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ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜
第88話 ザ・ウーマンズ・ワールド編集長登場
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『異端児』——。
その男を目にした瞬間、ゾーイの頭にそんな非常識な表現が浮かんだ。
つい口からそのことばが飛び出しそうにすらなる。初対面で、ことばすら交わしていないというのに、その男は会っただけで、そのように思わせる異彩を放っていた。
洒脱に羽織ったジャケットは、ラペルに太いパイピングがほどこされ、腕の袖部分にいくつものカフスがつけられており、フォーマルの境界をすこし逸脱したデザインのものだった。だがシャツは鳥の翼のように小さく折り返されたウィングカラー・タイプで、正装のルールに準じている。ただ、その首元には蝶ネクタイをしめるべきところを、アスコットタイのようにボリュームのあるシルクの布を巻きつけ、堅苦しさを払拭している。
上半身はおしゃれにする代わりに、ボトムズはフォーマルに徹していた。
パリッと折り目のついたストレートなズボンに、よく磨かれた革靴をあわせており、全体としてのバランスは見事だ。
この場にふさわしいファッションなのか、ゾーイにはわからなかったが、彼がおしゃれに関して、あれるほどの自信をもっていることだけは、否応なく伝わってきた。
それは彼自身のある種の覚悟が、匂い立つように体全体から発せられているからかもしれない。
端正な顔だちでありながら、不思議な威厳を感じさせ、貴公子のようにも、為政者のようにも見え、物事の本質を適確にとらえる冷徹な視線を持ちながら、世の中を斜にかまえて蔑み、青臭いことを滔々を語る。そんな妖しさと危なっかしさがあった。
まわりには華美なドレスをまとった女性たちが、彼を奪いあうように群がっており、彼のエキセントリックな面に花を添えている。その女性たちはだれも均整がとれたスタイルをしていて、すこぶる美人だった。
それだけの女性をはべらせながら、あたかも自分を輝かせる『装飾品』であるかのように見えるのは、彼そのものが、凡百の『美』なら、簡単に圧倒する『カリスマ』をまとっているからなのだろうか。
そんな姿にゾーイは圧倒された。
リンタロウもおなじように気圧されたのか、声を裏返らせながら男に答えた。
「あ、あ——、どうも、あなたが雑誌『ザ・ウーマンズ・ワールド』の編集長……」
「ええ、そうですとも。今、このロンドンで、否、世界でもっともすすんだ雑誌……。女性のファッションや生活にとどまらず、女性の地位、参政権、職業、そして高等教育についての情報や提案を提供する雑誌を発行しています。今、このロンドンでは『ジャポニスム』が流行しておりましてね。先だっても特集した『KakemonoFlame(カケモノ・フレーム)《掛物……掛け軸等のこと》』が好評でしてね。今度は『キモノ』を扱いたいと思いまして、ニッポン人のつてを探していたところなのですよ」
「あ、いや……、すみません。こんな大所帯でおしかけて」
「なにを言うかね。構いませんよ。パーティーはにぎやかなほうがいい。それに……」
彼はゾーイたちのほうにちらりと目をむけてから続けた。
「ユキオからは、彼らはとてもユニークな存在だと聞きおよんでおりますしね」
「ええ。そ、そうですね。まぁ、たしかにユニークですとも。えーっと……」
リンタロウがことばにつまると、彼はたいへん申し訳なさげな顔つきでかしこまった。
「あ、いや、これは失礼しました」
男はリンタロウにむかって、握手を求めるように手を差し出しながら名乗った。
「『ザ・ウーマンズ・ワールド』編集長の……」
「オスカー・ワイルドです」
オスカー・ワイルド編集 ザ・ウーマンズ・ワールド誌
■余談------------------------------------------------------------
実際のオスカー・ワイルドとコナン・ドイルの出会いは翌1889年に実現する。
ワイルドのアメリカ講演旅行の時に講演後のレセプション等の主催をかってくれたアメリカの出版王ジョセフ・ストダートが、月刊誌『リピンコッツ・マンスリー・マガジン』成功のために、ロンドンのランガム・ホテルで正餐会(ディナー)を開き、ふたりを引き合わせてくれた。
そのときにドイルの歴史小説『マイカ・クラーク』を読んでいたワイルドが、その作品を激賞したことで話がはずみ、お互いに一作づつ長編を掲載することになった。
そのときオスカー・ワイルドが書いたのが『ドリアン・グレイの肖像』、コナン・ドイルが書いたのが『四つの署名』である。
その男を目にした瞬間、ゾーイの頭にそんな非常識な表現が浮かんだ。
つい口からそのことばが飛び出しそうにすらなる。初対面で、ことばすら交わしていないというのに、その男は会っただけで、そのように思わせる異彩を放っていた。
洒脱に羽織ったジャケットは、ラペルに太いパイピングがほどこされ、腕の袖部分にいくつものカフスがつけられており、フォーマルの境界をすこし逸脱したデザインのものだった。だがシャツは鳥の翼のように小さく折り返されたウィングカラー・タイプで、正装のルールに準じている。ただ、その首元には蝶ネクタイをしめるべきところを、アスコットタイのようにボリュームのあるシルクの布を巻きつけ、堅苦しさを払拭している。
上半身はおしゃれにする代わりに、ボトムズはフォーマルに徹していた。
パリッと折り目のついたストレートなズボンに、よく磨かれた革靴をあわせており、全体としてのバランスは見事だ。
この場にふさわしいファッションなのか、ゾーイにはわからなかったが、彼がおしゃれに関して、あれるほどの自信をもっていることだけは、否応なく伝わってきた。
それは彼自身のある種の覚悟が、匂い立つように体全体から発せられているからかもしれない。
端正な顔だちでありながら、不思議な威厳を感じさせ、貴公子のようにも、為政者のようにも見え、物事の本質を適確にとらえる冷徹な視線を持ちながら、世の中を斜にかまえて蔑み、青臭いことを滔々を語る。そんな妖しさと危なっかしさがあった。
まわりには華美なドレスをまとった女性たちが、彼を奪いあうように群がっており、彼のエキセントリックな面に花を添えている。その女性たちはだれも均整がとれたスタイルをしていて、すこぶる美人だった。
それだけの女性をはべらせながら、あたかも自分を輝かせる『装飾品』であるかのように見えるのは、彼そのものが、凡百の『美』なら、簡単に圧倒する『カリスマ』をまとっているからなのだろうか。
そんな姿にゾーイは圧倒された。
リンタロウもおなじように気圧されたのか、声を裏返らせながら男に答えた。
「あ、あ——、どうも、あなたが雑誌『ザ・ウーマンズ・ワールド』の編集長……」
「ええ、そうですとも。今、このロンドンで、否、世界でもっともすすんだ雑誌……。女性のファッションや生活にとどまらず、女性の地位、参政権、職業、そして高等教育についての情報や提案を提供する雑誌を発行しています。今、このロンドンでは『ジャポニスム』が流行しておりましてね。先だっても特集した『KakemonoFlame(カケモノ・フレーム)《掛物……掛け軸等のこと》』が好評でしてね。今度は『キモノ』を扱いたいと思いまして、ニッポン人のつてを探していたところなのですよ」
「あ、いや……、すみません。こんな大所帯でおしかけて」
「なにを言うかね。構いませんよ。パーティーはにぎやかなほうがいい。それに……」
彼はゾーイたちのほうにちらりと目をむけてから続けた。
「ユキオからは、彼らはとてもユニークな存在だと聞きおよんでおりますしね」
「ええ。そ、そうですね。まぁ、たしかにユニークですとも。えーっと……」
リンタロウがことばにつまると、彼はたいへん申し訳なさげな顔つきでかしこまった。
「あ、いや、これは失礼しました」
男はリンタロウにむかって、握手を求めるように手を差し出しながら名乗った。
「『ザ・ウーマンズ・ワールド』編集長の……」
「オスカー・ワイルドです」
オスカー・ワイルド編集 ザ・ウーマンズ・ワールド誌
■余談------------------------------------------------------------
実際のオスカー・ワイルドとコナン・ドイルの出会いは翌1889年に実現する。
ワイルドのアメリカ講演旅行の時に講演後のレセプション等の主催をかってくれたアメリカの出版王ジョセフ・ストダートが、月刊誌『リピンコッツ・マンスリー・マガジン』成功のために、ロンドンのランガム・ホテルで正餐会(ディナー)を開き、ふたりを引き合わせてくれた。
そのときにドイルの歴史小説『マイカ・クラーク』を読んでいたワイルドが、その作品を激賞したことで話がはずみ、お互いに一作づつ長編を掲載することになった。
そのときオスカー・ワイルドが書いたのが『ドリアン・グレイの肖像』、コナン・ドイルが書いたのが『四つの署名』である。
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