ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜

第1話 1888年 ロード・メイヤーズ・ショー

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 1888年、ヴィクトリア朝時代末期のロンドン——。

「ホワイトヘッド卿、そろそろお時間です」
 係の者が頭をさげてそう告げた。
 ジェームズ・ホワイトヘッド卿は市長公邸の控えの間で、これから執り行われる儀式の準備に余念がなかった。彼はこの日のために新たに仕立てた礼服の上に、シティ市長ロード・メイヤーの証しである白線と黒の縁取りをした深紅のローブを羽織り、胸には重々しい勲章をぶら下げていた。
 ホワイトヘッド卿が不満げに鼻を鳴らした。



「ふむ、シティ市長ロード・メイヤーと呼んでもらいたいものだね」
「あぁ、申し訳ございません。シティ市長ロード・メイヤー
「いい。ところでヴィクトリア女王の皇太子プリンス・オブ・ウェールズの生誕記念日の式典のほうは滞りなく進んでいるようなのかね」
「おそらく、そろそろロンドン塔から祝砲があがるかと……」
「本日は就任式と生誕記念日が重なる、二重にめでたい日だ……」
「ですが、市長の就任式のほうが豪華です。朝から市民たちも大勢沿道に集まっておりますよ」
「まぁ、そうだろう。12世紀から受け継がれている名誉ある職なのだからね」
 彼は満足そうにそう言い放つと、アングロ・サクソン時代から伝えられた由緒あるシティの黄金の職杖メイスのヘッドをぎゅっと握りしめた。

 ロード・メイヤーと呼ばれるシティ市長は、国際金融市場の責任者として、政界・財界トップの来訪に応対する一年任期の名誉職であった。だが、その就任式は『ロード・メイヤーズ・ショー』と呼ばれる、長い歴史のある古式ゆかしきものだった。




 グリーンヤードにあるシティ厩舎きゅうしゃでは、市長の乗る馬車の飾り立てや点検に余念がなかった。『ロード・メイヤーズ・コーチ』と呼ばれる馬車は外装を金箔で装飾されたバロック風の豪華なもので 六頭の馬がこれをひいた。御者は褐色の制服を着た数人の兵隊が先導した。市長の金ぴかの馬車のうしろには、伝統衣装に身を包んだギルド関係者や音楽隊、軍隊関係者など、通り過ぎるのに一時間もかかることもあるほどの列が続いた。
 それはすべてに贅美ぜいびをこらした豪華絢爛ごうかけんらんな行列だった。
 この『ロード・メイヤーズ・ショー』をひと目でも見ようと、大勢の市民が朝から街路に詰めかけていた。
 ただその日の準備は朝からあわただしかった。前夜に雨が降って道路がぬかるんだせいで、夜明けから道路清掃労働者が駆り出され、ヴィクトリア・エンバンクメント沿いの通路に砂利を敷き詰め、パレードの進行に支障をきたさないよう大わらわだった。
 さらにこの日はヴィクトリア女王の皇太子プリンス・オブ・ウェールズの生誕記念日でもあったため、ロンドン塔からの号砲を合図に近衛奇兵隊の行進があることになっていた。


 パレードはロード・メイヤー官邸である『マンション・ハウス』から出発した。ここから『セント・ポール大聖堂』の前を通って、市長の認証を受けるため『王立裁判所』へ向かい、ちがう道筋でふたたび官邸へ戻ってくることになる。
 沿道は群衆でびっしりと埋め尽くされていたが、ブルーの制服に身を固めた警官が、大勢の見物の群衆を背にして厳重な警戒をしいていた。



 この日、このパレードを利用して、社会主義者たちが暴動を起こすとの情報がはいっていたからである。
 パレードが『セント・ポール大聖堂』からフリート・ストリートへ進んでいくと、沿道の人々の数も増え、熱狂が高まってきた。
 行列が一時停車する。
 ストリートに面したビルのバルコニーやベランダから見物していた貴紳階級の人々が、市長の就任を祝って銀貨や銅貨を投げ落としはじめた。朝から場所とりをしていた群衆たちが、我先に道路に飛び出してそれを拾う。
 その騒動が収まるまで、馬車の窓からからだを乗り出してホワイトヘッド卿は、祝福を与えてくれた貴族たちに帽子をふってこたえていた。
 しばらくしてパレードが『王立裁判所』にむけてふたたび動き始めた。
 その時、沿道を埋め尽くした群衆の背後から、突如として少年たちの声が聞こえてきた。

「ミラーズ・コートで人殺し!。またあたらしい犠牲者がでたよ!」
 切れ切れに聞こえてくる声は、夕刊売りの少年たちのものだった。

「切り裂きジャック、五人目の犠牲者がでたよぉ!!」




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ロード・メイヤーズ・ショーのジェームズ・ホワイトヘッド卿
の写真はその日の実際の出で立ち

ロード・メイヤーズ・コーチ
現代の風景だが、1757年製のコーチは現在まで継承して使用中


1888 ホワイトヘッド卿のロード・メイヤーズ・ショー
実際の1888年のショーを描いた絵
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