353 / 935
ダイブ5 コンスタンティノープル陥落の巻 〜 ヴラド・ツェペッシュ編 〜
第1話 ワラキアの首都トゥルゴヴィシュテ郊外……
しおりを挟む
これは、マリア・トラップの物語——。
まだ日本に来る前、エヴァと出会う前のドイツ時代のお話。
「ダイバーズ・オブ・ゴッド / マリア・アーリーイヤー」
1462年 6月——。
ルーマニア南部、ワラキアの首都トゥルゴヴィシュテをめざす一台の馬車が、真夜中の街道を走っていた。街道と言っても周りは鬱蒼とした木に囲まれており、森の中を走り抜けているといってよかった。
この夜は月も雲に隠れ、あたりは漆黒の闇に包まれている。御者台にぶら下げられ、弱々しい灯をともすランプが、頼りない行き先案内の共だった。
「本当にこっちでいいんだよな?」
馬車を御していたレオン・ウォルフが、隣に座っているノア・ツイマーマンに向かって言った。
「レオンさん、心配ないですってぇ。あとすこしでこの森を抜けますからぁ」
ノアはレオンのほうに目を向けることもなく答えた。
「そうか。さすがにツヴァイザムカイトっていうのも飽きてきたからな」
「そうですか?、レオンさん。ぼくはレオンさんとふたりっきりでダイブできて光栄ですよぉ。だってぼくってレオンさんに憧れて、この大学を選んだんですからねぇ」
「ふ、さすが特待生だな。先輩に取り入るのもうまい」
「勘弁してくださいよぉぉ。そんなんじゃないですってぇ」
「わかってるさ。でもお目当ては天才、ロルフ・ギュンター教授……だろ?」
そう指摘をすると、図星だったのかノアはすこしばつが悪そうな顔で答えた。
「えぇ、まぁ……。あのひと……、あの天才ダイバーはだれもが憧れるひとですからぁ。あのひとは別格ですよぉ……」
「だな」
名物教授の名前を出されはしたものの、彼と同列に語られて、レオンはわるい気はしなかった。レオンはノアを横目で観察した。
ノア・ツイマーマンはドイツでも名門の神学校の出身で、15歳から『ダイバーズ・オブ・ゴッド』として活躍していたと聞いていた。そのずば抜けた能力で『特待生』として入学してきたが、子供っぽい髪形と細面の顔立ちも手伝ってか、とても成人しているようにはみえなかった。(カトリックの宗教上の成年も、ドイツの法律上の成年も18歳)。
なんでもかんでも大袈裟に騒ぎすぎて、少々うるさいのが欠点だったが、ほかにない能力の持主だと評判だった。
自分とは真逆だ——。
レオンは一学年上の2年生で20歳になったばかりだったが、いつもそれより年上にみられた。リーダー的気質に加えて、宗教心や責任感の強さが顔にでているのだろう。つい最近、新入生に先生と間違われたほどだった。
だが、能力は……、唯一無二の能力とは言いがたかった。
たしかにずば抜けていると言われているし、自分でもそれに自信はあった。だが、天才ロルフ・ギュンターの前では見劣りする。彼がいるかぎり、自分はドイツで二番目のダイバーでしかない……。
「ノア、今回のダイブで何回目だ?」
「今回で8回目のダイブですよ」
「そうか、まぁ、まずまずだな」
「レオンさんは20回近く潜ってるって聞いてますよぉ……」
「ああ、その通りさ」
「だったら、大安心ですね。今回のダイブは」
「安心?。あぁ……」
そう言われてレオンはうしろの荷台のほうを振り向いた。それに気づいてノアがため息をついた。
「あぁ、今回はお荷物があったのですよねぇ。ツヴァイザムカイトじゃなかったぁ」
「ノア、そういうな。学長からの命令だ。せいぜい作戦に関わらせないようにして、無事に現世に返すだけさ」
「レオンさん、そうは言っても女の子ですよぉ。ぜったい足引っぱられるフラグ立ってますってぇ」
ノアが恨めしそうな目でうしろの荷台に目をくれた。レオンもその視線をたどるようにしてもう一度荷台のほうを見た。
荷台には少女が座っていた。
彼女は荷台の側面に背中をつけて、胸の前で腕組みをして顔を伏せている。馬車の揺れにゆさぶられるがままの中で、眠っているようだった。
「しかたないだろう、ノア。なにせ、アッヘンヴァル学長の姪っ子だからな」
「ぼくって、噂、聞いたことありますぅ。たしか父親は外交官をやってるけどぉ、それだって義理の姉のアッヘンヴァル学長の力でなれたってぇ……」
「あぁ、知ってる。だが、あの子はドイツ国内の『ダイバーズ・オブ・ゴッド』のなかでもかなりの手練れだという噂もある……」
「レオンさん、どうせただの噂ですよぉ。ついこの間、グランドシューレ(小学校)を出て、ギムナジウム(エリートコース)に入ったばかりなんですよぉ」
「あぁ、12歳と聞いているよ」
「12歳のお嬢ちゃんになにができるっていうんですぅ?」
「わからん……」
そう言いながら、レオンは荷台で眠る女の子をじっと見つめた。
マリア・フォン・トラップ——。
------------------------------------------------------------
※次話からの4話分のオープニング・シークエンスには残酷なシーンが書かれていますので心臓の弱い方はご注意ください。
まだ日本に来る前、エヴァと出会う前のドイツ時代のお話。
「ダイバーズ・オブ・ゴッド / マリア・アーリーイヤー」
1462年 6月——。
ルーマニア南部、ワラキアの首都トゥルゴヴィシュテをめざす一台の馬車が、真夜中の街道を走っていた。街道と言っても周りは鬱蒼とした木に囲まれており、森の中を走り抜けているといってよかった。
この夜は月も雲に隠れ、あたりは漆黒の闇に包まれている。御者台にぶら下げられ、弱々しい灯をともすランプが、頼りない行き先案内の共だった。
「本当にこっちでいいんだよな?」
馬車を御していたレオン・ウォルフが、隣に座っているノア・ツイマーマンに向かって言った。
「レオンさん、心配ないですってぇ。あとすこしでこの森を抜けますからぁ」
ノアはレオンのほうに目を向けることもなく答えた。
「そうか。さすがにツヴァイザムカイトっていうのも飽きてきたからな」
「そうですか?、レオンさん。ぼくはレオンさんとふたりっきりでダイブできて光栄ですよぉ。だってぼくってレオンさんに憧れて、この大学を選んだんですからねぇ」
「ふ、さすが特待生だな。先輩に取り入るのもうまい」
「勘弁してくださいよぉぉ。そんなんじゃないですってぇ」
「わかってるさ。でもお目当ては天才、ロルフ・ギュンター教授……だろ?」
そう指摘をすると、図星だったのかノアはすこしばつが悪そうな顔で答えた。
「えぇ、まぁ……。あのひと……、あの天才ダイバーはだれもが憧れるひとですからぁ。あのひとは別格ですよぉ……」
「だな」
名物教授の名前を出されはしたものの、彼と同列に語られて、レオンはわるい気はしなかった。レオンはノアを横目で観察した。
ノア・ツイマーマンはドイツでも名門の神学校の出身で、15歳から『ダイバーズ・オブ・ゴッド』として活躍していたと聞いていた。そのずば抜けた能力で『特待生』として入学してきたが、子供っぽい髪形と細面の顔立ちも手伝ってか、とても成人しているようにはみえなかった。(カトリックの宗教上の成年も、ドイツの法律上の成年も18歳)。
なんでもかんでも大袈裟に騒ぎすぎて、少々うるさいのが欠点だったが、ほかにない能力の持主だと評判だった。
自分とは真逆だ——。
レオンは一学年上の2年生で20歳になったばかりだったが、いつもそれより年上にみられた。リーダー的気質に加えて、宗教心や責任感の強さが顔にでているのだろう。つい最近、新入生に先生と間違われたほどだった。
だが、能力は……、唯一無二の能力とは言いがたかった。
たしかにずば抜けていると言われているし、自分でもそれに自信はあった。だが、天才ロルフ・ギュンターの前では見劣りする。彼がいるかぎり、自分はドイツで二番目のダイバーでしかない……。
「ノア、今回のダイブで何回目だ?」
「今回で8回目のダイブですよ」
「そうか、まぁ、まずまずだな」
「レオンさんは20回近く潜ってるって聞いてますよぉ……」
「ああ、その通りさ」
「だったら、大安心ですね。今回のダイブは」
「安心?。あぁ……」
そう言われてレオンはうしろの荷台のほうを振り向いた。それに気づいてノアがため息をついた。
「あぁ、今回はお荷物があったのですよねぇ。ツヴァイザムカイトじゃなかったぁ」
「ノア、そういうな。学長からの命令だ。せいぜい作戦に関わらせないようにして、無事に現世に返すだけさ」
「レオンさん、そうは言っても女の子ですよぉ。ぜったい足引っぱられるフラグ立ってますってぇ」
ノアが恨めしそうな目でうしろの荷台に目をくれた。レオンもその視線をたどるようにしてもう一度荷台のほうを見た。
荷台には少女が座っていた。
彼女は荷台の側面に背中をつけて、胸の前で腕組みをして顔を伏せている。馬車の揺れにゆさぶられるがままの中で、眠っているようだった。
「しかたないだろう、ノア。なにせ、アッヘンヴァル学長の姪っ子だからな」
「ぼくって、噂、聞いたことありますぅ。たしか父親は外交官をやってるけどぉ、それだって義理の姉のアッヘンヴァル学長の力でなれたってぇ……」
「あぁ、知ってる。だが、あの子はドイツ国内の『ダイバーズ・オブ・ゴッド』のなかでもかなりの手練れだという噂もある……」
「レオンさん、どうせただの噂ですよぉ。ついこの間、グランドシューレ(小学校)を出て、ギムナジウム(エリートコース)に入ったばかりなんですよぉ」
「あぁ、12歳と聞いているよ」
「12歳のお嬢ちゃんになにができるっていうんですぅ?」
「わからん……」
そう言いながら、レオンは荷台で眠る女の子をじっと見つめた。
マリア・フォン・トラップ——。
------------------------------------------------------------
※次話からの4話分のオープニング・シークエンスには残酷なシーンが書かれていますので心臓の弱い方はご注意ください。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる