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ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜
第23話 イーストエンドの悲惨な実態
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「まぁ、そんなのは茶飯事さ」
ピーターは当たり前のようにそう言ったが、だれもがことばをうしなっていた。
だれもなにも言わないので、ピーターは不思議そうな顔をして話を続けた。
「ま、女の子のほうは紡績工場や陶器工場で容赦なくこき使われるけどね。とくに紡績工場じゃあ、糸が絡まったり切れたりすると、幼い少女が機械のわずかなすき間から潜り込んで修理をさせられる。うるさいし暗いし窒息しそうで、つらい仕事さ。
でも、炭坑の石炭掘りよりましかな。『手押し車少年』は身の毛もよだつほどの重労働だからね……」
「ピーター、きみもそんなたいへんな仕事をしてきたのかい」
「いいや……、ぼくはふつうの家で育った。町医者の息子だったから、裕福とは言えなかったけどね。でもある日両親が事故で死んでしまって、それで一巻の終わりさ。会ったこともない親戚っていう連中に『養育院』に送り込まれて……、ぼくはそこに耐えきれなくて『オリヴァー・ツイスト』のオリヴァーのようにこの街に来たっていうわけさ」
ピーターは子供たちからの報告を待っているあいだ、このイースト・エンドという町の悲惨な現状をセイたちに語った。それは10歳かそこらにしか見えないピーターの口から紡ぎだされるには、あまりにもむごく、しかも救いようのないものばかりだった。
この街で乳幼児はいとも簡単に命を落としたが、家族は我が子を埋葬することができなかった。そのため遺体はおなじ狭い部屋に安置される。場所がないので食器棚やテーブルの上に置きっぱなしにされる。やがて腐敗しはじめるとその強烈な臭いと、遺体にたかる虫が部屋いっぱいにひろがるが、それでも家族はそのまま遺体と暮らす。そのうちに近所から苦情がはいると、やっと赤ん坊を埋葬できる土地の一角を斡旋してもらえる。
この家の住人は赤子を埋葬できないほど貧しいのだという理由で——。
貧乏人の窮乏が世間に知られてくると、彼らのための保護施設『救貧院』が各所に設立された。だが、まずい食事に、厳しい説教、退屈で過酷な強制労働、やかましい生活規則を強いられた。
ここではスラムの住人が唯一手にしていた『自由』すら、はぎ取られた。
そのため、どんなにどん底に陥ろうと、だれもこの『救貧院』を頼ろうとしなかった。
そこはスラムの末路だった。
動けなくなった老人か病人だけが、最後にいきつく場所と言われた——。
役人はこの街の住人をまともな人間として取り合おうとしなかった。
ある老婆が床ずれによる敗血症が原因で死んだとき、役人たちはその死因をしたり顔でこうくだした。
自己怠慢——。
それがイーストエンドの人間の価値だった。
ピーターは当たり前のようにそう言ったが、だれもがことばをうしなっていた。
だれもなにも言わないので、ピーターは不思議そうな顔をして話を続けた。
「ま、女の子のほうは紡績工場や陶器工場で容赦なくこき使われるけどね。とくに紡績工場じゃあ、糸が絡まったり切れたりすると、幼い少女が機械のわずかなすき間から潜り込んで修理をさせられる。うるさいし暗いし窒息しそうで、つらい仕事さ。
でも、炭坑の石炭掘りよりましかな。『手押し車少年』は身の毛もよだつほどの重労働だからね……」
「ピーター、きみもそんなたいへんな仕事をしてきたのかい」
「いいや……、ぼくはふつうの家で育った。町医者の息子だったから、裕福とは言えなかったけどね。でもある日両親が事故で死んでしまって、それで一巻の終わりさ。会ったこともない親戚っていう連中に『養育院』に送り込まれて……、ぼくはそこに耐えきれなくて『オリヴァー・ツイスト』のオリヴァーのようにこの街に来たっていうわけさ」
ピーターは子供たちからの報告を待っているあいだ、このイースト・エンドという町の悲惨な現状をセイたちに語った。それは10歳かそこらにしか見えないピーターの口から紡ぎだされるには、あまりにもむごく、しかも救いようのないものばかりだった。
この街で乳幼児はいとも簡単に命を落としたが、家族は我が子を埋葬することができなかった。そのため遺体はおなじ狭い部屋に安置される。場所がないので食器棚やテーブルの上に置きっぱなしにされる。やがて腐敗しはじめるとその強烈な臭いと、遺体にたかる虫が部屋いっぱいにひろがるが、それでも家族はそのまま遺体と暮らす。そのうちに近所から苦情がはいると、やっと赤ん坊を埋葬できる土地の一角を斡旋してもらえる。
この家の住人は赤子を埋葬できないほど貧しいのだという理由で——。
貧乏人の窮乏が世間に知られてくると、彼らのための保護施設『救貧院』が各所に設立された。だが、まずい食事に、厳しい説教、退屈で過酷な強制労働、やかましい生活規則を強いられた。
ここではスラムの住人が唯一手にしていた『自由』すら、はぎ取られた。
そのため、どんなにどん底に陥ろうと、だれもこの『救貧院』を頼ろうとしなかった。
そこはスラムの末路だった。
動けなくなった老人か病人だけが、最後にいきつく場所と言われた——。
役人はこの街の住人をまともな人間として取り合おうとしなかった。
ある老婆が床ずれによる敗血症が原因で死んだとき、役人たちはその死因をしたり顔でこうくだした。
自己怠慢——。
それがイーストエンドの人間の価値だった。
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