僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
上 下
24 / 934

心の試金石

しおりを挟む
 二日後の四月二十一日水曜日、午前四時四十分。
 魔想討伐を終えた僕と末吉は小雨の降る中、帰路に就いていた。
 昨日の朝から降り始めた季節外れの冷たい雨は、天気予報によるとあと二時間ほどで止むらしい。翔化すると天候はおろか空気抵抗や重力からも解放されるため、降雨による物理的な悪影響はない。だが、雨の日は悲想の出現率が若干増えるせいで、僕と末吉は少々疲れ気味。僕らは言葉数少なく、空を翔た。
 魔想は、人々の放った思いが集まって生まれる。よって人が天候や社会情勢から影響を受けると、出現する魔想の種類や数がそれに伴い変化する。例えば今日のような天候の日、人々は憂鬱に成りやすいのか、悲しみから生まれる悲想が僅かとはいえ多くなる。悲想を未だ苦手とする僕は自分自身が物憂げにならぬよう、注意せねばならなかった。
 天候や社会情勢以外にも、魔想の出現に大きな影響を及ぼすものがある。いや正確には、大きな影響を及ぼしたものが、かつて二つあった。それは、テレビとインターネットだ。テレビの普及により大事故や大災害が大勢の人々に知れ渡るようになると、テレビでそれを見ただけで人々は魔想の基となる想念を作り出し、魔想が増加したと伝えられている。祖父の祖父、つまり曾々爺様である先代はその世代だったため大層苦労したらしいが、それでも先代はテレビの出現に愚痴をこぼさなかったと言う。「それまで他人事だったことを他人事と考えなくなったのだから、これは良いことなのだ」  先代は現当主である祖父に、常々そう話していたそうだ。「そのお陰で、儂もインターネットに怨みを持たずに済んだわい」と、今度は祖父が僕と美鈴に話すのだった。
 人は、他者と関わることで心を成長させていく生き物。そしてインターネットは、人と人をつなぐシステム。然るにインターネットは、空に浮かぶ人々の喜怒哀楽を激増させた。先代によるとその増加率はテレビより大きかったらしく、祖父と先代は毎晩休むことなく魔想討伐にあけくれた。テレビの出現で鍛えられた先代と、血気盛んな青少年だった祖父でなければ、あの時代を乗り越えることは不可能だったかもしれない。先代が打ち立てた上級翔人への歴代最短記録を、祖父があっさり更新してしまった事が、二人の生きた時代の凄まじさを物語っている。
 もちろんインターネットは、魔想の基となる悪しき想いだけを作り出したのではない。だが、特にネット掲示板の持つ匿名性が、悪しき想いを生む土壌になったと翔家では考えている。祖父は一度だけ僕と美鈴に話した。「ネット掲示板は、心の試金石だったのかも知れない」と。
 確固たる自律心を体得している人は、匿名性の保たれたネット掲示板でも、善良なやり取りを無意識にすることができる。だが自律心の無い人に、それはできない。そしてネット掲示板の恐ろしさは、「できない」方の人が悪人だけではなかった事だった。周囲の目があるから善良に生きてきた人も、善良なやり取りを無意識にできなかったのである。その人達にとってネット掲示板は、まさに試金石だった。その人達は、表面上善意ある人生を送ってきたから、自分の善意の度合いを客観視したことが無かった。しかし見ず知らずの人達と関わるネット掲示板では、会話を経て露わになった自分の本性が文字として残るため、それを冷静に読み返せば、自分の本性を客観的に見ることができた。「私は間違いをどうしても認められないんだな」「私は立場が悪くなるとすぐ嘘を付くんだな」「それどころか私は相手に冤罪を着せ、自分の間違いを誤魔化すのだな」 今まで知らなかったそんな自分を、他者とのやり取りを冷静に読み返すことで、人は知りやすくなった。このままでは自分はダメになる、もっと自律心を身に付けねばと、自分自身で気づきやすくなったのである。
「だからあの時代、人々は急速に二極化して行った」
 祖父は僕と美鈴にそう言い、押し黙ったのだった。
 二極の一方は確固たる自律心を持つ人と、自律心の大切さに気づいた人。そしてもう一方は、その大切さに気づかなかった人。祖父によるとあの時代、人々は急速にこの二極へ分かれて行き、そして後者のうち特に酷い人達は、この星に生まれ変わる事がもうなかったと言う。その試金石がインターネットだったのではないか。そう呟き、祖父はこの話を終えた。
 それは僕と美鈴が翔人として働き始める日の前日、たった一度きりの事だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたはマザコンだけれども、きっと私に恋をする

ふみのあや
キャラ文芸
無趣味マザコン主人公があざとい系後輩とフロム厨のギャルと廃墟愛好家の不思議ちゃんロリ(先輩)から入部を迫られてなんやかんや残念系ラブコメをします!!!

鵺の泪[アキハル妖怪シリーズ①]

神﨑なおはる
キャラ文芸
4月の終わり。文学部4年生の先輩の元に奇妙なメモ用紙が届く。 その謎を、頼まれもしないのに2年生の西澤顕人と滝田晴臣が引っ掻き回す。 アキハル妖怪シリーズ1本目です。多分。 表紙イラスト:kerotanさま

【完結】白蛇神様は甘いご褒美をご所望です

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
キャラ文芸
廃業寸前だった小晴の飴細工店を救ったのは、突然現れた神様だった。 「ずっと傍にいたい。番になってほしい」 そう言い出したのは土地神である白蛇神、紫苑。 人外から狙われやすい小晴は、紫苑との一方的な婚約関係を結ばれてしまう。 紫苑は人間社会に疎いながらも、小晴の抱えていた問題である廃業寸前の店を救い、人間関係などのもめ事なども、小晴を支え、寄り添っていく。 小晴からのご褒美である飴細工や、触れ合いに無邪気に喜ぶ。 異種族による捉え方の違いもありすれ違い、人外関係のトラブルに巻き込まれてしまうのだが……。 白蛇神(土地神で有り、白銀財閥の御曹司の地位を持つ) 紫苑 × 廃業寸前!五代目飴細工店覡の店長(天才飴細工職人) 柳沢小晴 「私にも怖いものが、失いたくないと思うものができた」 「小晴。早く私と同じ所まで落ちてきてくれるといいのだけれど」 溺愛×シンデレラストーリー  #小説なろう、ベリーズカフェにも投稿していますが、そちらはリメイク前のです。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

あの日の誓いを忘れない

青空顎門
ファンタジー
 一九九九年、人類は異世界からの侵略者テレジアと共に流入した異界のエネルギーにより魔法の力を得た。それから二五年。未だ地球は侵略者の脅威に晒されながらも、社会は魔法ありきの形へと変容しつつあった。  そんな世界の中で、他人から魔力を貰わなければ魔法を使えず、幼い頃無能の烙印を押された玉祈征示は恩人との誓いを守るため、欠点を強みとする努力を続けてきた。  そして現在、明星魔導学院高校において選抜された者のみが所属できる組織にして、対テレジアの遊撃部隊でもある〈リントヴルム〉の参謀となった征示は、三年生の引退と共に新たな隊員を迎えることになるが……。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

紹嘉後宮百花譚 鬼神と天女の花の庭

響 蒼華
キャラ文芸
 始まりの皇帝が四人の天仙の助力を得て開いたとされる、その威光は遍く大陸を照らすと言われる紹嘉帝国。  当代の皇帝は血も涙もない、冷酷非情な『鬼神』と畏怖されていた。  ある時、辺境の小国である瑞の王女が後宮に妃嬪として迎えられた。  しかし、麗しき天女と称される王女に突きつけられたのは、寵愛は期待するなという拒絶の言葉。  人々が騒めく中、王女は心の中でこう思っていた――ああ、よかった、と……。  鬼神と恐れられた皇帝と、天女と讃えられた妃嬪が、花の庭で紡ぐ物語。

【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。  ※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。    一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。

どうやら主人公は付喪人のようです。 ~付喪神の力で闘う異世界カフェ生活?~【完結済み】

満部凸張(まんぶ凸ぱ)(谷瓜丸
ファンタジー
鍵を手に入れる…………それは獲得候補者の使命である。 これは、自身の未来と世界の未来を知り、信じる道を進んでいく男の物語。 そして、これはあらゆる時の中で行われた、付喪人と呼ばれる“付喪神の能力を操り戦う者”達の戦いの記録の1つである……。 ★女神によって異世界?へ送られた主人公。 着いた先は異世界要素と現実世界要素の入り交じり、ついでに付喪神もいる世界であった!! この物語は彼が憑依することになった明山平死郎(あきやまへいしろう)がお贈りする。 個性豊かなバイト仲間や市民と共に送る、異世界?付喪人ライフ。 そして、さらに個性のある魔王軍との闘い。 今、付喪人のシリーズの第1弾が幕を開ける!!! なろうノベプラ

処理中です...