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ダイブ8 オルレアンの乙女 〜ジャンヌ・ダルク編 〜
第88話 失意のジル・ド・レ
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ジル・ド・レの部屋は城の一番奥まった場所にあった。セイが部屋にはいると、ジル・ド・レはベッドの脇にひざまずき、五指を組んだまま上半身をベッドの上に投げ出していた。まるでベッドに半身を預けたまま、祈っていたかのようにみえた。
ジルがスローモーションのような緩慢な動作で、ゆっくりと上半身を起こす。その顔は疲れ果て、オルレアン解放戦のときのような精気はまったくなかった。
「ああ……セイ。きみは……どこに行っていたのだ。いや……今さら……」
「ジル・ド・レ、すまなかった…… でもぼくは戻ってきた。一緒にジャンヌを助けに行こう!」
「残念だが、セイ。打つ手がないのだよ」
「そんなことはない。ぼくが戦える。まだ完全じゃないけど、イングランド軍ぐらいならなんとかしてみせるさ」
「イングランド軍くらいなら……か……」
ジル・ド・レがよわよわしく笑った。
「わたしはジャンヌのための身代金を払わせてほしいと、国王に申し出たんだが、それを却下されてね……」
「却下された?」
「だがどうしてもあきらめきれなくて、ジャンヌが監禁されているルーアンを攻撃して、救出しようとしたんだが、太刀打ちできなかった。あそこは……ルーアンは、イングランド王ヘンリー六世の、フランス本土の軍事本部と行政首都となっていて、守りは想像以上に堅固だった。それにイングランド軍に味方するブルゴーニュ派の連中……そして……」
「大丈夫さ。今度はぼくがいる」
ジル・ド・レが横に首をふった。
「無理だ、セイ。あそこにはあいつもいた」
「あいつ?」
「ああ…… セイ。アランソン公……いや、リアム殿が命懸けで倒したあの化物、ハマリエルが」
セイはおおきく目を見開いたが、気づくと大声をあげていた。
「そんなバカな! あいつはぼくとリアムさんで倒したはずだ!」
ジル・ド・レは感情をあらわにしたセイを不思議そうな目でみてぼそりと呟いた。
「ぼくはね、あのお方の命を救うためなら、この命をさしだしても惜しくないと思っていた。どんなことだってできるって……だけど……」
ジルの目から涙がつたい落ちた。
「だけど、だめだった。あのハマリエルの姿を目にしたとたん、おそろしくて……からだが動かなくなってしまった。無理だ、死にたくない、って……そう、思ってしまったんだ」
ジル・ド・レはくちびるを震わせながら、嗚咽した。
「セイ。ぼくはジャンヌに、あのお方になんと言えばいいのだ。救い出すなどおこがましい。ぼくはしょせんその程度の人間だったのだよ」
「そんなことはない。あいつの恐ろしさを知ってるなら、そうなるのも仕方がないことだよ」
、
ジル・ド・レは涙で濡れた顔を天井にむけ。中空を仰ぎみた。その視線は夢でも見ているかのように、視点がさだまっていなかった。
「ランスでの戴冠式はとてもすばらしかった。セイ、あの場にきみがいなかったのが残念でならないよ」
ジル・ド・レは虚空に映像でも見えているかのように目を輝かせながら、ランスでの戴冠式の様子を語りはじめた。
ジルがスローモーションのような緩慢な動作で、ゆっくりと上半身を起こす。その顔は疲れ果て、オルレアン解放戦のときのような精気はまったくなかった。
「ああ……セイ。きみは……どこに行っていたのだ。いや……今さら……」
「ジル・ド・レ、すまなかった…… でもぼくは戻ってきた。一緒にジャンヌを助けに行こう!」
「残念だが、セイ。打つ手がないのだよ」
「そんなことはない。ぼくが戦える。まだ完全じゃないけど、イングランド軍ぐらいならなんとかしてみせるさ」
「イングランド軍くらいなら……か……」
ジル・ド・レがよわよわしく笑った。
「わたしはジャンヌのための身代金を払わせてほしいと、国王に申し出たんだが、それを却下されてね……」
「却下された?」
「だがどうしてもあきらめきれなくて、ジャンヌが監禁されているルーアンを攻撃して、救出しようとしたんだが、太刀打ちできなかった。あそこは……ルーアンは、イングランド王ヘンリー六世の、フランス本土の軍事本部と行政首都となっていて、守りは想像以上に堅固だった。それにイングランド軍に味方するブルゴーニュ派の連中……そして……」
「大丈夫さ。今度はぼくがいる」
ジル・ド・レが横に首をふった。
「無理だ、セイ。あそこにはあいつもいた」
「あいつ?」
「ああ…… セイ。アランソン公……いや、リアム殿が命懸けで倒したあの化物、ハマリエルが」
セイはおおきく目を見開いたが、気づくと大声をあげていた。
「そんなバカな! あいつはぼくとリアムさんで倒したはずだ!」
ジル・ド・レは感情をあらわにしたセイを不思議そうな目でみてぼそりと呟いた。
「ぼくはね、あのお方の命を救うためなら、この命をさしだしても惜しくないと思っていた。どんなことだってできるって……だけど……」
ジルの目から涙がつたい落ちた。
「だけど、だめだった。あのハマリエルの姿を目にしたとたん、おそろしくて……からだが動かなくなってしまった。無理だ、死にたくない、って……そう、思ってしまったんだ」
ジル・ド・レはくちびるを震わせながら、嗚咽した。
「セイ。ぼくはジャンヌに、あのお方になんと言えばいいのだ。救い出すなどおこがましい。ぼくはしょせんその程度の人間だったのだよ」
「そんなことはない。あいつの恐ろしさを知ってるなら、そうなるのも仕方がないことだよ」
、
ジル・ド・レは涙で濡れた顔を天井にむけ。中空を仰ぎみた。その視線は夢でも見ているかのように、視点がさだまっていなかった。
「ランスでの戴冠式はとてもすばらしかった。セイ、あの場にきみがいなかったのが残念でならないよ」
ジル・ド・レは虚空に映像でも見えているかのように目を輝かせながら、ランスでの戴冠式の様子を語りはじめた。
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