ。しかしそのとき僕は顔を横に振らず、縦に振った。両手から入ってくる彼女の生命力が「できるよ」と囁いていたのである。
「眠留くん、ほら見て。私はただ、生命力を手から放電させているだけなの」
「本当だ・・・あれ? 輝夜さん、生命力を流入させて大丈夫なの?」
「うん大丈夫。というか私、放電現象の仕組みが、判っちゃった」
 反射的に凄い凄いと連発しそうになるも、心の奥底から「見極めろアホ」との叱責が届けられた気がしたので、好奇心のみを丸出しにし彼女に頼んでみる。
「わあ、教えて教えて!」
「もう、そんなに大した事じゃないんだったら」
 輝夜さんは嬉しそうに口を尖らせる。初めて間近に見た彼女の唇の、その余りの麗しさに僕の意識は、なぜかモードで覚醒した。
「この現象の仕組みは、簡単だったの。簡単すぎて、言葉にしづらいくらいにね」
「簡単なものほど奥が深いから、説明は難しいよな」
 俺モードのまま返答してしまった僕は頭をペシンと叩き、覚醒を解いた。そんな僕に彼女は何も言わなかったが、艶やかさの増した瞳で仕組みを教えてくれた。
「喩えるなら、水道管が太くなった感じかな。以前は壁の圧迫が強すぎて、細い水道管を通すのが精一杯だった。けど今は壁の一部が消えて圧迫が少なくなったから、太い水道管を通せるようになった。その変化に気付かなかった私は、以前と同じ調子で蛇口をひねった。だから、水を大量に溢れさせてしまった。生命力の激増はただそれだけの事だったって、わたし判ったんだ」
 今回は叱責されなかったのでその後しばらく、「輝夜さん凄い!」を連発した。だが、たったそれだけのことに心労を覚え、僕は前のめりになってしまう。輝夜さんは僕の丸まった背中をさすりながら、心配そうに言った。
「眠留くん。翔人の話の続きは、また今度にした方がいいんじゃないかな」
 彼女の瞳から、僕を案じる気持ちがあふれ出ている。翔人の話をここで止めるのは惜しく、何より彼女に申し訳なかったが、もし立場が逆だったら僕も彼女にまったく同じ提案をしたはず。僕は迷いを断ち切り頷いた。
「体力はまだたっぷり残っているんだけど、脳の方は白状すると、処理能力も記憶容量もとっくにパンクしているんだ。話の続きは、次にしようか」
「うん、そうしましょう。さて」
 彼女はベンチから立ち上がり、手をきちんと揃えてニッコリ笑った。
「眠留くん、今日はこの素敵な公園の、どこへ連れて行ってくれるのですか」
 輝夜さんの切り替えの良さが、迷いの残滓を拭い去ってゆく。僕は立ち上がり、はきはき答えた。
「ああ、任せて。物心つく前からここで遊びまくっていた地元っ子の底力を、とくと味わってもらうよ」
「わあ、楽しみ!」

 それから僕らは堤防を去り、公園のあちこちへ足を運んだ。人口減少に伴い施行された新国土緑化法のお陰で、狭山湖と多摩湖の周囲は自然が見違えるほど復活している。だからだろうか、輝夜さんはどこに連れて行ってもとても喜んでくれた。中でも一番気に入ってもらえたのが、森の向こうの菜の花畑。若葉越しに輝く太陽が緑色の木漏れ日を投げかける森を通り抜けると、そこに一面の菜の花畑が広がっている。紋白蝶や揚羽蝶が花から花へひらひら舞う光景に、彼女は言葉を失い立ち尽くしていた。
 菖蒲あやめはすの群生する池でも、僕らは長い時を過ごした。良家のお嬢様である輝夜さんは花の知識は豊富でも、都会育ちのため野生の花に触れる機会はあまり無かったらしい。この池は祖父母のお気に入りの場所で、僕は連れてこられるたびに花の蘊蓄うんちくを聞かされていたから、輝夜さんと花の話題で盛り上がることができた。
「輝夜さんはもしかして、紫陽花も好きなんじゃない?」
「ええっ、なんでわかるの!」
 水に浮かぶ蓮の葉の上で香箱こうばこ座りをする雨蛙に、彼女はことのほか優しい笑みを浮かべていた。一時代前まで、蛙はどちらかと言うと女性に不人気な生物だったが、今は綺麗な水の象徴として男女を問わず親しまれる存在になっている。
「僕の通っていた幼稚園は、生け垣の一部が紫陽花だった。僕はその紫陽花の生け垣が好きで、梅雨になると傘を差し飽きもせずよく眺めていた。花ももちろん綺麗だったけど、雨に濡れ瑞々しい輝きを放つ葉の中央に、黄緑色の雨蛙がちょこんと座っている様子が、僕は大好きだった。あの光景は僕の、原風景の一つなんだ」
 誇張ではなく輝夜さんは僕の話を、涙を流さんばかりに頷きながら聴いてくれた。雨蛙は鳴き声もとっても可愛いよねと顔をほころばせる彼女と一緒に、僕らは小声で蛙の歌を輪唱した。
 そして午後五時。
 日の入りまで一時間半以上を残し、僕は確たる声で言った。
「輝夜さん、そろそろ帰ろうか」
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