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ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜
第184話 エレファントマンとの出会い2(閲覧注意)
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エレファントマン、ジョゼフ・メリック——
メリックの顔には、『人間』と呼べる部分が、一欠片ほどしかなかった。
たしかに左目とその下の頬の部分には、その片鱗があるにはある。
だがその人間らしい部位のまわりは、おそろしく肥大した皮膚におおわれている。とくに頭の右側は、ブロッコリーのように瘤が膨れあがり、もうひとつ顔があるのではないか、と錯覚するほどにゆがんでいた。
肉の襞にうもれた右目。
鼻は倍ほどに腫れあがり、唇は両側の頬の肉に押し潰され、前に飛びだしていた。おちょぼ口とちがうのは、骨格からしてゆがんでせり出していることだ。
後頭部にかけても骨質の瘤が、垂れ下がるほどうしろに飛びだしていた。その上に申しわけていどに生えた淡い金色の髪が、たなびいていた。
からだは左右にも前後にもゆがんでいた。直立という姿勢をとるのは一生できないのがひと目でわかる。
そういう骨格をしていた。
そして、その右腕——
まるで、片方の腕だけが、おおきいカニ、シオマネキのように異様におおきかった。まるで腕の先に手のひらではなく、野球のグラブが生えているようだった。
おおきいだけでない。ひきつれをおこした肉塊はとても醜かった。左腕がしろく透きとおって、むしろふつうのひとよりも美しく感じられるだけに、そのあまりの差異にとまどう。
「やあ・かわいらしい・お客・さんたち・だ」
メリックはまるで一音、一音、舌打ちするような音をたてながら言った。
室内にはいってきた全員が、想像をこえる異形に身動きできずにいた。
わたしもみんなとおなじ反応をしている——
スピロは心底とまどった。現実世界では自分は障がいをかかえていて、健常者に気をつかわせる立場だ。だが、いまの自分は彼にどう挨拶したものか、逡巡している。
現実と逆の立場になってみると、おそろしいほど対応の選択肢がないことに気づかされる。
いままで初対面のわたしに、みんなはどのように接してきただろうか?
「ぼくはニッポンからきたセイ・ユメミです。お目にかかれて光栄です。ジョゼフ・メリックさん」
セイはにっこりとわらいながら、メリックのほうへからだをのりだした。
なんのてらいもなく、左手をさしだしている。
メリックは左手を、ほそくてきれいな左手をさしだして、セイと握手した。
「ジョ・ゼフ・ケアリー・メリック・です」
スピロは急にはずかしくなった。
自分が一番メリックと共感できる境遇にもかかわらず、自然にふるまえずにいた。
それがどうだろう。
セイの屈託のない笑顔——
なんの他意もかんじさせない。
あぁ、思い出した。
自分はこのセイのこういうところに救われたのだ。
メリックの顔には、『人間』と呼べる部分が、一欠片ほどしかなかった。
たしかに左目とその下の頬の部分には、その片鱗があるにはある。
だがその人間らしい部位のまわりは、おそろしく肥大した皮膚におおわれている。とくに頭の右側は、ブロッコリーのように瘤が膨れあがり、もうひとつ顔があるのではないか、と錯覚するほどにゆがんでいた。
肉の襞にうもれた右目。
鼻は倍ほどに腫れあがり、唇は両側の頬の肉に押し潰され、前に飛びだしていた。おちょぼ口とちがうのは、骨格からしてゆがんでせり出していることだ。
後頭部にかけても骨質の瘤が、垂れ下がるほどうしろに飛びだしていた。その上に申しわけていどに生えた淡い金色の髪が、たなびいていた。
からだは左右にも前後にもゆがんでいた。直立という姿勢をとるのは一生できないのがひと目でわかる。
そういう骨格をしていた。
そして、その右腕——
まるで、片方の腕だけが、おおきいカニ、シオマネキのように異様におおきかった。まるで腕の先に手のひらではなく、野球のグラブが生えているようだった。
おおきいだけでない。ひきつれをおこした肉塊はとても醜かった。左腕がしろく透きとおって、むしろふつうのひとよりも美しく感じられるだけに、そのあまりの差異にとまどう。
「やあ・かわいらしい・お客・さんたち・だ」
メリックはまるで一音、一音、舌打ちするような音をたてながら言った。
室内にはいってきた全員が、想像をこえる異形に身動きできずにいた。
わたしもみんなとおなじ反応をしている——
スピロは心底とまどった。現実世界では自分は障がいをかかえていて、健常者に気をつかわせる立場だ。だが、いまの自分は彼にどう挨拶したものか、逡巡している。
現実と逆の立場になってみると、おそろしいほど対応の選択肢がないことに気づかされる。
いままで初対面のわたしに、みんなはどのように接してきただろうか?
「ぼくはニッポンからきたセイ・ユメミです。お目にかかれて光栄です。ジョゼフ・メリックさん」
セイはにっこりとわらいながら、メリックのほうへからだをのりだした。
なんのてらいもなく、左手をさしだしている。
メリックは左手を、ほそくてきれいな左手をさしだして、セイと握手した。
「ジョ・ゼフ・ケアリー・メリック・です」
スピロは急にはずかしくなった。
自分が一番メリックと共感できる境遇にもかかわらず、自然にふるまえずにいた。
それがどうだろう。
セイの屈託のない笑顔——
なんの他意もかんじさせない。
あぁ、思い出した。
自分はこのセイのこういうところに救われたのだ。
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