ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ5 コンスタンティノープル陥落の巻 〜 ヴラド・ツェペッシュ編 〜

第1話 ワラキアの首都トゥルゴヴィシュテ郊外……

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 これは、マリア・トラップの物語——。
 まだ日本に来る前、エヴァと出会う前のドイツ時代のお話。

「ダイバーズ・オブ・ゴッド / マリア・アーリーイヤー」

 

 1462年 6月——。

 ルーマニア南部、ワラキアの首都トゥルゴヴィシュテをめざす一台の馬車が、真夜中の街道を走っていた。街道と言っても周りは鬱蒼うっそうとした木に囲まれており、森の中を走り抜けているといってよかった。
 この夜は月も雲に隠れ、あたりは漆黒の闇に包まれている。御者台にぶら下げられ、弱々しい灯をともすランプが、頼りない行き先案内の共だった。

「本当にこっちでいいんだよな?」
 馬車を御していたレオン・ウォルフが、隣に座っているノア・ツイマーマンに向かって言った。
「レオンさん、心配ないですってぇ。あとすこしでこの森を抜けますからぁ」
 ノアはレオンのほうに目を向けることもなく答えた。
「そうか。さすがにツヴァイザムカイトZweisamkeit(ふたりっきり)っていうのも飽きてきたからな」
「そうですか?、レオンさん。ぼくはレオンさんとふたりっきりでダイブできて光栄ですよぉ。だってぼくってレオンさんに憧れて、この大学を選んだんですからねぇ」
「ふ、さすが特待生だな。先輩に取り入るのもうまい」
「勘弁してくださいよぉぉ。そんなんじゃないですってぇ」
「わかってるさ。でもお目当ては天才、ロルフ・ギュンター教授……だろ?」
 そう指摘をすると、図星だったのかノアはすこしばつが悪そうな顔で答えた。
「えぇ、まぁ……。あのひと……、あの天才ダイバーはだれもが憧れるひとですからぁ。あのひとは別格ですよぉ……」
「だな」

 名物教授の名前を出されはしたものの、彼と同列に語られて、レオンはわるい気はしなかった。レオンはノアを横目で観察した。
 ノア・ツイマーマンはドイツでも名門の神学校の出身で、15歳から『ダイバーズ・オブ・ゴッド』として活躍していたと聞いていた。そのずば抜けた能力で『特待生』として入学してきたが、子供っぽい髪形と細面の顔立ちも手伝ってか、とても成人しているようにはみえなかった。(カトリックの宗教上の成年も、ドイツの法律上の成年も18歳)。
 なんでもかんでも大袈裟に騒ぎすぎて、少々うるさいのが欠点だったが、ほかにない能力の持主だと評判だった。

 自分とは真逆だ——。
 レオンは一学年上の2年生で20歳になったばかりだったが、いつもそれより年上にみられた。リーダー的気質に加えて、宗教心や責任感の強さが顔にでているのだろう。つい最近、新入生に先生と間違われたほどだった。
 だが、能力は……、唯一無二の能力とは言いがたかった。
 たしかにずば抜けていると言われているし、自分でもそれに自信はあった。だが、天才ロルフ・ギュンターの前では見劣りする。彼がいるかぎり、自分はドイツで二番目のダイバーでしかない……。

「ノア、今回のダイブで何回目だ?」
「今回で8回目のダイブですよ」
「そうか、まぁ、まずまずだな」
「レオンさんは20回近く潜ってるって聞いてますよぉ……」
「ああ、その通りさ」
「だったら、大安心ですね。今回のダイブは」
「安心?。あぁ……」
 そう言われてレオンはうしろの荷台のほうを振り向いた。それに気づいてノアがため息をついた。
「あぁ、今回はお荷物があったのですよねぇ。ツヴァイザムカイトZweisamkeit(ふたりっきり)じゃなかったぁ」
「ノア、そういうな。学長からの命令だ。せいぜい作戦に関わらせないようにして、無事に現世に返すだけさ」
「レオンさん、そうは言っても女の子ですよぉ。ぜったい足引っぱられるフラグ立ってますってぇ」
 ノアが恨めしそうな目でうしろの荷台に目をくれた。レオンもその視線をたどるようにしてもう一度荷台のほうを見た。
 荷台には少女が座っていた。
 彼女は荷台の側面に背中をつけて、胸の前で腕組みをして顔を伏せている。馬車の揺れにゆさぶられるがままの中で、眠っているようだった。 
「しかたないだろう、ノア。なにせ、アッヘンヴァル学長の姪っ子だからな」
「ぼくって、噂、聞いたことありますぅ。たしか父親は外交官をやってるけどぉ、それだって義理の姉のアッヘンヴァル学長の力でなれたってぇ……」
「あぁ、知ってる。だが、あの子はドイツ国内の『ダイバーズ・オブ・ゴッド』のなかでもかなりの手練れだという噂もある……」
「レオンさん、どうせただの噂ですよぉ。ついこの間、グランドシューレ(小学校)を出て、ギムナジウム(エリートコース)に入ったばかりなんですよぉ」
「あぁ、12歳と聞いているよ」
「12歳のお嬢ちゃんになにができるっていうんですぅ?」
「わからん……」
 そう言いながら、レオンは荷台で眠る女の子をじっと見つめた。


 マリア・フォン・トラップ——。

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※次話からの4話分のオープニング・シークエンスには残酷なシーンが書かれていますので心臓の弱い方はご注意ください。
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