僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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翔体

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「今日はなんか、疲れたよな」
「そうだにゃ~」
「なんかな~」
「にゃ~」
「・・・」
「・・・」
 楽しみにしていた末吉との友達話が、さっきからどうも続かない。まあたまには、こういう日もあるのだろう。
 今僕は末吉を頭に乗せ、二秒に一歩ののんびりペースで空をかけている。一歩につき100メートル進んでいるから、時速180キロのスピードだ。二日前は所沢から70kmも離れた場所で戦闘を終えたため、一秒に一歩の秒速100メートル、時速360キロで空を翔た。今日の帰路はその三分の一にも満たない20kmだから、このゆっくりペースで充分だろう。言葉数少ない末吉を頭に乗せ、僕はのんびり神社を目指した。
 移動速度及び戦闘速度は、翔人の熟練度によって変わる。例えば歴代屈指の上級翔人である祖父は、時速7200キロのマッハ6で空を突っ走ることができる。魔想が意識界暗部へ引っ込むお昼の空なら、翔化した祖父は東京から札幌まで7分もあれば移動してしまうのだ。僕にはそんなスピード、一生無理なんだろうなあ。
 戦闘速度も翔人によって異なる。今の僕は一歩10メートル、一秒に五歩進む秒速50メートルが戦闘速度の全速。全速より一歩少ない、一秒に四歩の秒速40メートルが準全速だ。魔想の動きを目で追い、攻撃を回避しながら翔るには、秒速50メートルが今の僕の限界なのである。これ以上の戦闘速度を得るには生命力圧縮を用いるのだけど、それは次の機会ということにして、今は翔体について整理しようと思う。
 翔体は、意識の体。翔体になれば服装や体型や顔つきを自由自在に変えられるのも、翔体が意識の体ゆえの能力と言える。そう思えば、そうなる。それが、翔体なのだ。
 翔体が物質や重力の影響を受けないのも同じ理由による。ただ、翔体の視力と聴力はちょっと複雑。翔化中の視力である翔化視力は、物質光と意識光の両方を捉えられる。よって夜の暗闇でも魔想を見分けられるし、美しい夜景や日の出を楽しむこともできる。翔化聴力も物質音と意識音を聞くことが可能で、魔想を斬った際のズバッという音は、意識の振動を翔体の耳で捉えた音といえる。意識界暗部に引っ込んだ魔想も、上級翔人になると目視できその気になれば戦闘も可能だそうだが、意識界暗部での戦闘はリスクが高すぎるため、今は行われていない。
 上級翔人は翔化味覚や翔化嗅覚も持つと聞くが、今の僕にはチンプンカンプンだ。でも触覚なら、下っ端翔人である僕も普通に持っている。猫丸を振る手の感覚、仮想地面を蹴る足の感覚、魔想の攻撃を紙一重で躱した時の肌の感覚等々がそれだ。魔想の攻撃でダメージを受けるのも、痛みによって生命力が削り取られるからに他ならない。というかこの感覚こそが、「翔体を肉体の如く使って魔想と戦う理由」なのであった。
 一昨日の早朝、途中から翔るのを止め水平移動で神社へ帰ったように、翔人は翔化中、脚を使わずとも自由に空を飛ぶことができる。その気になればテレポーテーションも可能だけど、出現先で魔想と接触し亡くなった翔人が鎌倉時代に複数いたらしく、厳禁となって久しい。自分自身を巨大な武器に変え魔想と戦うことも翔体には可能で、魔想との戦闘だけに特化するならその方がむしろ戦いやすかったと、ご先祖様の一人が古文書に記していた。しかしそのご先祖様は、だからこそ翔人は翔体を肉体のように使い魔想と戦わねばならぬと筆鋒鋭く説いている。なぜなら翔人の最終目的は、の討伐だからだ。魔想討伐を重視するあまり、それが討伐とかけ離れてしまったら、それこそまさに本末転倒。「然るに翔人は、肉体での訓練を翔体戦闘に活かし、翔体での戦闘を肉体訓練に活かして、肉体と翔体の両方を鍛えるべし」  ご先祖様は、そう締めくくっている。
 物質化した魔物と戦うべく、翔人は戦闘技術を肉体に叩き込み、小脳や脊髄の無意識領域で使えるようにしていく。すると翔体でも、それを無意識に使いこなせるようになる。肉体に染み込んだ体さばきで魔想の攻撃を回避し、肉体に叩き込んだ刀術で魔想を葬れるようになるのだ。それは「確信」と呼ばれる力であり、思えばそうなる翔化中は、この確信こそが最強最高の武器。よって逆に言うとこの確信を持たぬ人は、翔体になり猫丸を手渡されても、猫丸で魔想を斬ることは不可能なのである。
 その確信を忘れぬよう、単なる移動であっても、翔人は極力脚を使い空を翔る。もちろん先日のような、子猫ちゃんと化した末吉に心ゆくまで寝てもらいたい時とかは、空を飛んじゃうんだけどね。
 前方に、鎮守の森に囲まれた神社が見えてきた。末吉のお腹のモフモフうぶ毛を頭に感じつつ、僕は母屋へ降下して行った。
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