鬼追師参る

漆目 人鳥

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夢幻

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アヤコハ。


 綾子は夢を見ていた。


タシカ。


 確か自分はお風呂に入っていた。
 気が付くと、脱衣所で一糸まとわぬ姿のまま、仰向けに倒れていた。


ジブンハ。


 自分はのんびりと、姉の那由子を待っていた。
 何時から待っていたのか、どこで待っていたのか、何故待っていたのか。
 多分そのうち思い出すだろうと思った。


アヤコは。

 綾子は姉を待つ間に何かしようと思い立った。


タシか。


 確か何かをしなければならなかったはずだ。


ジブンは。


 自分は、そうだ、ケーキを作らなくてはならないと思った。


 那由子が帰ってくるまでの間、ケーキを作ろうと考えた。
 ゆっくりと起き上がろうとしたが、いつものようには動けなかった。
 ひどく複雑に動きを連動させなければ指一本を動かすことすら出来ない。
 思っただけではダメなのだった。
 動かすのだ。
 精神を神経細胞に閉じ込めて、意思を伝え、筋肉を収縮させて骨格を折り曲げる。
 一定方向に皮膚が邪魔をしないところまでは可動するのだと言うことを悟った。
 大きな間接を動かすことが出来るまでに濡れた身体が乾くまでかかった。
 小さな間接を制御するまでには髪がすっかり乾いていた。


綾子は。


 綾子はふらふらと立ち上がる。
 さて、ケーキを作ろうとして、ふと考えた。
 ケーキとは何だろう?


確か。


 確か白いものだった。
 赤いのもあったかもしれない。
 緑のものはどうだったろうか。


自分は。


 自分はケーキを良く知らないのかもしれないなと思った。


 真っ裸のままふらふらと、壁づたいに台所へと移動する。
 台所をあさり、「上砂糖10kg」と書かれた、使いかけの抱えるように大きな、厚手の紙で作られた茶色い袋を発見した。
 ステンレス製の深いトレーを大きな作業用のテーブルの上に叩きつけるようにして置くと、おもむろに砂糖を袋から直接こぼしていく。
 砂糖はすぐトレー一杯になりあふれ出し、トレーの乗ったテーブルの上に流れ出し、それでもあふれるのは止まらず、床にぶち撒かれた。
 袋の中身が空になると、ようやっと諦めたように袋を放り投げる。
 ちょっと違うと思った。
 だが、だいたい合ってると思った。
 戸棚を開けてみると、箸たてに朱塗りの箸が何本か立ててあった。
 取り出して、砂糖の山に立ててみた。
 やはり違うかも知れないと思った。
 でも、たぶん合って来たような気がした。
 きっと那由子は褒めてくれるだろう。

「うぇぅいいぃぃ」

 言葉にしようとしたがうまくいかなかった。

「うぇひぇいいいいい」

 何度か繰り返すうちに、やっと「うれヒィ」と言える様になった。
 もっとしつこく繰り返していると「うれしイ」と言える様になった。
 ああ、自分は「うれしい」と言いたかったんだ、と理解した。
 ああ、だからとてもうれヒかった。
 ふと、自分が真っ裸なのに気が付いた。
 いや、気づいてはいたが、今、理解した、理解できた。
 とてもだらしがないと思った。
 きっと那由子に怒られてしまうだろう。
 急いで風呂場にもどった。
 歩くことにはもう慣れていた。
 ずっと昔は自分も歩いていたような気がした。
 脱衣所で下着を着けようとしたそのとき、綾子は洗面台の鏡の中に姉の那由子の姿を見つけた。

「おネぃひゃャん」

 那由子はぎこちない笑顔でこちらを見ていた。
 時々、しまりの無い口の端からよだれを垂らし、右目の瞼が絶えずビクビクと痙攣している。
 なんだかとても可笑しかった。
 ケタケタと高い声で笑った。
 いつまでも、いつまでも、『那由子の顔』を見ながら笑っていた。


 目を覚ました。


綾子は、オモイダシタ。

たしか、コレハユメデハナイ。

自分は、ナユコニトリツイタ。

「アヤカシダ」

 溢れ出る涙を止める術は無かった。
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