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ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜
第75話 日本国陸軍……ですか……?
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「やっぱり、お貸しできませんわね」
ターナー夫人は、ふっと目を眇めると、まるでそこに乗っているものが、唾棄すべき汚物でもあるかのように言った。
「なぜです?」
「そんな大金をあぁたのような小娘がもっているのはおかしいですわ。犯罪でもしませんとそんなもの手に入るわけありません。わたくし、警察にしょっぴかれるのはまっぴら御免ですからね」
「ターナー夫人。これはそんなお金じゃありません」
エヴァは無性に腹がたった。
大金を目の前に積まれて、それにすぐ飛びつく者は信用ならないが、それに心を動かされない者はもっと信用ならない——。
「さあ、悪いけど、ここを出ていってもらえないかしら」
そう言ってターナー夫人は立ちあがろうとした。
その時ドアがノックされ、ドアのむこうから「申し訳ありませんが、ドアを開けてもらえないでしょうか」という、やけにあらたまった声がきこえた。
エヴァはその声に聞き覚えがあったが、ドアが開くと、果してモリ・リンタロウが顔を覗かせてきた。マリアは顔を曇らせたが、リンタロウは気にすることもなく、すたすたと部屋にはいってくるとターナー夫人に自己紹介をはじめた。
「マダム、失礼をお許しください。小生は日本陸軍軍医、森林太郎と申します」
そう言って身分証明書のようなものをターナー夫人に見せた。
「マダム、この子らがマダムを煩らわせてしまいましたことを、まずはお詫びさせてください。実はこの子らは我が日本国陸軍の命を受け、こちらの部屋を秘密裏に借りあげようとしておりました」
エヴァはなにを言い出すのだと思ったが、マリアはなんとなくその意図を察したのか、にやりと口元を緩ませた。それだけでエヴァにもそれがなにか伝わった。
「なにぶん日本国陸軍の特命を帯びておりますので、あまり表沙汰にしたくなかったのですが、どうやら交渉がうまくいかなかった様子。致し方なく、小生みずからお伺いしたところです」
「日本国陸軍……ですか……?」
「はい。マダムは日本という国はご存知ありませんでしょうか?。たしかいま、ロンドンでは『ジャポニズム』が大流行していると、聞き及んでいたのですが……」
「ええ、ええ、存じておりますとも」
そう言いながらターナー夫人はすぐ近くにあったタブロイド雑誌をとりあげた。
「いま『ジャポニズム』は、女性のあいだで一番人気の『ザ・ウーマンズ・ワールド』誌で、毎回とりあげられておりますのよ。『Japanese Art Wares(日本の漆器)』とか『A Chat about Japanese Dress(和服についての雑談)』なんか読みましたわ」
ターナー夫人はすこし興奮気味だった。流行の『ジャポニズム』発祥の『日本』の、しかも『陸軍』という身の丈を超える国家絡みの話しを突然持ち出されたのだ。
その様子をみてエヴァは攻め時と判断した。リンタロウの前に進み出ると、わざとらしく深々と頭をさげて。日本式のお辞儀をしてみせた。
「モリ中尉。大変申し訳ございませんでした。わたくしたちではターナー夫人の説得はできませんでした」
ターナー夫人は、ふっと目を眇めると、まるでそこに乗っているものが、唾棄すべき汚物でもあるかのように言った。
「なぜです?」
「そんな大金をあぁたのような小娘がもっているのはおかしいですわ。犯罪でもしませんとそんなもの手に入るわけありません。わたくし、警察にしょっぴかれるのはまっぴら御免ですからね」
「ターナー夫人。これはそんなお金じゃありません」
エヴァは無性に腹がたった。
大金を目の前に積まれて、それにすぐ飛びつく者は信用ならないが、それに心を動かされない者はもっと信用ならない——。
「さあ、悪いけど、ここを出ていってもらえないかしら」
そう言ってターナー夫人は立ちあがろうとした。
その時ドアがノックされ、ドアのむこうから「申し訳ありませんが、ドアを開けてもらえないでしょうか」という、やけにあらたまった声がきこえた。
エヴァはその声に聞き覚えがあったが、ドアが開くと、果してモリ・リンタロウが顔を覗かせてきた。マリアは顔を曇らせたが、リンタロウは気にすることもなく、すたすたと部屋にはいってくるとターナー夫人に自己紹介をはじめた。
「マダム、失礼をお許しください。小生は日本陸軍軍医、森林太郎と申します」
そう言って身分証明書のようなものをターナー夫人に見せた。
「マダム、この子らがマダムを煩らわせてしまいましたことを、まずはお詫びさせてください。実はこの子らは我が日本国陸軍の命を受け、こちらの部屋を秘密裏に借りあげようとしておりました」
エヴァはなにを言い出すのだと思ったが、マリアはなんとなくその意図を察したのか、にやりと口元を緩ませた。それだけでエヴァにもそれがなにか伝わった。
「なにぶん日本国陸軍の特命を帯びておりますので、あまり表沙汰にしたくなかったのですが、どうやら交渉がうまくいかなかった様子。致し方なく、小生みずからお伺いしたところです」
「日本国陸軍……ですか……?」
「はい。マダムは日本という国はご存知ありませんでしょうか?。たしかいま、ロンドンでは『ジャポニズム』が大流行していると、聞き及んでいたのですが……」
「ええ、ええ、存じておりますとも」
そう言いながらターナー夫人はすぐ近くにあったタブロイド雑誌をとりあげた。
「いま『ジャポニズム』は、女性のあいだで一番人気の『ザ・ウーマンズ・ワールド』誌で、毎回とりあげられておりますのよ。『Japanese Art Wares(日本の漆器)』とか『A Chat about Japanese Dress(和服についての雑談)』なんか読みましたわ」
ターナー夫人はすこし興奮気味だった。流行の『ジャポニズム』発祥の『日本』の、しかも『陸軍』という身の丈を超える国家絡みの話しを突然持ち出されたのだ。
その様子をみてエヴァは攻め時と判断した。リンタロウの前に進み出ると、わざとらしく深々と頭をさげて。日本式のお辞儀をしてみせた。
「モリ中尉。大変申し訳ございませんでした。わたくしたちではターナー夫人の説得はできませんでした」
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