ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜

第53話 ただ歴史通りになっただけ……

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「セイ様、強制送還です!」

 スピロがため息まじりに言った。
「ど、どういう……」
 セイは驚いてスピロを見た。スピロのからだも浮きはじめていた。
「全員、現世に引き戻されるっていうわけだ」
 マリアが忌々しそうな口ぶりで言った。マリアの足はすでに地面から離れていた。エヴァもゾーイもおなじように、からだが中空に舞いあがりはじめている。だが、いつもとちがい、からだが光に包まれることもなく、ただ浮いていく。
「しかたないよ。ミッションをしくじっちまったんだからねぇ」
 ゾーイが口惜しそうな口ぶりで言うと、スピロがそれをたしなめるように言った。
「ゾーイ、そんな言い方はやめなさい。ただ歴史通りになっただけです」

 セイはハッとして自分のからだをまさぐった。そこには突き刺された傷痕も、ミアズマを倒したときに浴びた血飛沫ちしぶきにじみもなにもなかった。すべてが元に戻っていた。
 セイはさきほどからずっと顔を伏せたまま、口を開かずにいるエヴァに声をかけた。
「エヴァ、大丈夫かい?」
「セイさん、ごめんなさい。わたしがあなたに助けを求めなければ、刺されたりしなかったのに……」
「なに言ってるんだい。全部ぼくの失敗だ」

 その時、ゾーイが叫んだ。
「あそこ!!」
 ゾーイは下方の街角を指さしていた。すでにセイたちは数十メートル上空に浮かんでいて、ホワイトチャペルの街並みを一望できるほどだったが、その場所は建物の陰になっていて、セイのほうからはすぐに見えなかった。
 だが、さらにもう十メートルも上空にあがっていくと、次第に建物のむこうにある路地が見えてきた。
 そこにネルが倒れていた。
 セイはひと目見るなり、すでに命がないことがわかった。
 ネルの首のまわりは血でまっかに染まっていた。すぐ下のゆがんだ石畳に血だまりができるほどの、おびたただしい血がしたたっていた。

 ネルは鋭利な刃物で喉を掻切られて死んでいた。
 
「くそぉぉぉぉぉぉぉ」
 セイは大きな声で叫んだ。だれもが悔しいにきまっているはずだ。だが、セイはどうしても叫ばずにおれなかった。
 こんな形で任務を失敗する経験は、セイにははじめてだった。
 だが、そのすぐ横でスピロがきわめて冷静な口ぶりでセイに言った。
「セイ様、悔しさを口にするのは簡単ですよ。そんなことでいいのですか」

 セイは自分が感情を爆発させたことを叱責されて、ぐっと拳を握りしめた。はらわたが煮えくりかえるような思い。
 だが、スピロがただしい——。


「あぁ、そうだね。そんなことでいいわけない……」


「次はかならず落とし前をつける。このままにしておかない!」


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切り裂きジャック編 次からは第2章
コナン・ドイルほかヴィクトリア朝末期に活躍した著名人がズラリと登場
彼らと一緒に切り裂きジャックの正体に迫ります。

================================================

まだはじまったばかりで、物語の序盤でしかないが、すでに膨大な資料にあたっているので、先にこれを付記させていただく。
当時のロンドンのおそろしいほどの汚さについては「不潔都市ロンドン」がとくに参考になった。
悲惨な人々の実態は上下巻からなる「ヴィクトリア時代 ロンドン路地裏の生活誌」と「 <図説>ヴィクトリア朝時代   一九世紀ロンドンの世相・暮らし・人々」を中心に参考にさせていただいた。
とくにピーターが語る、10歳程度で「性体験」をし、そのまま売春婦になるくだりは、「ヴィクトリア時代 ロンドン路地裏の生活誌」にでてくる少年の証言を、おどろきをもって、作品に生かさせてもらった。



 参考資料------------------------------------------------------------
●不潔都市ロンドン
ヴィクトリア朝の都市浄化大作戦
リー・ジャクソン 著  河出書房新社刊

●塗りつぶされた町 ヴィクトリア期英国のスラムに生きる
サラ・ワイズ著 紀伊国屋書店刊

●どん底の人びと―ロンドン1902 (岩波文庫) (日本語) 文庫 – 1995/10/16 
ジャック・ロンドン著 岩波書店刊

●ヴィクトリア時代 ロンドン路地裏の生活誌
ヘンリー・メイヒュー著 原書房刊

●図説ヴィクトリア朝の女性と暮らしワーキング・クラスの人びと(ふくろうの本)
川端 有子著 河出書房新社刊

● <図説>ヴィクトリア朝時代   一九世紀ロンドンの世相・暮らし・人々     
ジョン・D.ライト著  原書房刊

 参考ホームページ——————————————————————————————
ヴィクトリア朝のファッション
https://sitsuji.ashrose.net/archives/860

「世界のすまい6000年 3西洋の都市住居」、彰国社、1985年
ノーバード・ショウナワー、三村浩史監訳
http://yoshiyuki.fc2web.com/Books/3SekainoSumai6000/IndustrialRev/IndustrialRev.html

産業革命の闇が異常に深い大英帝国ロンドン~悪臭漂う街で子供たちはドブさらい - BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
https://bushoojapan.com/world/england/2021/05/12/104342

ヴィクトリア時代におけるファッションの流行と「挿絵でみるホームズ年代学」
http://shworld.fan.coocan.jp/18/02_2008/3.23.html

 参考文献——————————————————————————————
明治大学学術成果リポジトリ
19世紀末イギリスにおける住宅の変化と女性 吉田,恵子
明治大学短期大学紀要 1998-01-31

日本家政学会誌 Vol.69
19世紀イギリスにおける衣服と社会に関する研究 
坂井 妙子

英国住宅物語  -近代のハウジングはどのようにつくられてきたか-
公衆衛生法と労働者階級の住宅改善点 -公衆衛生法と労働者階級の住宅
佐藤 健正 市浦ハウジング&プランニング叢書


『スラム街小説――19 世紀後半-20 世紀初頭の 
ロンドンの闇の奥,イースト・エンドの人々と生活  武井暁子評論

慶応義塾大学学術情報リポジトリ
チャールズ・ブース『ロンドンの民衆の生活と労働』の手稿をめぐって
高井, 哲彦  慶應義塾経済学会  1991

チャールズ・ブース『ロンドンの民衆の生活と労働』の手稿をめぐって
應義塾経済学会 三田学会雑誌  高井 哲彦

それ以外にも、いつものようにウィキペディア等のお世話になっている。
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