僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二章

翔猫再考、1

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「う~ん、眠留くん、やっぱり危険だと思う」
「ん~、やっぱ危険かあ」
「うん、危険。それと、無謀だとも思う」
「んん~~、やっぱ無謀かあ」
「そう、勇気がないのではなく、無謀ね。確かに翔化すれば、心と生命力の関係を翔化視力でつぶさに観察できるはず。眠留くんの、推測通りにね。でもそれを私達だけで検証するのは、やはり危険で無謀だと思うの。それと・・・」
「それと?」
 声音を急に変えた輝夜さんへ、僕は思わず聞き返した。彼女はそれまで、それは危険で無謀な試みだときっぱり主張していた。しかし彼女はその最後で、声音を恥じらいに染めたのである。輝夜さんはきちんと揃えた膝を更に小さくし、肩をすぼめて言った。
「そ、それと、心の準備がまだできていないと言うか」
「?」
「だって翔体とはいえ、眠留くんの・・・裸を見るのはまだ早いとうか」
「??」
「眠留くんだけを危険にさらす訳にはいかないから私も翔体になるけど、しょ、将来はともかく今はまだ私の・・・裸を見られるのは少しの間とはいえ恥ずかしくて。あっ、誤解しないで、嫌では決してないの。ただ心の準備がまだその」
「???・・・!」
 僕は頭が良くない。物覚えは悪いし、回転は遅いし、処理能力は低いし、とっさの機転もじっくり構築する理論的思考も、どちらも大の苦手だ。でも今回はありがたいことに、彼女の勘違いを察することができた。輝夜さんの口から心騒がせる単語が飛び出てきた気もするけど、「ただでさえ察するのが遅すぎなのだから早くしなさい」と誰かから叱られた気がしたし、何より歴代最高に顔を真っ赤に染める彼女をこれ以上放置するのはしのびなかったので、僕はその単語を脇へ置くことにした。ホントは、超々気になってたんだけどね。
「輝夜さん、ひょっとして白銀家では、翔化の練習を裸でしているのかな」
「ええっ、眠留くんの家では違うの!?」
 それこそ歴代最高の驚きを見せた彼女に、僕は大いに得心した。輝夜さんそりゃ、恥ずかしくて当然っすよ。
「うん、僕は浴衣を着て練習したんだ。魔想討伐に向かう祖父が浴衣姿で体から抜け出る様子を何度も見ていたから、僕も浴衣を着て練習した。そのせいで翔化に初めて成功したとたん浴衣姿のまま魔想討伐に連れて行かれちゃって、メチャクチャ驚いたけどね」
 多くの人は普段、衣服を身に付けて生活している。だから人は翔化しても、服を着ている自分を無意識に想像し、服を着た姿で体から抜け出てくるものなのだけど、祖父はこうも言っていた。「服を着ないほうが翔化しやすいため、服を着ずに翔化の練習をさせる翔家もある。それは悪いことではないから禁止されていないが、裸での翔化に慣れ過ぎると服を着ていても裸の翔体で体から抜け出るようになり、多少の不都合が生じてしまう。よって眠留と美鈴は、衣服を身に付けて翔化の練習をしなさい」 その言いつけが活き、今この場で翔化しても僕は初めから服を着た姿になれるが、おそらく輝夜さんは一瞬とはいえ、この見晴らしの良い公園で裸になってしまうのだろう。誤解とはいえ女の子にそんな提案をしたことに気づき、僕は急いでそれを取り下げようとした。しかし幸か不幸か、それはすんでの処で阻止される事となる。
「そ、そうだったのね。眠留くんは初めから、服を着た姿で翔体になれるんだ。私はそれを知らなかったから、あなたがここで翔化するなら私もしようって、半ば覚悟を決めていたのだけど」
 彼女はそう言って恥ずかしそうに、けどなぜか少しだけ残念そうに、ワンピースをほんのり持ち上げる二つの膨らみに両手を添えた。
「!!!っっっ!!!」
 今度は僕が歴代最高に顔を赤面させる番だった。想像すまいといくら頭を振っても、細く華奢でありながらも柔らかな曲線を描く彼女の制服姿がこの目に焼き付いている僕に、それは無理というもの。一糸まとわぬ彼女の姿が心に浮かびそうになっては消し浮かびそうになっては消しという作業を、秒間10回ほどのペースで僕は繰り返さねばならなかった。
 なんて、破廉恥はれんちと糾弾されても受け入れるしかない僕を、輝夜さんは大人びた笑みで優しく包んでくれた。僕は胸の中で親友に語りかけた。なあ北斗、どうして僕らが好きになった女の子たちはこうも、僕らより一枚も二枚も上手なのかなあ。
「じゃあ眠留くん、爆発的な生命力流入を検証するため、翔化してみる?」
 そんな僕をよそに、輝夜さんは何事も無かったかの如くほんわり問いかけてくる。僕は形勢の立て直しを図り、努めて鷹揚に答えた。
「いや、止めておくよ。輝夜さんの指摘どおり危険で無謀なことに変わりは無いし、何より魔想討伐以外の目的で翔化するのは、できれば一生したくないからね。家に帰ったら、さっきの放電現象を精霊猫の瑠璃に相談してみようと思う。結果が出しだいメールを送る・・・・うわっ! か、輝夜さん!?」
 双眸を爛々と輝かせ今にも身を躍らせんばかりの輝夜さんに、僕は鷹揚さを忘れ、ずるずるあとずさってしまった。だってこれ絶対、獲物に飛びかかろうとしている時の、猫の姿だもん。
「眠留くん! 質問があります!」
「はいっ、どのような御質問で御座いましょうか」
「精霊猫の瑠璃って、この前の猫くんのことかな?」
「へ、この前の?」
「闇油戦で眠留くんと一緒にいた、あの勇敢な猫くんのこと!」
「ああ、末吉のこと」
「末吉くんって名前なのね!」
 輝夜さんはそう言って、膝が触れ合う距離まで身を乗り出してきた。ワンピース越しに感じる彼女の膝の、そのあまりの柔らかさに気を失いそうになるも、僕は頭の中で必死に状況を整理した。
 状況から推察するに、輝夜さんは末吉のことをいたくお気に召したと考えて、間違いないだろう。そりゃ末吉は可愛いし勇敢だと思うけど、二人の膝が触れ合っているのを輝夜さんに忘れさせるなんて、けしからんぞ末吉め~~!!
 とまあこんな感じで後半はただの文句になってしまったが、それでも末吉を好きになってくれた輝夜さんへ、僕は覚悟を決め答えた。
「うん、うちには大吉、中吉、小吉、末吉の四匹の翔猫しょうびょうがいて、一番若い末吉が僕のパートナーなんだ。さっき話した瑠璃は翔描ではなく、精霊猫。精霊猫は七色と五色の計十二匹いて、七色のうちの藍色を担うのが瑠璃。瑠璃は、生命力活用の師匠なんだよ」
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