18 / 934
3
しおりを挟む
「次なる魔想は煤霞悲想、刺突されたし」
「煤霞悲想、刺突、諾!」
悲想の中心核を破壊することだけを目的とするなら、翔人は中心核に向かって真っすぐ駆け、そして悲想の真正面できっちり停止してから、核を貫くべきなのだろう。しかしそれが通用するのは、逃げもせず攻撃もしてこない最初期の煤霞だけ。攻撃型魔想にとって目の前で停止する翔人など、ネギを背負った鴨でしかないのだ。とはいえ、停止せずそのまま突っ込むのも同じくらい危険。霞のように希薄な煤霞なら接触ダメージを少なくできても、油のごとく濃密な闇油は高速で接触すると悪くて即死、良くても失神して残り数秒の命となってしまう。というか、正面接近によってこちらの攻撃の命中率が上がるのなら、あちらからの攻撃の命中率も上がって当然と言える。攻撃型魔想への正面突撃は、命中率の極めて高い至近距離攻撃を、魔想から食らいやすくなることに他ならないのである。よって弓翔人を除く全ての翔人は、魔想の隣をかすめる軌道を戦闘の基本にしている。そう、坂道で行っていた刺突訓練は、軌道の訓練でもあったんだね。
前方に直径40センチの悲想を捕捉、そのすぐ下をかすめる軌道を僕は全速接近、逃げる悲想と同じ方向へ跳躍し軌道を微調整、そしてすれ違いざま、悲想の中心核へ斜め下から切っ先を突き入れた。
パリンッ
煤霞悲想の中心核の割れる音が辺りに響き渡る。数瞬後、悲想の保有していた魔素の気配が、後方から消え去っていった。
刺突の入門試験に僕が合格したのは、小学三年生の七月末のことだった。美鈴が訓練初日に一発合格を決めた試験に、僕は二年と十日を要したのである。後から振りかえると、急がずじっくり体を作っていったことが大きな恵みをもたらしてくれたのだけど、当時はそれを知るよしもなく、僕はただひたすら落ち込む日々を送っていた。
当然だが合格以降、訓練は一層難しくなっていった。静止したボールは、前後に揺れるボールへ変更された。それに慣れると、2センチ刻みの五段階で紐の長さを順次変えていった。最後は紐の長さを知らされぬまま、母が押し出したボールを竹刀で突いた。紐の長さも揺れ幅も毎回異なる、臨機応変を要求されるその訓練に、ぼんやりかつ不器用な僕は無様な姿をさらし続けた。その訓練と僕は、よほど相性が悪かったのだろう。年が明けても合格の目処どころか、上達の兆しさえ僕には現れなかった。のたうち回りながら半ば信じた。僕はこのまま、一生この訓練に合格できないんだ。ずっと訓練につき合ってくれているのに、お母さんごめんなさい。僕は泣きながらいつもそう思っていた。そして、一月二十日がやって来た。
2057年一月二十日土曜日、午後三時二十五分。母が事故で亡くなった。年末頃からなんとなく機嫌良さげだった母は、僕の訓練に付き合ったのち時間を見つけて、ジョギングへ出かけるようになっていた。その日も午後の訓練を終えると「行ってくるね」と笑顔で手を振り、母は玄関を後にした。それが僕の記憶に残る、最後の母となった。
母は公園をジョギング中、木陰に落ちていた枝に気づかず踵でそれを踏み、後ろへ倒れ、後頭部をアスファルトに強打した。異常を察知した母のハイ子がすぐさま救急手配をしたが、蘇生はできなかった。脳の中心にある大切な神経が一瞬で断ち切られ、即死だったと言う。
母が亡くなってからの一週間の記憶が、僕には無い。流動食を無理矢理食べさせられ、神葬祭にも出席したそうだが、僕はそれを一切覚えていない。ただ、ベッドの中で丸くなり泣いていたことだけを、うっすら記憶している。
忌引きが終わってからも、僕は学校へ行かなかった。部屋を真っ暗にして一日中泣いて過ごす。ほぼそれだけの日々だった。このまま休んでも進級のための出席日数は足りているから、自宅で受けるテストに合格するだけで良いと学校が言ってくれた。僕はそのまま四年生の始業式まで、学校に行かなかった。
その代わり、北斗と昴が毎日やって来てくれた。ベッドの中で黙って丸まっている僕に、二人は何も言わず何もせず、ただ黙ってつき合ってくれた。二人がそばにいる時だけ僕は僅かにお腹が空き、いつも三人で夕飯を食べた。それが僕の唯一の食事であることを知った二人は、次の日からお弁当を持ってきてくれるようになった。料理の才能に目覚めた昴に触発され、北斗は「おにぎり道」なるものを作り、その道を究めることを宣言した。あのころの僕にとって、二人のお弁当は生命の源だった。夕御飯用に持ってきてくれる親友のおにぎりと幼馴染みのお総菜で、僕は命をつないでいた。
正確な日付は覚えていないが、あれは多分二月の中ごろだったと思う。神葬祭以来、僕は始めて家の外に出た。拝殿から見て東の大杉の真上にお日様があったから、時刻はおそらく午前十時半。僕は裏山の坂道を上り、道場へ向かった。入り口で一礼して中に入ると、壁に掛けられている十二本の木刀へ目がいった。一つずつ手に取り、中段に構えた。すると、壁の隅に目立たず掛けられていた長めの木刀が、なぜか手に馴染んだ。僕はそれを手に道場の中央に立ち、ゆっくり基本動作を始めた。
今振り返ると、僕は神楽を舞いたかったのかもしれない。神道において亡くなった家族は、家を守る神様になる。だから僕は新しく加わった神様に、神楽を捧げたかったのかもしれない。僕はゆっくり、殊更ゆっくりゆっくり、木刀を振った。
「眠留、二人が来てくれたわよ」
小吉が僕を呼びに来てくれた。木刀を布で拭き壁に戻し、一礼して道場を出た。鎮守の森の暗い坂道を下りて、僕は家に戻った。時刻は午後四時を回っていた。
それから毎日、来る日も来る日も、時間と体力の許す限り僕は道場で木刀を振った。長く続けることだけを心掛け可能な限り速度を落として、深くゆっくり呼吸しながら、ゆっくりゆっくり動いた。いつしか僕は、自然と目を閉じるようになっていた。朝七時から二人のやってくる午後四時まで、僕は目を閉じ木刀を振った。
家族は僕の体を心配したが、二年半かけてじっくり体力を付けていった僕の体は、休憩の無い九時間の練習に耐えてくれた。食欲も粗方戻り、お弁当を毎日欠かさず持って来てくれた二人に僕は心からお礼を述べた。そんな僕に、二人は始めて涙を見せた。僕ら三人は抱き合って泣いた。
四月六日、四年生の始業式を翌日に迎えた日の正午、僕の心に衝撃が走った。雷のごとく心を貫いたそれは、運動音痴の原因を僕に教えてくれた。僕は、体を連動させて使っていなかった。手、腕、肩、胸、腹、腰、脚、足等々、あれやこれやの無数のパーツを、僕はこれまでバラバラに使っていた。手首や腕をどんなに正確に使っても、それ以外の体のパーツが毎回無秩序に動いていたら、正確な動作など絶対できはしない。そんな当たり前なことを僕はその時、始めて理解したのだ。そしてその理解は、僕にある推測をもたらした。
――体の連動を習得すれば、運動音痴は直るかもしれない。
目の前に、光が差した気がした。最も簡単な基本動作で僕はそれを試してみた。心を研ぎ澄まし、中段から上段に振りかぶり、左足を一歩前へ踏み出しつつ木刀を振り下ろす。体の隅々に意識を配り、各部の連動を注意しながら、僕は三十秒かけてその動作を行った。驚いた。連動を意識しただけで、体が新しく生まれ変わった気がした。そのたった一回で推測は確信に変わり、僕はとり憑かれたように練習を重ねた。体の動き以外の感覚が消え、時間感覚も消え失せた僕は、祖父に止められるまで木刀を降り続けた。その日から、僕の新しい人生が始まった。
四時半に起き、ストレッチと坂道ダッシュをして、五時から七時まで道場で基本動作。学校から帰宅すると一目散に道場へ向かい、夕御飯まで道場で基本動作。学校が休みの日は朝と昼の食事を除き、五時から十七時まで道場でたっぷり基本動作。そんな、楽しくて楽しくて仕方ない日々を僕はおくった。体を連動させ、木刀を振る。ただこれだけのことが新鮮で、驚異に満ちていて、そして飛び上がらんばかりに嬉しくて、僕は道場にこもり続けた。僕の体は信じられない速さで運動音痴だった体から、思い通りに動く新しい体へ変化していった。
梅雨入り前ふと思い立ち、坂道で揺れるボールを突いてみた。自分でも驚くほど、体をイメージ通りに動かすことができた。すぐさま祖父を呼び試験を受けた。ここ数ヶ月まったく練習していなかったのに、あれほど手こずった試験を僕は一回でパスした。訓練はテニスボールを使うものに変わった。それは、機械で打ち出したテニスボールを、先端を平らにした木刀で突くというものだった。道場に機械を設置し、僕の頭上40センチに狙いを定め、テニスボールを時速100キロで打ち出す。それを最初は止まって、次は前に走りながら僕は突いた。梅雨が終わるころ、僕は突き返したボールを百発百中で的に当てられるようになった。そして小学四年生の夏休み初日、坂の上に設置した機械から打ち出されたボールを、坂を駆け上がりながら僕は十回連続突き返し、そのボールを十回連続で的に当てた。喜びを隠しきれない声で、祖父が高々と宣言した。
「これをもって、刺突訓練の基礎は全て終了。猫将軍眠留を、合格とする」
お兄ちゃんおめでとうと、美鈴が泣きながら僕に抱きついた。そんな僕らを、祖父母が上から抱きしめた。大吉が右肩に、中吉が左肩に、そして小吉が頭の上に登り、おめでとうと繰り返しながら僕をもみくちゃにした。神社中の蝉たちも、大合唱して僕を祝福してくれているようだった。
運動音痴が直ってからも、難しい訓練を要求され続けることに変わりはなかった。僕が合格したのはあくまで刺突の基礎であり、それ以外にも身に付けるべき基礎は山ほどあったからだ。翔人の最終目的は物質体を有する魔物の討伐なので、翔人は己の肉体に高度な戦闘技術を叩き込んでおかねばならない。そのための基礎訓練を僕が全て終えたのは、それから更に二年と半年が過ぎた小学六年生の冬。くしくも日付は一月二十日。そうその日は、母の命日だった。僕は拝殿で、家族を守る一番新しい神様にその報告をした。
「母さん、やったよ」と。
「煤霞悲想、刺突、諾!」
悲想の中心核を破壊することだけを目的とするなら、翔人は中心核に向かって真っすぐ駆け、そして悲想の真正面できっちり停止してから、核を貫くべきなのだろう。しかしそれが通用するのは、逃げもせず攻撃もしてこない最初期の煤霞だけ。攻撃型魔想にとって目の前で停止する翔人など、ネギを背負った鴨でしかないのだ。とはいえ、停止せずそのまま突っ込むのも同じくらい危険。霞のように希薄な煤霞なら接触ダメージを少なくできても、油のごとく濃密な闇油は高速で接触すると悪くて即死、良くても失神して残り数秒の命となってしまう。というか、正面接近によってこちらの攻撃の命中率が上がるのなら、あちらからの攻撃の命中率も上がって当然と言える。攻撃型魔想への正面突撃は、命中率の極めて高い至近距離攻撃を、魔想から食らいやすくなることに他ならないのである。よって弓翔人を除く全ての翔人は、魔想の隣をかすめる軌道を戦闘の基本にしている。そう、坂道で行っていた刺突訓練は、軌道の訓練でもあったんだね。
前方に直径40センチの悲想を捕捉、そのすぐ下をかすめる軌道を僕は全速接近、逃げる悲想と同じ方向へ跳躍し軌道を微調整、そしてすれ違いざま、悲想の中心核へ斜め下から切っ先を突き入れた。
パリンッ
煤霞悲想の中心核の割れる音が辺りに響き渡る。数瞬後、悲想の保有していた魔素の気配が、後方から消え去っていった。
刺突の入門試験に僕が合格したのは、小学三年生の七月末のことだった。美鈴が訓練初日に一発合格を決めた試験に、僕は二年と十日を要したのである。後から振りかえると、急がずじっくり体を作っていったことが大きな恵みをもたらしてくれたのだけど、当時はそれを知るよしもなく、僕はただひたすら落ち込む日々を送っていた。
当然だが合格以降、訓練は一層難しくなっていった。静止したボールは、前後に揺れるボールへ変更された。それに慣れると、2センチ刻みの五段階で紐の長さを順次変えていった。最後は紐の長さを知らされぬまま、母が押し出したボールを竹刀で突いた。紐の長さも揺れ幅も毎回異なる、臨機応変を要求されるその訓練に、ぼんやりかつ不器用な僕は無様な姿をさらし続けた。その訓練と僕は、よほど相性が悪かったのだろう。年が明けても合格の目処どころか、上達の兆しさえ僕には現れなかった。のたうち回りながら半ば信じた。僕はこのまま、一生この訓練に合格できないんだ。ずっと訓練につき合ってくれているのに、お母さんごめんなさい。僕は泣きながらいつもそう思っていた。そして、一月二十日がやって来た。
2057年一月二十日土曜日、午後三時二十五分。母が事故で亡くなった。年末頃からなんとなく機嫌良さげだった母は、僕の訓練に付き合ったのち時間を見つけて、ジョギングへ出かけるようになっていた。その日も午後の訓練を終えると「行ってくるね」と笑顔で手を振り、母は玄関を後にした。それが僕の記憶に残る、最後の母となった。
母は公園をジョギング中、木陰に落ちていた枝に気づかず踵でそれを踏み、後ろへ倒れ、後頭部をアスファルトに強打した。異常を察知した母のハイ子がすぐさま救急手配をしたが、蘇生はできなかった。脳の中心にある大切な神経が一瞬で断ち切られ、即死だったと言う。
母が亡くなってからの一週間の記憶が、僕には無い。流動食を無理矢理食べさせられ、神葬祭にも出席したそうだが、僕はそれを一切覚えていない。ただ、ベッドの中で丸くなり泣いていたことだけを、うっすら記憶している。
忌引きが終わってからも、僕は学校へ行かなかった。部屋を真っ暗にして一日中泣いて過ごす。ほぼそれだけの日々だった。このまま休んでも進級のための出席日数は足りているから、自宅で受けるテストに合格するだけで良いと学校が言ってくれた。僕はそのまま四年生の始業式まで、学校に行かなかった。
その代わり、北斗と昴が毎日やって来てくれた。ベッドの中で黙って丸まっている僕に、二人は何も言わず何もせず、ただ黙ってつき合ってくれた。二人がそばにいる時だけ僕は僅かにお腹が空き、いつも三人で夕飯を食べた。それが僕の唯一の食事であることを知った二人は、次の日からお弁当を持ってきてくれるようになった。料理の才能に目覚めた昴に触発され、北斗は「おにぎり道」なるものを作り、その道を究めることを宣言した。あのころの僕にとって、二人のお弁当は生命の源だった。夕御飯用に持ってきてくれる親友のおにぎりと幼馴染みのお総菜で、僕は命をつないでいた。
正確な日付は覚えていないが、あれは多分二月の中ごろだったと思う。神葬祭以来、僕は始めて家の外に出た。拝殿から見て東の大杉の真上にお日様があったから、時刻はおそらく午前十時半。僕は裏山の坂道を上り、道場へ向かった。入り口で一礼して中に入ると、壁に掛けられている十二本の木刀へ目がいった。一つずつ手に取り、中段に構えた。すると、壁の隅に目立たず掛けられていた長めの木刀が、なぜか手に馴染んだ。僕はそれを手に道場の中央に立ち、ゆっくり基本動作を始めた。
今振り返ると、僕は神楽を舞いたかったのかもしれない。神道において亡くなった家族は、家を守る神様になる。だから僕は新しく加わった神様に、神楽を捧げたかったのかもしれない。僕はゆっくり、殊更ゆっくりゆっくり、木刀を振った。
「眠留、二人が来てくれたわよ」
小吉が僕を呼びに来てくれた。木刀を布で拭き壁に戻し、一礼して道場を出た。鎮守の森の暗い坂道を下りて、僕は家に戻った。時刻は午後四時を回っていた。
それから毎日、来る日も来る日も、時間と体力の許す限り僕は道場で木刀を振った。長く続けることだけを心掛け可能な限り速度を落として、深くゆっくり呼吸しながら、ゆっくりゆっくり動いた。いつしか僕は、自然と目を閉じるようになっていた。朝七時から二人のやってくる午後四時まで、僕は目を閉じ木刀を振った。
家族は僕の体を心配したが、二年半かけてじっくり体力を付けていった僕の体は、休憩の無い九時間の練習に耐えてくれた。食欲も粗方戻り、お弁当を毎日欠かさず持って来てくれた二人に僕は心からお礼を述べた。そんな僕に、二人は始めて涙を見せた。僕ら三人は抱き合って泣いた。
四月六日、四年生の始業式を翌日に迎えた日の正午、僕の心に衝撃が走った。雷のごとく心を貫いたそれは、運動音痴の原因を僕に教えてくれた。僕は、体を連動させて使っていなかった。手、腕、肩、胸、腹、腰、脚、足等々、あれやこれやの無数のパーツを、僕はこれまでバラバラに使っていた。手首や腕をどんなに正確に使っても、それ以外の体のパーツが毎回無秩序に動いていたら、正確な動作など絶対できはしない。そんな当たり前なことを僕はその時、始めて理解したのだ。そしてその理解は、僕にある推測をもたらした。
――体の連動を習得すれば、運動音痴は直るかもしれない。
目の前に、光が差した気がした。最も簡単な基本動作で僕はそれを試してみた。心を研ぎ澄まし、中段から上段に振りかぶり、左足を一歩前へ踏み出しつつ木刀を振り下ろす。体の隅々に意識を配り、各部の連動を注意しながら、僕は三十秒かけてその動作を行った。驚いた。連動を意識しただけで、体が新しく生まれ変わった気がした。そのたった一回で推測は確信に変わり、僕はとり憑かれたように練習を重ねた。体の動き以外の感覚が消え、時間感覚も消え失せた僕は、祖父に止められるまで木刀を降り続けた。その日から、僕の新しい人生が始まった。
四時半に起き、ストレッチと坂道ダッシュをして、五時から七時まで道場で基本動作。学校から帰宅すると一目散に道場へ向かい、夕御飯まで道場で基本動作。学校が休みの日は朝と昼の食事を除き、五時から十七時まで道場でたっぷり基本動作。そんな、楽しくて楽しくて仕方ない日々を僕はおくった。体を連動させ、木刀を振る。ただこれだけのことが新鮮で、驚異に満ちていて、そして飛び上がらんばかりに嬉しくて、僕は道場にこもり続けた。僕の体は信じられない速さで運動音痴だった体から、思い通りに動く新しい体へ変化していった。
梅雨入り前ふと思い立ち、坂道で揺れるボールを突いてみた。自分でも驚くほど、体をイメージ通りに動かすことができた。すぐさま祖父を呼び試験を受けた。ここ数ヶ月まったく練習していなかったのに、あれほど手こずった試験を僕は一回でパスした。訓練はテニスボールを使うものに変わった。それは、機械で打ち出したテニスボールを、先端を平らにした木刀で突くというものだった。道場に機械を設置し、僕の頭上40センチに狙いを定め、テニスボールを時速100キロで打ち出す。それを最初は止まって、次は前に走りながら僕は突いた。梅雨が終わるころ、僕は突き返したボールを百発百中で的に当てられるようになった。そして小学四年生の夏休み初日、坂の上に設置した機械から打ち出されたボールを、坂を駆け上がりながら僕は十回連続突き返し、そのボールを十回連続で的に当てた。喜びを隠しきれない声で、祖父が高々と宣言した。
「これをもって、刺突訓練の基礎は全て終了。猫将軍眠留を、合格とする」
お兄ちゃんおめでとうと、美鈴が泣きながら僕に抱きついた。そんな僕らを、祖父母が上から抱きしめた。大吉が右肩に、中吉が左肩に、そして小吉が頭の上に登り、おめでとうと繰り返しながら僕をもみくちゃにした。神社中の蝉たちも、大合唱して僕を祝福してくれているようだった。
運動音痴が直ってからも、難しい訓練を要求され続けることに変わりはなかった。僕が合格したのはあくまで刺突の基礎であり、それ以外にも身に付けるべき基礎は山ほどあったからだ。翔人の最終目的は物質体を有する魔物の討伐なので、翔人は己の肉体に高度な戦闘技術を叩き込んでおかねばならない。そのための基礎訓練を僕が全て終えたのは、それから更に二年と半年が過ぎた小学六年生の冬。くしくも日付は一月二十日。そうその日は、母の命日だった。僕は拝殿で、家族を守る一番新しい神様にその報告をした。
「母さん、やったよ」と。
0
あなたにおすすめの小説
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。
昼寝部
キャラ文芸
俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。
その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。
とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。
まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。
これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる