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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第204話 あんたの弟子はきっと悪魔とのレースに勝つ
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『頼むよ……』
その瞬間、ゾーイを締めつけていたスフィンクスのたてがみの触手が緩んだ。
ゾーイが驚いてふりかえると、そこにルキアノスが立っていた。馬たちを愛し、戦車競争の御者としての矜持と、どんな命令でも従う恭順さを持った老練な業者頭の姿がそこにあった。
「ルキアノスさん……」
だがその姿は一瞬だけだった。すぐにまたスフィンクスの姿に戻ろうとしていた。ルキアノスがそれに抗おうともだえる。牙を食いしばりながら、ルキアノスは手綱を握った。折り返し点のカーブに差しかかる。
ルキアノスは最後の折り返し点を曲がろうとしなかった。それが彼の悪魔へのせめてもの抵抗だとゾーイは感じ取った。ルキアノスの戦車は直進し、レーンをはずれていくと、そのまま何台もの戦車が飛び込んだ東側の観客席へ向かっていった。
『ルキアノスさん、ありがとう。セイは、あんたの弟子はきっと悪魔とのレースに勝つよ。人類代表として』
ゾーイは黙ってその行く末を見守っていたが、セイの戦車が折り返し点を曲がりはじめると、ルキアノスの戦車が見えなくなった。
が、曲がり終えて直線にはいったところで、かなたから衝撃音が聞こえてきた。
その音で、セイの集中力がきれた。
「ゾーイ。ルキアノスは?」
ゾーイはなにも言わずにセイの背中に手をおいて言い聞かせた。
「セイさん。ルキアノスさんはセイさんにあとを託していったよ。だからあたいらはベストを尽くさなきゃならないのさ。さぁ、この戦車を空へ飛ばすよ」
それを聞いてセイは反射的に、別の案を口にした。
「ゾーイ、コースアウトさせれば……」
「セイさん、なにを言ってんだい。さっきあの目ン玉の怪物が言っていただろ。コースを外れてもダメだって!」
セイはぎゅっと強く目をつぶった。が、すぐに正面をキッと見すえた。
数百メートルの先にいるサエの輪郭が見えてきた。
「わかった、ゾーイ。手伝ってくれ!」
ゾーイは御者台の側面に手をかけて、手のひらのなかの力を送り込んだ。セイは轅に手を這わせている。手のなかでぼわっと大きな光が灯り、その光が御者台全体、車輪までをも包み込みはじめる。
と、ゆっくりと車体が浮きはじめた。
だが、すぐにガガガ……という音がして、地面に落ちた。地面に刻まれた轍に車輪がとられて、車体が横に揺さぶられる。
「くそっ。浮かない」
「セイさん、もう一度だよ」
今度はゾーイとセイが入れ替わってパワーを送り込んだ。ゾーイは二本の轅に両手をぴたりとつけて、光のパワーを馬たちに届けようとした。
ふいに馬たちが地面を踏みならす音が、ふっと弱くなった。
浮いた——!。
が、そこまでだった。ガタンという音とともに、力強い馬たちの足音が復活した。
「ダメだ。馬があがらない!」
「セイさん、あきらめちゃダメだよ」
「でもどうすれば!」
その瞬間、ゾーイを締めつけていたスフィンクスのたてがみの触手が緩んだ。
ゾーイが驚いてふりかえると、そこにルキアノスが立っていた。馬たちを愛し、戦車競争の御者としての矜持と、どんな命令でも従う恭順さを持った老練な業者頭の姿がそこにあった。
「ルキアノスさん……」
だがその姿は一瞬だけだった。すぐにまたスフィンクスの姿に戻ろうとしていた。ルキアノスがそれに抗おうともだえる。牙を食いしばりながら、ルキアノスは手綱を握った。折り返し点のカーブに差しかかる。
ルキアノスは最後の折り返し点を曲がろうとしなかった。それが彼の悪魔へのせめてもの抵抗だとゾーイは感じ取った。ルキアノスの戦車は直進し、レーンをはずれていくと、そのまま何台もの戦車が飛び込んだ東側の観客席へ向かっていった。
『ルキアノスさん、ありがとう。セイは、あんたの弟子はきっと悪魔とのレースに勝つよ。人類代表として』
ゾーイは黙ってその行く末を見守っていたが、セイの戦車が折り返し点を曲がりはじめると、ルキアノスの戦車が見えなくなった。
が、曲がり終えて直線にはいったところで、かなたから衝撃音が聞こえてきた。
その音で、セイの集中力がきれた。
「ゾーイ。ルキアノスは?」
ゾーイはなにも言わずにセイの背中に手をおいて言い聞かせた。
「セイさん。ルキアノスさんはセイさんにあとを託していったよ。だからあたいらはベストを尽くさなきゃならないのさ。さぁ、この戦車を空へ飛ばすよ」
それを聞いてセイは反射的に、別の案を口にした。
「ゾーイ、コースアウトさせれば……」
「セイさん、なにを言ってんだい。さっきあの目ン玉の怪物が言っていただろ。コースを外れてもダメだって!」
セイはぎゅっと強く目をつぶった。が、すぐに正面をキッと見すえた。
数百メートルの先にいるサエの輪郭が見えてきた。
「わかった、ゾーイ。手伝ってくれ!」
ゾーイは御者台の側面に手をかけて、手のひらのなかの力を送り込んだ。セイは轅に手を這わせている。手のなかでぼわっと大きな光が灯り、その光が御者台全体、車輪までをも包み込みはじめる。
と、ゆっくりと車体が浮きはじめた。
だが、すぐにガガガ……という音がして、地面に落ちた。地面に刻まれた轍に車輪がとられて、車体が横に揺さぶられる。
「くそっ。浮かない」
「セイさん、もう一度だよ」
今度はゾーイとセイが入れ替わってパワーを送り込んだ。ゾーイは二本の轅に両手をぴたりとつけて、光のパワーを馬たちに届けようとした。
ふいに馬たちが地面を踏みならす音が、ふっと弱くなった。
浮いた——!。
が、そこまでだった。ガタンという音とともに、力強い馬たちの足音が復活した。
「ダメだ。馬があがらない!」
「セイさん、あきらめちゃダメだよ」
「でもどうすれば!」
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