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ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜
第273話 バールストン・ギャンビット
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観念したのか、ブラム・ストーカーが帽子のひさしをひきあげた。
「まぁ、ずいぶんピンピンしていますこと。ワイルド様はずいぶん悲嘆にくれておりましたが……」
「なぜ、わかった」
「セイ様です。残念ですが、わたくしは見抜けませんでしたわ」
「攻撃の種類がちがって感じられたのさ」
「プロビデンスの目の怪物とレッド・ドラゴンの攻撃と、それ以降の怪物との『質』のちがいのようなものを感じたんだ」
「質……だと?」
「アロケルがウエルズさんを乗っ取って仕掛けてきた攻撃は、多彩なモンスターを駆使して、間断なく強大だった。でも、なんだろう美学のようなものがなかった」
「美学……」
「戦術や戦略、と言い換えてもいいかな。知ってる人物を怪物にして、こちらの感情をゆさぶったり、攻撃をしかけないことでこちらの動きを封じ込めたりして、数を展開しながら力が分散しないような計略があった」
「ふ。それは褒めてくれてるのかね」
「まぁね。一度にいっぱい出したせいで、自分の創りだしたモンスターの隅々に目が届かなくなったアロケルよりマシってとこだけど」
「アロケルよりまし……か。あいつは自分の力を過信しすぎたからな。あの大型ドラゴンもあいつが出したんだが、まんまとやられてしまった」
「なるほど。レッド・ドラゴンの壁という妙手をだしてきたのに、片方でずいぶん大雑把な攻撃をしかけてくる、と思いましたが、そういうことでしたか」
スピロが小刻みにうなずきながら言った。
「それでアロケルと対峙したときに、かまをかけてみた。そしたら、プロビデンスの目の怪物のことを褒めたとき、アロケルがなんかばつがわるそうに口ごもった…… それで確信した」
「もう一体、別の悪魔がいる。と」
「さすが、ユメミ・セイ……だな」
セイは空中から日本刀を取り出しながら言った。
「トラウマ、おまえを浄化する」
「簡単に倒せるとおもわんことだ」
ブラム・ストーカーの悪魔が身構えた。
「いや……」
セイは日本刀を構えなおしながら言った。
「もういった」
「な……」
つぎの瞬間、ブラム・ストーカーの悪魔の腹がさけて、どす黒い澱のような煙が吹きだした。ロンドンのよどんだ空を何倍も濁らせたような色、腐臭を思わせる嘔吐くような臭い。
それはまさに瘴気だった——
「いつのまに……」
ブラム・ストーカーの悪魔は自分の腹を見ながら、呆然として言った。
「これがユメミ・セイということ……か……」
「ええ。あなたごときでは相手にならない、ということです」
スピロがわがことのように言った。
悪魔が口元をゆるめた。
「そうだな。わたしごときでは話にならないな。だが……」
「ユメミ・セイの手にかかったのなら、わたしごときとすれば望外の悪運ということかな……」
悪魔がそうひとりごちた瞬間、バーンとからだがはじけ、あたりにヘドロのような液体となって飛散した。
「まさかの、バールストン・ギャンビット(先攻法)とは参りました……」
「なんだい。そのなんとかギャンビットっていうのは?」
「セイ様、『バールストン・ギャンビット』とはミステリ小説用語で、真犯人である人物を既に死んでしまったかのように見せかけ、読者が真犯人を容疑者から外すように、しむける手法です」
「そんな手法があるんだ」
「ギャンビット(先攻法)は元々チェス用語で、より大きな目的のため、自分の手駒をわざと犠牲にする戦術からきています」
「バールストン……っていうのは?」
「ああ、それははじめてこの手法がとられた小説、コナン・ドイル様の『恐怖の谷』に出てくる、バールストン屋敷からとられたものです」
「すごい。これもあのひとが先駆者なんだ」
スピロは苦笑いをうかべた。
「まぁ、この話をしても、たぶんあの方はいつものようにぼやくのが落ちでしょうね」
「まぁ、ずいぶんピンピンしていますこと。ワイルド様はずいぶん悲嘆にくれておりましたが……」
「なぜ、わかった」
「セイ様です。残念ですが、わたくしは見抜けませんでしたわ」
「攻撃の種類がちがって感じられたのさ」
「プロビデンスの目の怪物とレッド・ドラゴンの攻撃と、それ以降の怪物との『質』のちがいのようなものを感じたんだ」
「質……だと?」
「アロケルがウエルズさんを乗っ取って仕掛けてきた攻撃は、多彩なモンスターを駆使して、間断なく強大だった。でも、なんだろう美学のようなものがなかった」
「美学……」
「戦術や戦略、と言い換えてもいいかな。知ってる人物を怪物にして、こちらの感情をゆさぶったり、攻撃をしかけないことでこちらの動きを封じ込めたりして、数を展開しながら力が分散しないような計略があった」
「ふ。それは褒めてくれてるのかね」
「まぁね。一度にいっぱい出したせいで、自分の創りだしたモンスターの隅々に目が届かなくなったアロケルよりマシってとこだけど」
「アロケルよりまし……か。あいつは自分の力を過信しすぎたからな。あの大型ドラゴンもあいつが出したんだが、まんまとやられてしまった」
「なるほど。レッド・ドラゴンの壁という妙手をだしてきたのに、片方でずいぶん大雑把な攻撃をしかけてくる、と思いましたが、そういうことでしたか」
スピロが小刻みにうなずきながら言った。
「それでアロケルと対峙したときに、かまをかけてみた。そしたら、プロビデンスの目の怪物のことを褒めたとき、アロケルがなんかばつがわるそうに口ごもった…… それで確信した」
「もう一体、別の悪魔がいる。と」
「さすが、ユメミ・セイ……だな」
セイは空中から日本刀を取り出しながら言った。
「トラウマ、おまえを浄化する」
「簡単に倒せるとおもわんことだ」
ブラム・ストーカーの悪魔が身構えた。
「いや……」
セイは日本刀を構えなおしながら言った。
「もういった」
「な……」
つぎの瞬間、ブラム・ストーカーの悪魔の腹がさけて、どす黒い澱のような煙が吹きだした。ロンドンのよどんだ空を何倍も濁らせたような色、腐臭を思わせる嘔吐くような臭い。
それはまさに瘴気だった——
「いつのまに……」
ブラム・ストーカーの悪魔は自分の腹を見ながら、呆然として言った。
「これがユメミ・セイということ……か……」
「ええ。あなたごときでは相手にならない、ということです」
スピロがわがことのように言った。
悪魔が口元をゆるめた。
「そうだな。わたしごときでは話にならないな。だが……」
「ユメミ・セイの手にかかったのなら、わたしごときとすれば望外の悪運ということかな……」
悪魔がそうひとりごちた瞬間、バーンとからだがはじけ、あたりにヘドロのような液体となって飛散した。
「まさかの、バールストン・ギャンビット(先攻法)とは参りました……」
「なんだい。そのなんとかギャンビットっていうのは?」
「セイ様、『バールストン・ギャンビット』とはミステリ小説用語で、真犯人である人物を既に死んでしまったかのように見せかけ、読者が真犯人を容疑者から外すように、しむける手法です」
「そんな手法があるんだ」
「ギャンビット(先攻法)は元々チェス用語で、より大きな目的のため、自分の手駒をわざと犠牲にする戦術からきています」
「バールストン……っていうのは?」
「ああ、それははじめてこの手法がとられた小説、コナン・ドイル様の『恐怖の谷』に出てくる、バールストン屋敷からとられたものです」
「すごい。これもあのひとが先駆者なんだ」
スピロは苦笑いをうかべた。
「まぁ、この話をしても、たぶんあの方はいつものようにぼやくのが落ちでしょうね」
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