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ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜
第288話 なにかがおかしい…
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「みんな、ミッション完了だ。ぼくらも戻ろう」
「はい。セイ様」
スピロはそう返事を返してから、ネルをにらみつけた。
どうしてもネルを許せない気持ちが消えなかった。
それは、見事に出し抜かれた、という悔しさなのかもしれない。
「ネル様。あなたがたの時代は苦難の時代でした。ですが、不当な理由で殺人を犯して、のうのうと生きられる時代はないはずです。ピーターのように子供でも必死で生きているというのに、恥じるべきです」
「は。お説教は勘弁しておくれ。ピーターだってちいさい子たちの面倒を見るために、わるいことを散々やってきてるさ。人殺しも盗みも犯罪は犯罪さね。そうして生きていくしかないのさ。ピーターって、あのテムズ川の遊覧船転覆事故から、自力で生還したっていうじゃないか。あんな強運の持主でも、結局このイースト・エンドじゃあ、ツキに見放されちまうのさ」
その瞬間、スピロのなかになにか違和感が湧きあがった。
それがなにかわからない。
それに頭を巡らせようとした瞬間、足がふっと浮いた。要引揚者の魂に導かれるように、スピロのからだも上へとむかおうとしているのだ。
なにかがおかしい——
なにを見落とした——
ヒントはいっぱいあったはずだ。
頭のなかにいくつものことばが浮かんでは消える。
H・G・ウエルズが言った。
「犯人って『透明人間』なんじゃないでしょうか?」
「そうですね。『みんなが見ていながら心理的に見えない人間』というのは存在するのです」と、そのときスピロはそう捕捉した。
ジェームス・マシュー・バリーの推論が頭をよぎる。
「もしかしたら、性的に未熟な人物ではないだろうかね?」
ジグムント・フロイトの得意満面な顔が浮かぶ。
「女性に対する『コンプレックス』から犯行に及んでいる——」
ロバート・ルイス・スティーブンソンの高慢な態度。
「俺様の『ジキル博士とハイド氏』のような人格の分裂が、精神の病気で起きるものかね?」
オスカー・ワイルドは鼻に付くような、ダンディズムを振りかざす。
「ああ、そうなのだよ。ドリアン・グレイはウエスト・エンドそのもの。繁栄と栄華を維持するために、貧困や悲惨をイースト・エンドという『肖像画』に押しつけている。切り裂きジャックは、おそらくこのロンドンそのものに、ナイフを突き立てて、報いを受けさせようとしているのだ」
そのときマシュー・バリーは肩をすくめた。
「ひとを殺すことで、このロンドンを自分の意のままに変えよう、などという思考が、すでに常人の者ではないな」
アーサー・コナン・ドイルのめずらしい自信にみちた顔が浮かぶ。
「ええ、そーなんです。あたしにはこいつは個人の犯行に見えて、得体のしれない巨悪がうしろで糸をひいているように感じてるんです」
「異形・のもの」
ジョゼフ・メリックはそう言ってのけた。
「こころが・歪・んでいる・人間だ・という・意味だ」
「はい。セイ様」
スピロはそう返事を返してから、ネルをにらみつけた。
どうしてもネルを許せない気持ちが消えなかった。
それは、見事に出し抜かれた、という悔しさなのかもしれない。
「ネル様。あなたがたの時代は苦難の時代でした。ですが、不当な理由で殺人を犯して、のうのうと生きられる時代はないはずです。ピーターのように子供でも必死で生きているというのに、恥じるべきです」
「は。お説教は勘弁しておくれ。ピーターだってちいさい子たちの面倒を見るために、わるいことを散々やってきてるさ。人殺しも盗みも犯罪は犯罪さね。そうして生きていくしかないのさ。ピーターって、あのテムズ川の遊覧船転覆事故から、自力で生還したっていうじゃないか。あんな強運の持主でも、結局このイースト・エンドじゃあ、ツキに見放されちまうのさ」
その瞬間、スピロのなかになにか違和感が湧きあがった。
それがなにかわからない。
それに頭を巡らせようとした瞬間、足がふっと浮いた。要引揚者の魂に導かれるように、スピロのからだも上へとむかおうとしているのだ。
なにかがおかしい——
なにを見落とした——
ヒントはいっぱいあったはずだ。
頭のなかにいくつものことばが浮かんでは消える。
H・G・ウエルズが言った。
「犯人って『透明人間』なんじゃないでしょうか?」
「そうですね。『みんなが見ていながら心理的に見えない人間』というのは存在するのです」と、そのときスピロはそう捕捉した。
ジェームス・マシュー・バリーの推論が頭をよぎる。
「もしかしたら、性的に未熟な人物ではないだろうかね?」
ジグムント・フロイトの得意満面な顔が浮かぶ。
「女性に対する『コンプレックス』から犯行に及んでいる——」
ロバート・ルイス・スティーブンソンの高慢な態度。
「俺様の『ジキル博士とハイド氏』のような人格の分裂が、精神の病気で起きるものかね?」
オスカー・ワイルドは鼻に付くような、ダンディズムを振りかざす。
「ああ、そうなのだよ。ドリアン・グレイはウエスト・エンドそのもの。繁栄と栄華を維持するために、貧困や悲惨をイースト・エンドという『肖像画』に押しつけている。切り裂きジャックは、おそらくこのロンドンそのものに、ナイフを突き立てて、報いを受けさせようとしているのだ」
そのときマシュー・バリーは肩をすくめた。
「ひとを殺すことで、このロンドンを自分の意のままに変えよう、などという思考が、すでに常人の者ではないな」
アーサー・コナン・ドイルのめずらしい自信にみちた顔が浮かぶ。
「ええ、そーなんです。あたしにはこいつは個人の犯行に見えて、得体のしれない巨悪がうしろで糸をひいているように感じてるんです」
「異形・のもの」
ジョゼフ・メリックはそう言ってのけた。
「こころが・歪・んでいる・人間だ・という・意味だ」
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