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ダイブ5 コンスタンティノープル陥落の巻 〜 ヴラド・ツェペッシュ編 〜
第8話 楽しみにしてるわよ。ドラキュラ(ドラゴンの子)
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キリスト教徒にとっての、聖地を奪取されてしまったことで、ヨーロッパは西方公教会のハンガリーを、トルコからの最終防衛ラインとすることで、神聖ローマ帝国への攻撃を防ぐことにした。
だが『東方正教会』を信じるバルカン諸国モルドヴァ公国やワラキア公国などは緩衝地域の役割を押しつけられたため、両陣営からの干渉を絶えず受け続けることとなった。
背後のハンガリーからはヨーロッパの同盟国としての忠誠を誓わされ、トルコへの寝返りがないかを常に見張られた。
トルコからは法外な貢納金や人質を要求され、国内の経済は逼迫した。
その外圧にさらされるなかで、ワラキア国内では地主貴族が封建的特権を盾に、好き勝手にふるまっていた。
公への納税免除、所領での裁判権、租税徴収、不平等な商取引による専売などの優遇措置を持ち、政へ参加すれば、公室評議会(国会)での要職を占有し続けた。地主貴族のなかには着服した主税によって、国の軍隊よりも練度の高い私設軍隊まで抱えており、君主に匹敵するほどの権勢を手にしていた。
この国の『王』はその正統な血筋でのみ値踏みされ、国のお飾りとして地主貴族の言うことに唯々諾々と従うしかなかった。評議会の意に沿わない者はすぐにとって代わられた。
ワラキアでは百年のあいだで32人、実に3年に一度君主が入れ替わっていた。
ヴラドの父も暗殺によってその座を追われたひとりだった——。
ヴラド三世が即位した時、正面にはイスラム教への改宗を迫り金品や人質を要求するオスマン=トルコ。背後には背信の疑いを監視しつづけるハンガリー。そして国内には王の権威も力も金も凌駕し、我が物顔でふるまう地主貴族たちの圧力があった。
それがこの国、ワラキアという国の日常だった。
そこまでざっと把握したところで、マリアのスマートフォンのタイマーが時間を告げた。
「まぁ、もう時間切れ」
マリアは読んでいた本をバタンと閉じると、その本の表紙に目をむけた。
そこにヴラド三世の肖像画が描かれていた。
神経質そうな逆三角形の顔立ちに、猜疑あふれる目、そして不屈を感じさせる口元。その上には鼻の下を横一線に横断する立派なカイゼル髭がある。
肖像画からでさえ、この男の不敵さがかいま見える、とマリアは感じた。
「これだけの逆境を一気にひっくり返したっていうわけね。さすがドラキュラ(ドラクル)」
マリアはじっと肖像画を見ながら呟いた。
「楽しみにしてるわよ、おじさま」
だが『東方正教会』を信じるバルカン諸国モルドヴァ公国やワラキア公国などは緩衝地域の役割を押しつけられたため、両陣営からの干渉を絶えず受け続けることとなった。
背後のハンガリーからはヨーロッパの同盟国としての忠誠を誓わされ、トルコへの寝返りがないかを常に見張られた。
トルコからは法外な貢納金や人質を要求され、国内の経済は逼迫した。
その外圧にさらされるなかで、ワラキア国内では地主貴族が封建的特権を盾に、好き勝手にふるまっていた。
公への納税免除、所領での裁判権、租税徴収、不平等な商取引による専売などの優遇措置を持ち、政へ参加すれば、公室評議会(国会)での要職を占有し続けた。地主貴族のなかには着服した主税によって、国の軍隊よりも練度の高い私設軍隊まで抱えており、君主に匹敵するほどの権勢を手にしていた。
この国の『王』はその正統な血筋でのみ値踏みされ、国のお飾りとして地主貴族の言うことに唯々諾々と従うしかなかった。評議会の意に沿わない者はすぐにとって代わられた。
ワラキアでは百年のあいだで32人、実に3年に一度君主が入れ替わっていた。
ヴラドの父も暗殺によってその座を追われたひとりだった——。
ヴラド三世が即位した時、正面にはイスラム教への改宗を迫り金品や人質を要求するオスマン=トルコ。背後には背信の疑いを監視しつづけるハンガリー。そして国内には王の権威も力も金も凌駕し、我が物顔でふるまう地主貴族たちの圧力があった。
それがこの国、ワラキアという国の日常だった。
そこまでざっと把握したところで、マリアのスマートフォンのタイマーが時間を告げた。
「まぁ、もう時間切れ」
マリアは読んでいた本をバタンと閉じると、その本の表紙に目をむけた。
そこにヴラド三世の肖像画が描かれていた。
神経質そうな逆三角形の顔立ちに、猜疑あふれる目、そして不屈を感じさせる口元。その上には鼻の下を横一線に横断する立派なカイゼル髭がある。
肖像画からでさえ、この男の不敵さがかいま見える、とマリアは感じた。
「これだけの逆境を一気にひっくり返したっていうわけね。さすがドラキュラ(ドラクル)」
マリアはじっと肖像画を見ながら呟いた。
「楽しみにしてるわよ、おじさま」
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