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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第227話 ソクラテス・メソッド
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「そうか……。わたしが未来に残せたのは、治療法だけではなかったのだな……。嬉しい話……だ」
ヒポクラテスはすこしだけ喉を詰まらせながら、それだけ言った。
ヒポクラテスの胸中にどのような思いが去来したのか、スピロにはまったく想像もつかない。だが自分自身をもっとも厳しく戒めてきた者だからこそ、味わえる万感の思いにちがいない。
「ヒポクラテス、そなたはオリンピックの優勝者以上の栄光を……、数千年先までも残る名前を残したのじゃな」
ソクラテスがヒポクラテスの背中に手をやりながら言った。その顔は嬉しさに皺くちゃになり、その目は涙に潤んでいた。
「おお、ソクラテス。わたしはこんな嬉しい日はない」
スピロはソクラテスにも声をかけた。
「ソクラテス様。わたくしはあなたにもひどい侮蔑をいたしました。お許しください」
「おいおい、ソクラテスにもかぁ。スピロ、おまえ、オレより口がわるいんじゃないか」
謝意をしめしたスピロを、おもわずマリアが揶揄する。
「実はソクラテス様はヒポクラテス様に劣らぬほどのものを後世に残されております。それは主に『法学』と『心理学』に多大な影響を与えています」
ソクラテスは顔色ひとつ変えなかった。
「未来の法学では法学教育に『ソクラテス・メソッド』と呼ばれる学習が取り入れられいます。次々と質問と反論を繰り返し結論を導くという過酷な訓練です」
「そんなもんかね。それに、『法学』……とは実に意味深ではないかね」
ソクラテスは『法』によって自分の命が絶たれることをみずから皮肉ってみせた。
「ですが、ソクラテス様は心理学への貢献はそんなものではありません。あなたが研究された『精神』の存在は現在の心理学への扉をひらき、ひとびとに問いかけた『倫理』と『道徳』は心理学が扱う複数の側面を示してくれました。先日お話しましたフロイト、ユングと並んで『心理学の三大巨頭』とされるアルフレッド・アドラーは自身の『アドラー精神療法』で『ソクラテス式問答法』を用いています。そしてそれはその後の『認知療法』、『現実療法』へと受け継がれ、今にいたっています」
「なんと、ソクラテスの問答が、こころの医術に貢献しているとは……」
ヒポクラテスが驚きと喜びに顔を輝かせた。
だが、ソクラテスは鼻をならしただけだった。その程度では満足しないらしい。しかたなくスピロは続けた。
「ソクラテス様、あなたは後世の人々から、どのような評価を受けているかご存知ですか?」
「スピロどの、そなたが申したとおり、それなりに名を残しているのはわかった。じゃが、弟子のプラトンに比べると、それほど評価が高いとはいえんな」
「まぁ、ここにいたっても、弟子のことを羨むとは……」
スピロはため息まじりに言った。
「まったく、それが『世界四大聖人』のすることですか……」
ヒポクラテスはすこしだけ喉を詰まらせながら、それだけ言った。
ヒポクラテスの胸中にどのような思いが去来したのか、スピロにはまったく想像もつかない。だが自分自身をもっとも厳しく戒めてきた者だからこそ、味わえる万感の思いにちがいない。
「ヒポクラテス、そなたはオリンピックの優勝者以上の栄光を……、数千年先までも残る名前を残したのじゃな」
ソクラテスがヒポクラテスの背中に手をやりながら言った。その顔は嬉しさに皺くちゃになり、その目は涙に潤んでいた。
「おお、ソクラテス。わたしはこんな嬉しい日はない」
スピロはソクラテスにも声をかけた。
「ソクラテス様。わたくしはあなたにもひどい侮蔑をいたしました。お許しください」
「おいおい、ソクラテスにもかぁ。スピロ、おまえ、オレより口がわるいんじゃないか」
謝意をしめしたスピロを、おもわずマリアが揶揄する。
「実はソクラテス様はヒポクラテス様に劣らぬほどのものを後世に残されております。それは主に『法学』と『心理学』に多大な影響を与えています」
ソクラテスは顔色ひとつ変えなかった。
「未来の法学では法学教育に『ソクラテス・メソッド』と呼ばれる学習が取り入れられいます。次々と質問と反論を繰り返し結論を導くという過酷な訓練です」
「そんなもんかね。それに、『法学』……とは実に意味深ではないかね」
ソクラテスは『法』によって自分の命が絶たれることをみずから皮肉ってみせた。
「ですが、ソクラテス様は心理学への貢献はそんなものではありません。あなたが研究された『精神』の存在は現在の心理学への扉をひらき、ひとびとに問いかけた『倫理』と『道徳』は心理学が扱う複数の側面を示してくれました。先日お話しましたフロイト、ユングと並んで『心理学の三大巨頭』とされるアルフレッド・アドラーは自身の『アドラー精神療法』で『ソクラテス式問答法』を用いています。そしてそれはその後の『認知療法』、『現実療法』へと受け継がれ、今にいたっています」
「なんと、ソクラテスの問答が、こころの医術に貢献しているとは……」
ヒポクラテスが驚きと喜びに顔を輝かせた。
だが、ソクラテスは鼻をならしただけだった。その程度では満足しないらしい。しかたなくスピロは続けた。
「ソクラテス様、あなたは後世の人々から、どのような評価を受けているかご存知ですか?」
「スピロどの、そなたが申したとおり、それなりに名を残しているのはわかった。じゃが、弟子のプラトンに比べると、それほど評価が高いとはいえんな」
「まぁ、ここにいたっても、弟子のことを羨むとは……」
スピロはため息まじりに言った。
「まったく、それが『世界四大聖人』のすることですか……」
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