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調査報告・2回目
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レンレン達が出て行くと、2、3分の間をおいて、扉がノックされた。
「姫緒さん。よろしいですか?」
ドアの向こうからくぐもった女性の声。
「どうぞ、和子さん」
姫緒が答えると、和子は、しっかりした表紙の冊子を小脇に抱えて部屋に入って来た。
彼女は、綾子を認めると少し驚いた様子を見せたが、すぐに気を取り直して、軽くお辞儀をする。
「さて」
姫緒が、後ろから和子の肩を両手で抱き、正面の綾子に向かって話し出した。
「綾子さん。この方をご存知ですか?」
言われた綾子は緊張の面持ちをして、正面に立つおっとりタイプの娘。和子を見つめる。
歳は自分と同じくらいだろうか。清楚な雰囲気が漂う。
「いいえ。良くわかりませんが」
「そうでしょうね。綾子さんが和子さんに、最後に会ったのは七つの時です。小さかったし、時間もたっている」
姫緒はそう言いながら、和子から彼女が抱えている冊子を受け取る。
冊子には金文字で『卒業アルバム』と書かれていた。
「こちらの娘さんは和子さんと言います。那由子さんの幼馴染です」
「お姉さんの?」
なるほど、歳格好からしてそれは可笑しくない外見をしていた。
幼馴染。と言うことは自分にとってもそうであるはずだったが、顔に見覚えは無い。
だが、和子という名前には聞き覚えがあった。
「隣の、和子おねえちゃん」
言って綾子はハッとする。
おねえちゃん。
和子は自分よりもずっと大人だったはずだ。
「え……。でも……」
戸惑う。
姫緒はそんな綾子を確認すると、和子と綾子を部屋の窓際にある応接セットの両側に向かい合って座らせ、手に持った卒業アルバムをテーブルの上に置いた。
「このアルバムは那由子さんが通っていた中学校の卒業アルバムです」
姫緒がそのまま二人の真ん中に立ち、アルバムをぱらぱらとめくる。
「そこです」
和子が何事が見つけたらしく姫緒に声をかけた。
三年二組と書かれたページに集合写真が貼られている。
その写真の中央より右側。
中段に写る女の子を指差して綾子に姫緒が言った。
「これが那由子さんです」
そこにいる女の子は、確かに那由子の面影を持っていた。
つまり、綾子の面影が其処にあった。
だが、肝心の綾子がいない。
綾子もそのことに気づいた様子で、少しきょろきょろとする。
姫緒は、そんな綾子を確認するように間をおくと再び口を開く。
「こちらの女の子が誰かわかりますか?」
言われて、綾子が姫緒の指し示す女の子の顔を確認する。
知らない女の子だった。しかし。
その顔は、今、自分の前に座っている和子と名乗る女性の面影を持っていた。
「そうです。これは和子さんです」
姫緒はそう言って、今度は写真の下に印字されているクラスの生徒名に指を走らせた。
「ほら、ここにありますね。『柳岡那由子』そしてこっち、ここにある『杉山和子』。これが和子さんです」
姫緒はアルバムの位置を綾子に見やすいように少し動かす。
「では、綾子さん。貴方はどこにいますか?」
言われて、綾子はアルバムを引き寄せると、一生懸命自分を探し出した。
写真を一通り確認し終わると、今度は名簿をひとりひとり確認していく。
そして、大切なことを『思い出した』。
「わ、私は、お姉さんと一緒のクラスになったことが無くて」
しどろもどろにそう言って他のぺーじを捲ろうとする。
「いません」
姫緒が静かに言う。
綾子の手がピクンと止まる。
「いませんよ。綾子さん。全部探しました、学校に残っている過去の名簿も全部。転校の記録も含めて。貴方は一度もその中学校に在籍したことが無いのです」
「なぜ」
綾子が戸惑いながら顔を上げる。
「なぜだと思いますか?」
姫緒はそう言うと、黒いロングのポロの、わきポケットから茶色の封筒を取り出した。
「これはあなたのお父さんの住民謄本です。今朝、私がお役所から請求して来ました。お父さんのお名前は繁さん。お母さんの名前は政子さんで間違いありませんね?」
姫緒はそう言うと、綾子が頷くよりも早く、封筒から手際よく書類を取り出す。
「じつは、綾子さんは知らなかったでしょうが、貴方のお父さんは、10年前に失踪しています」
「えっ!」
綾子の小さな悲鳴。
「現在も見つかっていません。つまり、生死は不明です。このような長期の失踪の場合、失踪宣告と言う処置を取ることにより住民登録を抹消することが出来ます。残された親族にとっての保険金取得や財産等の処分において、住民権が邪魔になることがあるからです。それでも今回の場合は、那由子さんがそれを拒んだために、まだ登録は抹消されずに残っていました。多分、お父さんがお帰りになることを信じていたのでしょう」
「お姉さんが?お姉さんはお父さんの失踪を知っていたのですか?なぜ私に教えてくれなかったのでしょう?」
「もうひとつ残念なお知らせです。お母さんの名前の欄をご覧になってください」
姫緒は、綾子の質問には答えようとはせずに、そう言って住民謄本を机に広げた。
住所と、人の名前、そして登録の履歴。茂の名前。その隣に母、政子の名前。
「?」
綾子の視線が母親の名の欄で止まった。政子の名はなぜか×印で消されていたのだ。そして、履歴の欄には13年前の日付と『死亡』の文字。
「解かりますか?綾子さん。名前がバツ印で消えていると言うのは、『死亡した』と言う意味だそうです。貴方のお母さん、政子さんは、13年前に亡くなっています。」
「そんな」
綾子は小さく首を振りながら、否定する仕草で姫緒を見る。
「自殺だったそうです」
「自殺!?どうして自殺なんて」
「『人間で無いもの』を見たそうです」
「えっ?それって」
綾子の脳裏に那由子の日記に書かれた言葉が浮かぶ。
どういうつもりだろう。
解る分けないか。
何しろ相手は人間じゃない。
姫緒が頷く。
「『人間で無いもの』。多分、北海道で那由子さんが見たものと同じもの。ただ、政子さんはその人間でないものが怖かった。精神的に追い詰められて。ついには自殺をしたそうです」
「あやかし、ですか?」
綾子は金猿の襲撃を思い出していた。
「はい」
姫緒は短くそう答えると、続ける。
「これから話すのは、和子さんから教えていただいた話です。あなたのお母さんはたびたび出現するあやかしに悩まされ、精神的に追い詰められ自殺しました。心を病み、たびたび自殺しようとしたお母さんを支えていたあなたのお父さんは、そのことで非常に落胆し、本人もまた支えを失い、しばらくして失踪してしまいましたが。生存している可能性は非常に低いと思われます」
「でも、私はそんなこ、と、ぜんぜん知らなかった」
「ところで綾子さん。貴方はどこにいますか?」
唐突に、姫緒が再び質問を繰り返す。綾子は、また卒業アルバムを見ようとした。
「違います。綾子さん。この書類の那由子さんの隣の欄を見て下さい。あなたの住民登記はどうなっていますか?」
言われてはっとなり謄本に目を落とす。
くらりと眩暈がした。
記号が目に飛び込んできたが、身体が理解することを拒んだ。
激しい嘔吐に襲われて、目を閉じようとしたとき、姫緒が強い口調で言った。
「よく見なさい!今、目を閉じたら一生真実を拒み続けなくてはならなくなるわよ!」
綾子の目が開く。
姫緒の声に驚倒されて、理解しないように呪縛されていた心が開放される。
すべてが、ありのままに理解された。
そして、心が裂けそうになった。
柳岡綾子の名前は×印で消されている。
上の履歴の欄には死亡の文字と15年前の日付がはっきりと印字されていた。
肌を伝わる感触を感じない、大粒の嫌な汗が綾子の額からにじみ出て、ぽたぽたと謄本の上に落ち、いくつもの大きな染みを作った。
身動き一つしないまま、綾子が机の上の書類を凝視する。
「15年前。夏休みの夕暮れ、綾子さんは交通事故で『死』にました。七歳の時です」
姫緒の言葉に、綾子はまったく動かなかった。
「綾子さん。これから調査の中間報告を行いたいのですがよろしいですか?」
返事は無い。綾子の額からぽたぽたと滴る汗が書類に溜まって行く。
かまわず姫緒が話を続けた。
「結論から言います。綾子さん、貴方は……」
ピクリと綾子の肩が震える。
「あなたは、あやかしです」
綾子の視界は真っ白になり、意識が遠のいて行った。
「姫緒さん。よろしいですか?」
ドアの向こうからくぐもった女性の声。
「どうぞ、和子さん」
姫緒が答えると、和子は、しっかりした表紙の冊子を小脇に抱えて部屋に入って来た。
彼女は、綾子を認めると少し驚いた様子を見せたが、すぐに気を取り直して、軽くお辞儀をする。
「さて」
姫緒が、後ろから和子の肩を両手で抱き、正面の綾子に向かって話し出した。
「綾子さん。この方をご存知ですか?」
言われた綾子は緊張の面持ちをして、正面に立つおっとりタイプの娘。和子を見つめる。
歳は自分と同じくらいだろうか。清楚な雰囲気が漂う。
「いいえ。良くわかりませんが」
「そうでしょうね。綾子さんが和子さんに、最後に会ったのは七つの時です。小さかったし、時間もたっている」
姫緒はそう言いながら、和子から彼女が抱えている冊子を受け取る。
冊子には金文字で『卒業アルバム』と書かれていた。
「こちらの娘さんは和子さんと言います。那由子さんの幼馴染です」
「お姉さんの?」
なるほど、歳格好からしてそれは可笑しくない外見をしていた。
幼馴染。と言うことは自分にとってもそうであるはずだったが、顔に見覚えは無い。
だが、和子という名前には聞き覚えがあった。
「隣の、和子おねえちゃん」
言って綾子はハッとする。
おねえちゃん。
和子は自分よりもずっと大人だったはずだ。
「え……。でも……」
戸惑う。
姫緒はそんな綾子を確認すると、和子と綾子を部屋の窓際にある応接セットの両側に向かい合って座らせ、手に持った卒業アルバムをテーブルの上に置いた。
「このアルバムは那由子さんが通っていた中学校の卒業アルバムです」
姫緒がそのまま二人の真ん中に立ち、アルバムをぱらぱらとめくる。
「そこです」
和子が何事が見つけたらしく姫緒に声をかけた。
三年二組と書かれたページに集合写真が貼られている。
その写真の中央より右側。
中段に写る女の子を指差して綾子に姫緒が言った。
「これが那由子さんです」
そこにいる女の子は、確かに那由子の面影を持っていた。
つまり、綾子の面影が其処にあった。
だが、肝心の綾子がいない。
綾子もそのことに気づいた様子で、少しきょろきょろとする。
姫緒は、そんな綾子を確認するように間をおくと再び口を開く。
「こちらの女の子が誰かわかりますか?」
言われて、綾子が姫緒の指し示す女の子の顔を確認する。
知らない女の子だった。しかし。
その顔は、今、自分の前に座っている和子と名乗る女性の面影を持っていた。
「そうです。これは和子さんです」
姫緒はそう言って、今度は写真の下に印字されているクラスの生徒名に指を走らせた。
「ほら、ここにありますね。『柳岡那由子』そしてこっち、ここにある『杉山和子』。これが和子さんです」
姫緒はアルバムの位置を綾子に見やすいように少し動かす。
「では、綾子さん。貴方はどこにいますか?」
言われて、綾子はアルバムを引き寄せると、一生懸命自分を探し出した。
写真を一通り確認し終わると、今度は名簿をひとりひとり確認していく。
そして、大切なことを『思い出した』。
「わ、私は、お姉さんと一緒のクラスになったことが無くて」
しどろもどろにそう言って他のぺーじを捲ろうとする。
「いません」
姫緒が静かに言う。
綾子の手がピクンと止まる。
「いませんよ。綾子さん。全部探しました、学校に残っている過去の名簿も全部。転校の記録も含めて。貴方は一度もその中学校に在籍したことが無いのです」
「なぜ」
綾子が戸惑いながら顔を上げる。
「なぜだと思いますか?」
姫緒はそう言うと、黒いロングのポロの、わきポケットから茶色の封筒を取り出した。
「これはあなたのお父さんの住民謄本です。今朝、私がお役所から請求して来ました。お父さんのお名前は繁さん。お母さんの名前は政子さんで間違いありませんね?」
姫緒はそう言うと、綾子が頷くよりも早く、封筒から手際よく書類を取り出す。
「じつは、綾子さんは知らなかったでしょうが、貴方のお父さんは、10年前に失踪しています」
「えっ!」
綾子の小さな悲鳴。
「現在も見つかっていません。つまり、生死は不明です。このような長期の失踪の場合、失踪宣告と言う処置を取ることにより住民登録を抹消することが出来ます。残された親族にとっての保険金取得や財産等の処分において、住民権が邪魔になることがあるからです。それでも今回の場合は、那由子さんがそれを拒んだために、まだ登録は抹消されずに残っていました。多分、お父さんがお帰りになることを信じていたのでしょう」
「お姉さんが?お姉さんはお父さんの失踪を知っていたのですか?なぜ私に教えてくれなかったのでしょう?」
「もうひとつ残念なお知らせです。お母さんの名前の欄をご覧になってください」
姫緒は、綾子の質問には答えようとはせずに、そう言って住民謄本を机に広げた。
住所と、人の名前、そして登録の履歴。茂の名前。その隣に母、政子の名前。
「?」
綾子の視線が母親の名の欄で止まった。政子の名はなぜか×印で消されていたのだ。そして、履歴の欄には13年前の日付と『死亡』の文字。
「解かりますか?綾子さん。名前がバツ印で消えていると言うのは、『死亡した』と言う意味だそうです。貴方のお母さん、政子さんは、13年前に亡くなっています。」
「そんな」
綾子は小さく首を振りながら、否定する仕草で姫緒を見る。
「自殺だったそうです」
「自殺!?どうして自殺なんて」
「『人間で無いもの』を見たそうです」
「えっ?それって」
綾子の脳裏に那由子の日記に書かれた言葉が浮かぶ。
どういうつもりだろう。
解る分けないか。
何しろ相手は人間じゃない。
姫緒が頷く。
「『人間で無いもの』。多分、北海道で那由子さんが見たものと同じもの。ただ、政子さんはその人間でないものが怖かった。精神的に追い詰められて。ついには自殺をしたそうです」
「あやかし、ですか?」
綾子は金猿の襲撃を思い出していた。
「はい」
姫緒は短くそう答えると、続ける。
「これから話すのは、和子さんから教えていただいた話です。あなたのお母さんはたびたび出現するあやかしに悩まされ、精神的に追い詰められ自殺しました。心を病み、たびたび自殺しようとしたお母さんを支えていたあなたのお父さんは、そのことで非常に落胆し、本人もまた支えを失い、しばらくして失踪してしまいましたが。生存している可能性は非常に低いと思われます」
「でも、私はそんなこ、と、ぜんぜん知らなかった」
「ところで綾子さん。貴方はどこにいますか?」
唐突に、姫緒が再び質問を繰り返す。綾子は、また卒業アルバムを見ようとした。
「違います。綾子さん。この書類の那由子さんの隣の欄を見て下さい。あなたの住民登記はどうなっていますか?」
言われてはっとなり謄本に目を落とす。
くらりと眩暈がした。
記号が目に飛び込んできたが、身体が理解することを拒んだ。
激しい嘔吐に襲われて、目を閉じようとしたとき、姫緒が強い口調で言った。
「よく見なさい!今、目を閉じたら一生真実を拒み続けなくてはならなくなるわよ!」
綾子の目が開く。
姫緒の声に驚倒されて、理解しないように呪縛されていた心が開放される。
すべてが、ありのままに理解された。
そして、心が裂けそうになった。
柳岡綾子の名前は×印で消されている。
上の履歴の欄には死亡の文字と15年前の日付がはっきりと印字されていた。
肌を伝わる感触を感じない、大粒の嫌な汗が綾子の額からにじみ出て、ぽたぽたと謄本の上に落ち、いくつもの大きな染みを作った。
身動き一つしないまま、綾子が机の上の書類を凝視する。
「15年前。夏休みの夕暮れ、綾子さんは交通事故で『死』にました。七歳の時です」
姫緒の言葉に、綾子はまったく動かなかった。
「綾子さん。これから調査の中間報告を行いたいのですがよろしいですか?」
返事は無い。綾子の額からぽたぽたと滴る汗が書類に溜まって行く。
かまわず姫緒が話を続けた。
「結論から言います。綾子さん、貴方は……」
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