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かけがえのない人、1
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「眠留、いい加減にするにゃ」
「ごめん、今も魔想を一撃で倒せなかった。今度こそ一撃で決めるよ」
「違う、話をすり替えるにゃ。強い魔想は一撃で倒せなくて当然にゃ。でも今の眠留は、一撃で倒せる煤霞に二度も三度も攻撃しているにゃ。眠留、何があったか知らないが、戦闘中だけは今この瞬間に集中するにゃ。翔体は意識そのものと心得よ、にゃ」
末吉の言う通りだ。今の僕は集中力を欠くせいで、最も弱い煤霞にすら手間取っている。これは一撃で倒すという技術の問題ではない。これは僕の、心の弱さの問題なのだ。
「すまなかった末吉。僕は集中力を欠いていた。戦闘中なのに、考えが甘すぎたよ」
「ようやく得心したようだにゃ。まあ、ちかごろ眠留は慢心していたから、大事になる前に気づけて、かえって良かったのかもしれないにゃ」
「うっ、やっぱり僕、慢心してた?」
「してたにゃ。戦闘が終わるたびに、認められてきただの慣れてきただの聞かされる、おいらの身にもなってほしかったにゃ」
「うわわわ、こめん末吉、もう言いませんこの通りです」
僕は空中に正座し、末吉に何度も頭を下げた。その最中ふと、これって土下座なんじゃないかな、という思いが脳裏をよぎった。土下座ってこれまでしたこと無かったからピンと来ないけど、多分これは土下座で間違いないのだろう。ということは、僕の人生初の土下座相手は、末吉っすか!
「ん? なんか急に、謝罪に誠意が感じられなくなったにゃ」
「いえいえ、滅相も御座いませんで御座います末吉殿」
なんて末吉とワイワイやっていたら僕はようやく、いつもの自分に戻れた気がした。
それから暫く休憩を取った。末吉の「休憩するにゃ」との宣言に従ったのである。今日は四月二十九日、ゴールデンウイーク初日だから、戦闘が五分十分長引いてもなんら支障は無い。僕は「オッケー」と告げ、仰向けに寝転がった。そして、彼女のことを考えた。
三日前の放課後、薙刀の基本稽古に励む彼女の姿に衝撃を受けた僕は、そのまま練習を終え帰宅した。いや、そんな取り繕った物言いは止めよう。僕はマッサージと整理体操を放りだし、尻尾を巻いて逃げ帰った。気づいてしまった自分の醜さに、耐えられなくて。
僕は、白銀さんを見下していた。
かけがえのない人と言いながら、
心の奥底で、ずっと。
それに気づいてからの二日間、僕は彼女と殆ど話していない。
朝は遅刻ギリギリに教室へ飛び込み、休憩時間は寝て過ごした。
掃除も昼休み中に一人で終わらせ、白銀さんがやってくる前に姿をくらませた。
彼女は何か言いたげで悲しそうな目をしていたけど、僕は彼女から逃げ回った。
薙刀を一生懸命振る彼女を直接見てさえ、彼女にそんな事できるはず無いありえないと決めつけた僕に、彼女と話す資格は無い。
薙刀に情熱をそそぐ彼女を知っていたはずなのに、僕は最低の男だ。
僕ら男は、決めつけを最も嫌う。
一方的な思い込みや決めつけで相手を侮辱することは、現代の男子にとって最大の恥なのだ。
かけがえない人と口では言いつつそれに身を落とした僕に、これ以上彼女と関わることはできない。
それこそそんな資格、僕にはありえないんだ!
「眠留、あまり自分を責めるにゃ。おいら達はまだ若い。そういう事もあるにゃ」
「そう、なのかな・・・」
宙に浮かびながら見上げた月のない夜空が、無性に寂しく感じられた。
休憩後、普段の調子を取り戻した僕は、末吉と二人で魔想を討伐していった。だがそこに、いつもの軽快さは無かった。次の魔想へ向かう途中僕らは幾度も移動を中断し、同じ方角へ目を向けた。東京23区の南端、大田区付近から時折、魔素の気配が漂ってくる。それが遠雷のように、研ぎ澄ました戦闘意識をかき乱したのだ。
「翔体なのに、まるでアドレナリンが出ているみたいだ。末吉はどうだ」
「爪は出っぱなし、背中の毛も逆立ちっぱなしにゃ。眠留、余剰生命力は幾らかにゃ?」
「さっきの休憩で少し回復したから、現時点での余剰は四千。あと三十分で討伐完了したとすると、二千二百が最大余剰だ」
「十尺百圧で、限界は十五秒といったところかにゃ?」
末吉の計算の速さに僕は舌を巻いた。十尺とは、生命力を注ぎ入れて猫丸を刃渡り十尺の大太刀にする事。百圧とは、生命力消費量を百倍に圧縮する事。どちらも魔想の第二段階、闇油戦で必要な措置だ。
「さすが、天才小吉に手ほどきを受けているだけあるな。正解だ末吉。余剰二千二百で直径2メートル半、攻撃速度秒速200メートルの闇油と全力戦闘したら、僕は十五秒で限界、十七秒で肉体危機、十九秒であの世行きだ」
翔人は生命力の貯蔵庫を二つ持っている。一つは鳩尾の太陽神経叢に誰もが持っている、第一貯蔵庫。そしてもう一つが翔体に備え付けられた、第二貯蔵庫だ。翔人は通常、第二貯蔵庫の余剰生命力を用いて魔想討伐を行うが、それが無くなると肉体の第一貯蔵庫から生命力を引っ張ってくる事がある。それも枯渇すると肉体そのものが保有する生命力を用いるが、それがゼロになると、人は一瞬で死んでしまう。僕の第一貯蔵庫は貯蔵量二百、肉体生命力の保有量も同じく二百だから、百圧下だとそれぞれ二秒しか持たないのだった。
「小吉姉さんから教えてもらったにゃ。命の瀬戸際でそこに仲間がいるなら、敵を一撃で倒そうとするなってにゃ」
「わかった。そして、末吉もな」
「眠留が隣にいるのを、おいらが忘れるわけないにゃ」
掌と肉球をパシッと打ち鳴らせ、僕らは次の煤霞へ翔けていった。
「ごめん、今も魔想を一撃で倒せなかった。今度こそ一撃で決めるよ」
「違う、話をすり替えるにゃ。強い魔想は一撃で倒せなくて当然にゃ。でも今の眠留は、一撃で倒せる煤霞に二度も三度も攻撃しているにゃ。眠留、何があったか知らないが、戦闘中だけは今この瞬間に集中するにゃ。翔体は意識そのものと心得よ、にゃ」
末吉の言う通りだ。今の僕は集中力を欠くせいで、最も弱い煤霞にすら手間取っている。これは一撃で倒すという技術の問題ではない。これは僕の、心の弱さの問題なのだ。
「すまなかった末吉。僕は集中力を欠いていた。戦闘中なのに、考えが甘すぎたよ」
「ようやく得心したようだにゃ。まあ、ちかごろ眠留は慢心していたから、大事になる前に気づけて、かえって良かったのかもしれないにゃ」
「うっ、やっぱり僕、慢心してた?」
「してたにゃ。戦闘が終わるたびに、認められてきただの慣れてきただの聞かされる、おいらの身にもなってほしかったにゃ」
「うわわわ、こめん末吉、もう言いませんこの通りです」
僕は空中に正座し、末吉に何度も頭を下げた。その最中ふと、これって土下座なんじゃないかな、という思いが脳裏をよぎった。土下座ってこれまでしたこと無かったからピンと来ないけど、多分これは土下座で間違いないのだろう。ということは、僕の人生初の土下座相手は、末吉っすか!
「ん? なんか急に、謝罪に誠意が感じられなくなったにゃ」
「いえいえ、滅相も御座いませんで御座います末吉殿」
なんて末吉とワイワイやっていたら僕はようやく、いつもの自分に戻れた気がした。
それから暫く休憩を取った。末吉の「休憩するにゃ」との宣言に従ったのである。今日は四月二十九日、ゴールデンウイーク初日だから、戦闘が五分十分長引いてもなんら支障は無い。僕は「オッケー」と告げ、仰向けに寝転がった。そして、彼女のことを考えた。
三日前の放課後、薙刀の基本稽古に励む彼女の姿に衝撃を受けた僕は、そのまま練習を終え帰宅した。いや、そんな取り繕った物言いは止めよう。僕はマッサージと整理体操を放りだし、尻尾を巻いて逃げ帰った。気づいてしまった自分の醜さに、耐えられなくて。
僕は、白銀さんを見下していた。
かけがえのない人と言いながら、
心の奥底で、ずっと。
それに気づいてからの二日間、僕は彼女と殆ど話していない。
朝は遅刻ギリギリに教室へ飛び込み、休憩時間は寝て過ごした。
掃除も昼休み中に一人で終わらせ、白銀さんがやってくる前に姿をくらませた。
彼女は何か言いたげで悲しそうな目をしていたけど、僕は彼女から逃げ回った。
薙刀を一生懸命振る彼女を直接見てさえ、彼女にそんな事できるはず無いありえないと決めつけた僕に、彼女と話す資格は無い。
薙刀に情熱をそそぐ彼女を知っていたはずなのに、僕は最低の男だ。
僕ら男は、決めつけを最も嫌う。
一方的な思い込みや決めつけで相手を侮辱することは、現代の男子にとって最大の恥なのだ。
かけがえない人と口では言いつつそれに身を落とした僕に、これ以上彼女と関わることはできない。
それこそそんな資格、僕にはありえないんだ!
「眠留、あまり自分を責めるにゃ。おいら達はまだ若い。そういう事もあるにゃ」
「そう、なのかな・・・」
宙に浮かびながら見上げた月のない夜空が、無性に寂しく感じられた。
休憩後、普段の調子を取り戻した僕は、末吉と二人で魔想を討伐していった。だがそこに、いつもの軽快さは無かった。次の魔想へ向かう途中僕らは幾度も移動を中断し、同じ方角へ目を向けた。東京23区の南端、大田区付近から時折、魔素の気配が漂ってくる。それが遠雷のように、研ぎ澄ました戦闘意識をかき乱したのだ。
「翔体なのに、まるでアドレナリンが出ているみたいだ。末吉はどうだ」
「爪は出っぱなし、背中の毛も逆立ちっぱなしにゃ。眠留、余剰生命力は幾らかにゃ?」
「さっきの休憩で少し回復したから、現時点での余剰は四千。あと三十分で討伐完了したとすると、二千二百が最大余剰だ」
「十尺百圧で、限界は十五秒といったところかにゃ?」
末吉の計算の速さに僕は舌を巻いた。十尺とは、生命力を注ぎ入れて猫丸を刃渡り十尺の大太刀にする事。百圧とは、生命力消費量を百倍に圧縮する事。どちらも魔想の第二段階、闇油戦で必要な措置だ。
「さすが、天才小吉に手ほどきを受けているだけあるな。正解だ末吉。余剰二千二百で直径2メートル半、攻撃速度秒速200メートルの闇油と全力戦闘したら、僕は十五秒で限界、十七秒で肉体危機、十九秒であの世行きだ」
翔人は生命力の貯蔵庫を二つ持っている。一つは鳩尾の太陽神経叢に誰もが持っている、第一貯蔵庫。そしてもう一つが翔体に備え付けられた、第二貯蔵庫だ。翔人は通常、第二貯蔵庫の余剰生命力を用いて魔想討伐を行うが、それが無くなると肉体の第一貯蔵庫から生命力を引っ張ってくる事がある。それも枯渇すると肉体そのものが保有する生命力を用いるが、それがゼロになると、人は一瞬で死んでしまう。僕の第一貯蔵庫は貯蔵量二百、肉体生命力の保有量も同じく二百だから、百圧下だとそれぞれ二秒しか持たないのだった。
「小吉姉さんから教えてもらったにゃ。命の瀬戸際でそこに仲間がいるなら、敵を一撃で倒そうとするなってにゃ」
「わかった。そして、末吉もな」
「眠留が隣にいるのを、おいらが忘れるわけないにゃ」
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