僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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猫将軍家の由来、1

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 竹箒でザー、ザー、ザー。
 四月十八日日曜日、午前六時。
 僕は、境内の箒がけをしていた。
 日曜日は、討伐も訓練もお休み。よって早く起きる必要は全くないのだけど、休みの前日だろうと眠すぎて夜更かしできない僕は、朝六時になるとどうしても一度目が覚めてしまう。そのままウダウダしていると、日頃ほとんど神社の手伝いをしていない罪悪感が押し寄せてくるので、そうなる前にベッドから離れ、晴れの日は箒がけを、雨の日は整理整頓とゴミ拾いを、コソコソ始めることにしていた。あんたは長男なんだから胸張ってやりなさいと中吉に小言をもらっても、性分だから仕方ない。僕は今朝も竹箒の音をなるべくたてぬよう気を配りつつ、箒がけに勤しんだ。
 本殿の周囲から始めて、拝殿の周りを掃き終える。手水舎てみずしゃを整え、参道を経て石段を下り道路を掃く。この頃になるとお天道様が本格的に働き始めて、朝の光に目を射られる。僕は右手で日差しを遮り、神社自慢の大石段を見上げた。
「こんなものかな」 
 そう独りごち、お日様の降りそそぐ石段に腰を下ろす。
 そしてアスファルトと天然石の境目を見つめながら、白銀さんとの二日前の会話を、僕は思い出していた。

 先週金曜の、HR前の至福のひととき。
「猫将軍くんの家は、学校からとても近い場所にあるの?」
 首をちょこんと傾げて、白銀さんが問いかけてきた。優しさを灯すその大きな瞳に僕の目尻は下がりっぱなしになりたがったけど、それをなんとか拒否して僕は答えた。口調と表情は、ずっと和みっぱなしなんだけどね。
「うんそうだよ。母屋の玄関から校門まで、歩いて十分くらいしかかからないんだ」
「母屋の玄関? 猫将軍くんの家は、お屋敷なの?」
 そう言って、彼女はもう一段顔を傾けた。顎のラインで切りそろえた髪が華奢な肩からさらさら零れ落ち、形のよい耳と細くて真っ白なくびすじを露わにする。比喩でも誇張でもなく、その眩しさに僕は目がくらみそうになった。
「お屋敷とかじゃなくて、僕の家は神社なんだ。本殿を見下ろさないよう代々家を平屋にしていたら、いつの間にか離れが幾つかできちゃいました、みたいな感じかな」
 僕の神社は本殿と家がほぼ同じ高さにあるため、家を二階建てにすることを長年避けてきた。だから子供の頃は、二階に自分の部屋を持つ北斗や昴がとても羨ましかった。と付け加えた僕に、彼女は頷いた。
「自分の家にないものを、子供は憧れるものね。私もよくわかるなあ」
 そういって彼女はつかの間、哀しげな気配を降ろす。でもすぐ明るさを取り戻し話を振ってきたので、僕は彼女に何もすることができなかった。
「猫将軍くんの家は、祭祀を司る家柄なのね。ご兄弟はいるの?」
「ご、ご兄弟ですか? 年子の妹なら一人いますが」
 無関係な兄妹の話をいきなり振られた気がして、僕は少し面食らった。でもそう感じたのは僕があまりに子供だったせいで、それはちゃんと関連のある話だったのである。白銀さんは哀しみを再度巧みに隠し、明るく言った。
「じゃあ神社は、長男の猫将軍くんが継ぐのね。神主姿の猫将軍くん、きっと素敵だろうなあ」

 あの一言は痛かった。
 二日前の記憶に、僕は両手で胸を押さえた。あれからすぐ北斗と昴やって来て選択授業の話題で盛り上がったから良かったようなものの、あのまま話を続けていたら、僕は翔人について何かを口走っていたかもしれない。考えただけで、背筋が寒くなった。
 箒を持ち立ちあがり、きびすを返し石段を登る。登り切ったところで立ち止まり、ゆっくり神社を見渡す。鎮守の森に囲まれた、慣れ親しんだ僕の神社。そう、僕は意識して考えまいとしていた。でも、かけがえのないお隣さんの言葉に、問題をこれ以上先延ばししてはならないと思い定めた。高い木々に遮られ、どこか手狭な感じの空を見上げて僕は呟いた。
「この神社はやはり、妹が継ぐべきなんだろうな」と。

 
 僕の神社は鎌倉時代初期に創建された、素戔嗚尊すさのおのみことを祭神とする一見普通の神社だ。けどそれは、あくまで表向きの話。この神社は、関東の魔想及び魔物の討伐を目的とし鎌倉幕府によって創建された、魔物討伐神社なのである。
 魔物との組織的な戦いは、飛鳥時代に始まったとされている。だがそれは近畿に拠点を置く古神道や仏教徒によってなされていたため、関東を本拠地とした鎌倉幕府は、自前の魔物討伐組織を作らねばならなかった。それが翔家翔人の始まりであると、古文書は伝えている。
 とはいえ当時の魔物討伐方法は、僕らのそれとはまるで異なるものだった。日本各地に今も数多く残る源氏武士たちの魔物討伐物語が示すとおり、それは「物質化した魔物を生身の人間が退治する」というものだったのである。確かにそれは、勇猛果敢な源氏武士の気質に合うものだったのかもしれない。しかし魔物が一度ひとたびこの世に出現すると、人や社会に多大な被害をもたらしてしまう。それを憂えた一人の武士が、肉体から抜け出し翔化することで、魔物になる前の魔想を倒す方法を編みだした。この武士が僕ら翔人の、直接の先祖なのだ。
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