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ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜
第271話 第五の事件
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ロンドンの夜が白々と明けはじめていた。
十一月の初旬にもなると、家々の煙突からは石炭をたく黒い煙が吐き出され、空をおおう灰色の霧は鈍重さを増した。
夜明け前は吐息が凍るほどで、寒気は研ぎ澄ました刃物のように肌を刺激した。
貸間長屋の部屋の二階からゾーイたちは、じっと真向かいの部屋を見守っていた。
「今、何時です?」
コナン・ドイルがだれにむけたわけでもなく尋ねた。
「三時だよ。おめぇ、さっきも訊いただろ?」
マリアが不機嫌そうに答えた。
「いえ、だって、寒くてこごえそうですからね。もう時間が気になって……」
「コナン・ドイルさん。そんなことを言っちゃいけねえよ。外で張り込んでるモリ・リンタロウさんや、セイさん、エヴァさん、それにお姉様はもっと条件がわるいんだぜ」
ゾーイがたしなめる。
「まぁ、そーなんですがね。あたしゃ、このがたいですが、寒いのはからっきしダメでしてね。暖房つけられないんですか?」
「ここは空き部屋ってことになってんだ。無理言うな!」
「コナン・ドイルさん、おめえさん、スコットランドの生まれだろ?」
「いや、ゾーイさん。あたしの生まれ故郷のエディンバラってとこは、緯度は高いですが、温和な海洋性気候なんですよ。真冬だって零下になることなんて、ほとんどないんですから」
「だれかでてきます。おふたりともお静かに」
そうたしなめたのは、窓際にはりついて向かい側を注視していたウォルター・デュー刑事だった。
向かいの貸間長屋から、ひとりの男がでてきた。
20代ほどの若い男。彼はおおきくため息をつくと、そそくさとその場をあとにした。
「切り裂きジャックじゃねぇのか?」
マリアの問いにゾーイが答えた。
「いいや、おそらくハッチンスという元厩務職員だよ。メアリー・ケリー嬢が客をとったのをつけて、午前三時頃まで部屋の前で待っていたっていう輩さ」
「あやしいな」
「ああ。たしかに、あやしいねぇ。だけどお姉さまが言うには、あの男はケリー嬢に惚れ込んでて、つい、あとをつけただけっていう話だよ」
「あぶねぇな。ストーカーじゃねぇか」
「ストーカー? マリアさん、それはなんです?」
デュー刑事が興味深げに訊いた。
「デューさん、ストーカーってぇのは、特定の人への好意とか、その好意がかなわなかったことの怨念とかで、そのひとにつきまとう犯罪のことだよ」
「そ、それが犯罪になるのですか?」
「ああ、あたいらの時代ではね。この行為が行きすぎて、重大事件につながるようになったのさ。有名な歌手が殺されたり、アメリカ大統領が撃たれたこともある」
「アメリカ大統領が?」
「有名女優につきまとっていた男が、きみのために大統領を殺す、と言ってね。大統領は死ななかったけど、ボディガードが亡くなったはずだよ」
デューは唖然とした顔のままだった。
十一月の初旬にもなると、家々の煙突からは石炭をたく黒い煙が吐き出され、空をおおう灰色の霧は鈍重さを増した。
夜明け前は吐息が凍るほどで、寒気は研ぎ澄ました刃物のように肌を刺激した。
貸間長屋の部屋の二階からゾーイたちは、じっと真向かいの部屋を見守っていた。
「今、何時です?」
コナン・ドイルがだれにむけたわけでもなく尋ねた。
「三時だよ。おめぇ、さっきも訊いただろ?」
マリアが不機嫌そうに答えた。
「いえ、だって、寒くてこごえそうですからね。もう時間が気になって……」
「コナン・ドイルさん。そんなことを言っちゃいけねえよ。外で張り込んでるモリ・リンタロウさんや、セイさん、エヴァさん、それにお姉様はもっと条件がわるいんだぜ」
ゾーイがたしなめる。
「まぁ、そーなんですがね。あたしゃ、このがたいですが、寒いのはからっきしダメでしてね。暖房つけられないんですか?」
「ここは空き部屋ってことになってんだ。無理言うな!」
「コナン・ドイルさん、おめえさん、スコットランドの生まれだろ?」
「いや、ゾーイさん。あたしの生まれ故郷のエディンバラってとこは、緯度は高いですが、温和な海洋性気候なんですよ。真冬だって零下になることなんて、ほとんどないんですから」
「だれかでてきます。おふたりともお静かに」
そうたしなめたのは、窓際にはりついて向かい側を注視していたウォルター・デュー刑事だった。
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20代ほどの若い男。彼はおおきくため息をつくと、そそくさとその場をあとにした。
「切り裂きジャックじゃねぇのか?」
マリアの問いにゾーイが答えた。
「いいや、おそらくハッチンスという元厩務職員だよ。メアリー・ケリー嬢が客をとったのをつけて、午前三時頃まで部屋の前で待っていたっていう輩さ」
「あやしいな」
「ああ。たしかに、あやしいねぇ。だけどお姉さまが言うには、あの男はケリー嬢に惚れ込んでて、つい、あとをつけただけっていう話だよ」
「あぶねぇな。ストーカーじゃねぇか」
「ストーカー? マリアさん、それはなんです?」
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「デューさん、ストーカーってぇのは、特定の人への好意とか、その好意がかなわなかったことの怨念とかで、そのひとにつきまとう犯罪のことだよ」
「そ、それが犯罪になるのですか?」
「ああ、あたいらの時代ではね。この行為が行きすぎて、重大事件につながるようになったのさ。有名な歌手が殺されたり、アメリカ大統領が撃たれたこともある」
「アメリカ大統領が?」
「有名女優につきまとっていた男が、きみのために大統領を殺す、と言ってね。大統領は死ななかったけど、ボディガードが亡くなったはずだよ」
デューは唖然とした顔のままだった。
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