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ダイブ5 コンスタンティノープル陥落の巻 〜 ヴラド・ツェペッシュ編 〜
第23話 平和な未来。うらやましいものです
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「ストイカさん、怒らないで。わたしたちは平和な未来から来たから、この時代のあなたたちの大変さがわからないの」
背後からマリアがあっけらかんとした口調で、詫びのことばを投げかけた。
ストイカがくるりとふりむく。にこやかな、じつににこやかな笑みを顔いっぱいにはりつけていた。
「そうですか、平和な未来。うらやましいものです」
レオンはゾッとした。にこやかな笑みは煮えたぎる負の感情の上を糊塗するように、むりやり貼りつけられたものだ。
ヴラド二世はその場にひれ伏してしまいそうな、本物の狂気で近くにいるものを圧倒していく迫力があった。だが、このストイカという臣下は、常識人づらをした狂人だ。
ヴラド二世に心酔するあまり、まがい物の狂気をまるで正常であるかのように信じている。
レオンはそう感じた——。
そのとき、ノアがふらふらと右手の牢のほうへ向かうのが見えた。歩いているというより、なにかに惹きつけられているというようにしか見えない。
レオンはノアがなにかのシグナルをキャッチしたのだと、すぐにわかった。
「ノア、わかったのか?」
そう呼びかけると、ノアがなにかに取り憑かれたような虚ろな目をこちらにむけた。
「なにかを感じるんだよぉぉ」
ロルフがノアに確認した。
「なにか?。それは要引揚者の未練の感情かね?」
「ちがう。なにか絶望のような負の感情……」
「なに言ってるの、ノア。この牢に入れられているひとはみんな絶望しかないでしょ」
マリアが平然と揶揄してきたが、ノアはまじめにそれに答えた。
「マリア。ちがうんだよぉぉ。こっちが息苦しくなるほど重たい、絶望のさらに奥底にあるような……、そんな……」
ノアはそう良いながら、ふらふらと牢獄に近づいていった。
すぐにその近くを警備していた牢番がノアの前に立ちふさがる。が、背後でストイカがジェスチャーで命じてノアを牢屋の前に通させた。牢番はすぐに両側に退いて正面の場所をあけた。レオンたちもあとに続く。
中には仕立てのよい服を着た人々がいた。
すでに真っ黒に汚れていて、ぼろぼろに破れたりしていたが、元のきれいだった頃の装飾やデザインは見てとることはできた。兵士や平民が着ているものとは、一線を画す豪華なものなのはまちがいなかった。
だが、そこにいるのは女性や老人ばかりで、なかに子供もいるようだった。
「このひとたちは誰です?」
レオンはうす暗い室内を目をこらしたまま、ストイカのほうを振り向きもせず尋ねた。
「貴族たちです。商売のためにイスラム教に改宗して祖国やキリスト教国を裏切り、不当な方法で蓄財してきた者……、その家族です」
「家族?。なぜ家族が……」
「家長の罪は家族の、一族郎党の罪です。男手が足りないので、男どもはポイエリ城の再建のために働いてもらっています。力仕事のできない女子供や老人には、別の役割を与えるしかありません」
レオンはなかにいる人々に目をむけた。そこにいる人々にはすでに表情らしい表情は消えうせていた。女性はおんならしさは抜け落ち、老人は生気をうしなっていた。
絶望が人間らしさのさいごの一欠片も、押し潰してしまったのかもしれない。
背後からマリアがあっけらかんとした口調で、詫びのことばを投げかけた。
ストイカがくるりとふりむく。にこやかな、じつににこやかな笑みを顔いっぱいにはりつけていた。
「そうですか、平和な未来。うらやましいものです」
レオンはゾッとした。にこやかな笑みは煮えたぎる負の感情の上を糊塗するように、むりやり貼りつけられたものだ。
ヴラド二世はその場にひれ伏してしまいそうな、本物の狂気で近くにいるものを圧倒していく迫力があった。だが、このストイカという臣下は、常識人づらをした狂人だ。
ヴラド二世に心酔するあまり、まがい物の狂気をまるで正常であるかのように信じている。
レオンはそう感じた——。
そのとき、ノアがふらふらと右手の牢のほうへ向かうのが見えた。歩いているというより、なにかに惹きつけられているというようにしか見えない。
レオンはノアがなにかのシグナルをキャッチしたのだと、すぐにわかった。
「ノア、わかったのか?」
そう呼びかけると、ノアがなにかに取り憑かれたような虚ろな目をこちらにむけた。
「なにかを感じるんだよぉぉ」
ロルフがノアに確認した。
「なにか?。それは要引揚者の未練の感情かね?」
「ちがう。なにか絶望のような負の感情……」
「なに言ってるの、ノア。この牢に入れられているひとはみんな絶望しかないでしょ」
マリアが平然と揶揄してきたが、ノアはまじめにそれに答えた。
「マリア。ちがうんだよぉぉ。こっちが息苦しくなるほど重たい、絶望のさらに奥底にあるような……、そんな……」
ノアはそう良いながら、ふらふらと牢獄に近づいていった。
すぐにその近くを警備していた牢番がノアの前に立ちふさがる。が、背後でストイカがジェスチャーで命じてノアを牢屋の前に通させた。牢番はすぐに両側に退いて正面の場所をあけた。レオンたちもあとに続く。
中には仕立てのよい服を着た人々がいた。
すでに真っ黒に汚れていて、ぼろぼろに破れたりしていたが、元のきれいだった頃の装飾やデザインは見てとることはできた。兵士や平民が着ているものとは、一線を画す豪華なものなのはまちがいなかった。
だが、そこにいるのは女性や老人ばかりで、なかに子供もいるようだった。
「このひとたちは誰です?」
レオンはうす暗い室内を目をこらしたまま、ストイカのほうを振り向きもせず尋ねた。
「貴族たちです。商売のためにイスラム教に改宗して祖国やキリスト教国を裏切り、不当な方法で蓄財してきた者……、その家族です」
「家族?。なぜ家族が……」
「家長の罪は家族の、一族郎党の罪です。男手が足りないので、男どもはポイエリ城の再建のために働いてもらっています。力仕事のできない女子供や老人には、別の役割を与えるしかありません」
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