563 / 935
ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜
第87話 パーティーに緊張する
しおりを挟む
スピロなら『無茶を言ってきたはあなたなのですから、覚悟を決めなさい』と叱責しただろうか。それとも『運命に身をまかせてあきらめなさい』と悟しただろうか……。
いや、姉なら、スピロなら自分とおなじように言うにちがいない。スピロ自身が今、それをみずからの人生で実戦している。だから、たぶん、こう言うはずだ——。
こんなチャンスに恵まれたのですから、精いっぱい今を楽しみましょう。
馬車がパーティー会場の邸宅のエントランスに到着すると、先に到着しているスピロたちが入口の受付係と話をしているのが目に入った。
ひと悶着ありそうだ——。
ゾーイはそんな予感がした。
なにせこちらは、見なれない連中——。
しかも有色人種や子供がいてこの大人数。結局入場を拒否されるという顛末になってもおかしくないと思えた。
だが予想外のことに受付係は恭しくかしこまって、『リンタロウ・モリ様御一行様ですね』と言うなり、入り口のエントランスを手で指し示して入場を促した。
おおきな玄関口まではすこし距離があったが、弦楽器のなめらかに滑るような音が漏れ聞こえ、そのところどころに人々の談笑する声、そして食器がなにかにぶつかるような『カチン』という軽い音が混じって聞こえてきた。
パーティーの雰囲気が伝わってくると、さすがにゾーイも胸が高なると同時に、緊張に脚が震えてきたが、脇をみるとリンタロウとドイルはそれ以上にガチガチになっているのがわかった。
いまにも倒れそうなほど真っ青な顔をして、歩き出そうとしていたが、手と足が両方同時にでるのではないかと思えるほど、ぎこちない動きをしていた。せっかくこの席のために服をあつらえたというのに、まるっきり服に着られているような残念な装いにみえてしまう。
「リ、リ、リンタロウ君。キ。キ、キミはこういう席には馴れたものなのでしょう。なにせ軍に所属されているンですからねぇ……」
「ドイルさん。と、とんでもないことです。たしかに日本にも『鹿鳴館』なる社交の場ができましたがね。小生ごとき軍医が出席を許されるはずもありません」
「あ、あたしゃ、ほらもう田舎の町医者ですから。あんまり暇すぎて、物書きばかりしてるような者ですからね。まあ、こんな機会は二度とないっていうだけで参加してるだけでしてね……」
「ドイル様、そんなことはございませんよ」
その横でふたりをエスコートするように歩いているスピロが言った。
「あなたは、このあと有名になりますからね。このような社交の場に何度も出席されることになるのですから」
「ほらー、スピロさん、からかうのはよしてください。何度聞いてもそんな与太話、信じられませんってぇ」
そのとき、正面のおおきな扉が開いた。
なかからの眩い光が玄関のエントランスにふりそそぐ。
屋敷の正面玄関の内部が目の前に飛び込んできた。
その大階段の中途にひとりの男が立っていた。その周りには数人の女性が取り巻いている。その男は手に持ったワイングラスを揺らしながら、こちらにむけてうれしそうに目を細めて声をあげた。
「ああ、やっと来た。君たちが『ユキオ・オザキ』が言っていた日本人。『リンタロウ・モリ』だね」
いや、姉なら、スピロなら自分とおなじように言うにちがいない。スピロ自身が今、それをみずからの人生で実戦している。だから、たぶん、こう言うはずだ——。
こんなチャンスに恵まれたのですから、精いっぱい今を楽しみましょう。
馬車がパーティー会場の邸宅のエントランスに到着すると、先に到着しているスピロたちが入口の受付係と話をしているのが目に入った。
ひと悶着ありそうだ——。
ゾーイはそんな予感がした。
なにせこちらは、見なれない連中——。
しかも有色人種や子供がいてこの大人数。結局入場を拒否されるという顛末になってもおかしくないと思えた。
だが予想外のことに受付係は恭しくかしこまって、『リンタロウ・モリ様御一行様ですね』と言うなり、入り口のエントランスを手で指し示して入場を促した。
おおきな玄関口まではすこし距離があったが、弦楽器のなめらかに滑るような音が漏れ聞こえ、そのところどころに人々の談笑する声、そして食器がなにかにぶつかるような『カチン』という軽い音が混じって聞こえてきた。
パーティーの雰囲気が伝わってくると、さすがにゾーイも胸が高なると同時に、緊張に脚が震えてきたが、脇をみるとリンタロウとドイルはそれ以上にガチガチになっているのがわかった。
いまにも倒れそうなほど真っ青な顔をして、歩き出そうとしていたが、手と足が両方同時にでるのではないかと思えるほど、ぎこちない動きをしていた。せっかくこの席のために服をあつらえたというのに、まるっきり服に着られているような残念な装いにみえてしまう。
「リ、リ、リンタロウ君。キ。キ、キミはこういう席には馴れたものなのでしょう。なにせ軍に所属されているンですからねぇ……」
「ドイルさん。と、とんでもないことです。たしかに日本にも『鹿鳴館』なる社交の場ができましたがね。小生ごとき軍医が出席を許されるはずもありません」
「あ、あたしゃ、ほらもう田舎の町医者ですから。あんまり暇すぎて、物書きばかりしてるような者ですからね。まあ、こんな機会は二度とないっていうだけで参加してるだけでしてね……」
「ドイル様、そんなことはございませんよ」
その横でふたりをエスコートするように歩いているスピロが言った。
「あなたは、このあと有名になりますからね。このような社交の場に何度も出席されることになるのですから」
「ほらー、スピロさん、からかうのはよしてください。何度聞いてもそんな与太話、信じられませんってぇ」
そのとき、正面のおおきな扉が開いた。
なかからの眩い光が玄関のエントランスにふりそそぐ。
屋敷の正面玄関の内部が目の前に飛び込んできた。
その大階段の中途にひとりの男が立っていた。その周りには数人の女性が取り巻いている。その男は手に持ったワイングラスを揺らしながら、こちらにむけてうれしそうに目を細めて声をあげた。
「ああ、やっと来た。君たちが『ユキオ・オザキ』が言っていた日本人。『リンタロウ・モリ』だね」
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。


セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる