ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第198話 手を緩めている時間はない

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 ゾーイは手を緩めている時間はないと自覚していた。
 この世界で使える自分のパワーをフルで使い切ってやるつもりでトラックのほうへ走りでると、大きく跳躍した。
 オリンピックの幅跳びハルマで見せたら、誰もが度肝を抜かれるほどの高さと距離。ゾーイはひと飛びで10メートルは軽々とかせぐジャンプを立て続けに繰り返し、すぐさまゴールライン近くにまで到達した。
 ちらりとスピロの方をふり返る。
 スピロの回りは森に覆われているように見えた。さながら石像の森——。
 襲いかかってきた怪物たちが、その状態のまま石像になってスピ口のまわりに乱立していた。あまりの数が押し寄せたため、その石像同士のからだや手や足が絡みあってしまっている。そのせいで石像の森は、一種、石像の要塞とも牢屋ともいえるありさまになっていた。
 ゾーイがトラックにむかう寸前、スピロが「わたしは大丈夫です」と言ってきたが、ゾーイは一ミリも心配していなかった。石像の要塞に囲まれているのはもちろんだったが、あたりに動くものは、空中を飛んでいるものも含めて一匹もいなくなっていたのだから。
 今、スピロは椅子代わりにしたメドゥーサの首に腰を降ろして、いろいろ思索を巡らしているはずだ。

 ゾーイがトラックのほうに視線を戻すと、ゴールライン付近に少女の姿があった。ゾーイはすぐさまその少女に声をかけた。
「サエさん」
 少女は驚いてゾーイをみあげて言った。
「あなた、だあれ?」
 十歳ほどと聞いていたが、もうすこし幼なくみえる。だがセイの双子の妹だと思って見ると、たしかにセイに目鼻立ちはよく似ている。
「あたしはゾーイ。お兄ちゃんのセイさんのお友だちだよ」
「お兄ちゃんの!」
 サエの顔がぱっと輝いてみえた。
 そのとき、頭のなかにスピロの命令が響いた。
「ゾーイ。その子をつかんでください」
 ゾーイはサエのすぐ脇に歩み寄ると、「ごめんよ。手ぇ、つかませてもらうよ」と言ってから腕を掴んだ。やわらかく細い腕。勢いよく掴んでしまったのか、サエは「痛いよ」と顔をしかめた。
「お姉さま。この子実体はあるよ。本物かもしれない」
「ならば、その子をトラックから引きずりだしてください。それで解決です」
 スピ口が強い口調で言った。ゾーイはすぐさまサエの背中に回り込んで抱え込むと、ぐっと持ちあげて、トラックから運び出した。
 が、レーンの外に完全に運びだせたと思った瞬間、なにかに引き戻された。ゾーイはサエを抱えたまま、地面を滑るようにして元の位置に戻っていた。
「もどされた?」
 それはあまりにも不自然で、否応なしのパワーだった。
 ゾーイは自分が抱き上げていたサエをじっと見た。実体がある感触は確かにあったが、それは今こちらにむかってきている無数の怪物とておなじだ。
 何者かによって外部から力を与えられているのか、この子が人間ばなれした能力をもっているかのどちらかだ——。
「お姉様、この子、本物じゃないかもしれない」
 さきほどとは正反対の見解に、マリアが反応してきた。
「どういうことだ!。ゾーイ!」
 憤りを隠そうともしない。

「マリアさん。この子、サエさん、実体があるんだけどね、おかしな力であっという間に元の場所にもどってきてしまうのさ。この子はヤツらが作り出した偽物かもしれない……」
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