交差点

漆目 人鳥

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それは、ほんとにボクの気まぐれだったんだ。



12月初頭の秋葉原は、クリスマスの装いに活気づき。
あちこちの店先に色とりどりのクリスマスツリーが飾られ、すっかり夜の帷が降りたUDXの街路樹は、発光ダイオードの青い光りのイルミネーションが華やかに瞬いていた。

そんな中をコートの襟を立てながら、凍えた両手をポケットに突っ込んで家路を急ぐボクがいる。

急いではいるが、行き着く先には何が待っているわけでもない。

ただ、此処にとどまる必要がないので家に向かっている。

足取りが速いのは、街の活気と季節の寒さに身を晒しすぎれば、心と身体が凍えてしまいそうだから、そんな気持ちに負けて惨めにならないように足取りを早くする。

行き着く先に待っている者は誰もいない。

行き着いた先に待っているのは、今朝、敷きっぱなしにして来て、すっかり冷たくなった布団と、外と同じ温度に(或いはそれ以下に)なってるであろう、薄暗いアパートの一室。

多分、ボクの生活はクリスマスまでずっとそんなだろう。

そして、もちろんクリスマスを過ぎてもずっとそうであろうと思われた。

大きな家電量販店の前。

昼間は混雑したであろうが、今は人もまばらな寂しい交差点にさしかかる。

横断歩道を渡ろうとした瞬間、信号機が赤へと変わった。

「危ないから止まって!」

無理をして渡ろうとしたボクを、家電量販店に雇われている、背の低い老人のガードマン兼交通整理人がキツイ口調で止めた。

誰が悪いわけでは無いと解ってはいるが、小さく舌打ちする。

恨めしく信号機を睨め付けた後、ふと、ボクの横に並んでたたずむ先ほどの老人に目をやった。

ガードマンの帽子を深々と被った白髪の老人は、紺色の薄っぺらい防寒ジャンパーにくるまり、皺だらけの顔の回りにふかふかと白い息を立ち上げて、寒さで目を細めながらも、睨むようにして信号をじっとみている。

それは、ほんとに気まぐれだったんだ。

気がつくとボクは交通整理の老人に『寒いですね』と声をかけていた。

そんな声をかけたくなるくらいに、防寒ジャンパーに身をくるんだこの老人はホントに小さく、小さく、寒そうに見えた。

老人は、ちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに微笑んで口を開いた。

「寒いね。ああ、本当に寒い。だけどなぁ、日本には四季があるからなぁ。日本人は四季を知ってる人種だからなぁ。厳しい寒さの冬の先には、きっと春があるって知ってるんだよ。だから、日本人はがんばれるんだなぁ」

そういって、再び老人が浮かべた笑顔はとても暖かな笑顔だった。

「だから、日本人は強いのかも知れないなぁ」

目の前の信号が青に変わる。

止まっていた時間が動き出すように車が走りだし、老人が笑顔でボクを送り出す。

「はい……」

ボクは小さくそう返事をして横断歩道を渡り出した。

ほんのちょっと。

さっきよりほんのちょっと、あったかくなった気持ちを落とさないように反芻しながら。
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