776 / 935
ダイブ7 第二次ポエニ戦争の巻 〜 ハンニバル・バルカ編 〜
第8話 ハンニバル、生涯の誓い
しおりを挟む
ローヌ河岸に着いて5日目。
ついに五万の兵士と馬と荷車と象のローヌ河を渡る大事業が開始された。
まず河の上流と下流、中州に棚が築かれた。これで水の流れをゆるやかにした。さらに両岸の樹木に固定されたローブも何本も渡された。これを伝いながらいくことで、流れに負けずに渡河できるうえ、万が一流されても捉まることができた。
渡河は小隊ごとに何十回にも分けて実行された。
ガリア人の妨害もなく渡河はスムーズに行われ、一日のうちに渡河は終了したが、おおくの犠牲者もでた。
恐怖におびえた人や象が、流れに足をとられたり、いかだの操縦を誤ったりして、棚を押し流して、次々と川下に消えていった。
このローヌ渡河ののちにハンニバルの手もとに残ったのは、歩兵騎兵あわせて4万6000であったという。
ピレネー山脈を越えた時点で5万9000あった軍勢が、ガリアに入ってからとこのローヌ渡河で、1万3000は失ったことになる。
「これってそんなにひとが死んでもやるべきことなの?」
わたしは話を聞き終えるなり、ハンニバルに言った。
「父ハミルカルの遺志なのだ。とめられんのだよ。ローマを滅ぼすのは、わたしの使命なのだ」
ハンニバルはおおきな声で言った。まわりにいる兵士に聞こえるようにということなのだろう。
「だが、イタリアの外で戦争したのではローマに勝てないのだ。南の海側からイタリア半島に攻めこみたくても、南側にはローマの属州シチリアがある。先の戦い(第一次ポエニ戦役)で我がカルタゴは敗戦し、カルタゴとシチリアの間の制海権はローマ海軍がにぎったままだ。
では東からならどうだ。ヒスパニアから攻めるのは。これは駄目だ。遠すぎる。それに途中ローマ連合の同盟国の前の海を通らねばならない。
ならば西、西地中海を横断する手は? これも成功の可能性は薄い。サルディーニャとコルシカはローマの属州で、わずかとはいえローマの陸海軍が常駐している。数百隻もの大軍輸送をローマ軍の妨害なしに実現できるとは思えない」
ふと気づくと、自分たちは野営地の中心部にいて、兵士たちがみなこちらに目をむけているのがわかった。
疲れ果てていたはずの兵士たちは、みなギラギラとした目をハンニバルへむけている。
「先の戦いで、我が父ハミルカルはシチリアの覇権を賭けてローマ軍と戦い勝利し、シチリア島全土の支配を獲得した。だが政敵の大ハンノにより海軍を縮小され、その隙をつかれてアエガテス諸島沖の海戦でローマに敗退させられたのだ。本来ならば地中海の制海権は、わがカルタゴのものであったのにだ」
「しかも大ハンノはローマと戦った傭兵へたちへの報酬を反故にし、『傭兵の乱』を勃発させてしまい、その鎮圧をハミルカルに要請する始末だ。ハミルカルは乱を鎮圧すると、カルタゴの経済を支えるために、ヒスパニア(イベリア半島の旧名 現スペイン)を植民地とした……」
「だが、父ハミルカルの祖国への貢献はここまでだった。父はエルケーの攻囲から引き揚げる途中戦死した。ローマへの報復の思いをずっと抱いたまま。だからわたしは父の遺志をついで、それをなしとげなければならんのだ」
「ほんとうに亡きお父上は、そんなこと望んでいるのかしら?」
「エヴァ。わたしはそなたと変わらぬ年ぐらいのとき、父にバアルの神殿に連れて行かれ、一生ローマを敵とする事を誓わせられた。まだ少年だったがわたしには、父の無念が痛いほどよくわかった。それからわたしは……いや、わたしたちハミルカル・バルカの息子たちは父の悲願のために生きてきた」
「そして、今がそのときなのだ!」
ついに五万の兵士と馬と荷車と象のローヌ河を渡る大事業が開始された。
まず河の上流と下流、中州に棚が築かれた。これで水の流れをゆるやかにした。さらに両岸の樹木に固定されたローブも何本も渡された。これを伝いながらいくことで、流れに負けずに渡河できるうえ、万が一流されても捉まることができた。
渡河は小隊ごとに何十回にも分けて実行された。
ガリア人の妨害もなく渡河はスムーズに行われ、一日のうちに渡河は終了したが、おおくの犠牲者もでた。
恐怖におびえた人や象が、流れに足をとられたり、いかだの操縦を誤ったりして、棚を押し流して、次々と川下に消えていった。
このローヌ渡河ののちにハンニバルの手もとに残ったのは、歩兵騎兵あわせて4万6000であったという。
ピレネー山脈を越えた時点で5万9000あった軍勢が、ガリアに入ってからとこのローヌ渡河で、1万3000は失ったことになる。
「これってそんなにひとが死んでもやるべきことなの?」
わたしは話を聞き終えるなり、ハンニバルに言った。
「父ハミルカルの遺志なのだ。とめられんのだよ。ローマを滅ぼすのは、わたしの使命なのだ」
ハンニバルはおおきな声で言った。まわりにいる兵士に聞こえるようにということなのだろう。
「だが、イタリアの外で戦争したのではローマに勝てないのだ。南の海側からイタリア半島に攻めこみたくても、南側にはローマの属州シチリアがある。先の戦い(第一次ポエニ戦役)で我がカルタゴは敗戦し、カルタゴとシチリアの間の制海権はローマ海軍がにぎったままだ。
では東からならどうだ。ヒスパニアから攻めるのは。これは駄目だ。遠すぎる。それに途中ローマ連合の同盟国の前の海を通らねばならない。
ならば西、西地中海を横断する手は? これも成功の可能性は薄い。サルディーニャとコルシカはローマの属州で、わずかとはいえローマの陸海軍が常駐している。数百隻もの大軍輸送をローマ軍の妨害なしに実現できるとは思えない」
ふと気づくと、自分たちは野営地の中心部にいて、兵士たちがみなこちらに目をむけているのがわかった。
疲れ果てていたはずの兵士たちは、みなギラギラとした目をハンニバルへむけている。
「先の戦いで、我が父ハミルカルはシチリアの覇権を賭けてローマ軍と戦い勝利し、シチリア島全土の支配を獲得した。だが政敵の大ハンノにより海軍を縮小され、その隙をつかれてアエガテス諸島沖の海戦でローマに敗退させられたのだ。本来ならば地中海の制海権は、わがカルタゴのものであったのにだ」
「しかも大ハンノはローマと戦った傭兵へたちへの報酬を反故にし、『傭兵の乱』を勃発させてしまい、その鎮圧をハミルカルに要請する始末だ。ハミルカルは乱を鎮圧すると、カルタゴの経済を支えるために、ヒスパニア(イベリア半島の旧名 現スペイン)を植民地とした……」
「だが、父ハミルカルの祖国への貢献はここまでだった。父はエルケーの攻囲から引き揚げる途中戦死した。ローマへの報復の思いをずっと抱いたまま。だからわたしは父の遺志をついで、それをなしとげなければならんのだ」
「ほんとうに亡きお父上は、そんなこと望んでいるのかしら?」
「エヴァ。わたしはそなたと変わらぬ年ぐらいのとき、父にバアルの神殿に連れて行かれ、一生ローマを敵とする事を誓わせられた。まだ少年だったがわたしには、父の無念が痛いほどよくわかった。それからわたしは……いや、わたしたちハミルカル・バルカの息子たちは父の悲願のために生きてきた」
「そして、今がそのときなのだ!」
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。


セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる