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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第167話 なんとも薄っぺらな邪気に感じる
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「なにやってやがるんだ、セイは。ずっとドンケツじゃねぇか」
マリアが肩車をしている男の髪の毛を鷲掴みにしながら叫んだ。
「ちょ、ちょっとマリアさん。痛いですよ」
「すこしは我慢しろ、タルディス。プラトンは我慢強かったぞ」
そう言うなり、パンとマリアはタルディスの後頭部を軽く叩いた。
「う、うわぁ!」
タルディスは素っ頓狂な声をあげたので、マリアは大袈裟な声に文句を言った。
「おい、タルディス。オレはそんな強く叩いてねぇぞ」
「あ、いえ。ちがいます。マリアさん、あれ、見てください」
マリアがタルディスが指さす方を見ると、ヒッポドロームの北側の土手のむこう、スタディオンとの境目付近の空の一部だけに暗雲が垂れ込めているのが見えた。
「なんか、あそこだけ雨が降りそうですね」
だが、マリアの目にはそれはただの暗雲ではなく、絶え間なく邪気が放出される憎悪のかたまりにしか見えなかった。マリアはそれを作り出している人物が、土手の上にいるのに気づいた。
上空にむかって呪詛のことばのようなものを唱えている。
トゥキディデス——。
すでにその片鱗も残っていないほど、凶暴で悪意にみちた姿に変貌していたが、からだにまとった上着は、まちがいなくトゥキディデスのものだった。
「あの下にトゥキディデスがいる」
そう足元のタルディスに言うと、タルディスは特に気に留めるふうもなく「トゥキディデスさんですか?」と気のない返事をしてきたが、それと同時に「トゥキディデスさんですって!」という異様に強い思念がゾーイからとびこんできた。
マリアは面倒くせえなと思ったが、両者に向かって「そうだ」とだけ言って、トゥキディデスの行動を注視した。さきほどまでどす黒かった暗雲は、薄い靄のようなものになり、ほとんど気にならなくなった。だが、その大きさは横におおきく広がり、競馬場全体を包みこんでいた。
マリアはその変化を見ながら、タルディスに訊いた。
「おい、タルディス。まだ空の雲は見えているか?」
「いいえ。すっかり消えてなくなったようですね。よかった。雨が降らなくて……」
マリアはすかさず頭のなかのゾーイに尋ねた。
「おい、ゾーイ、おまえには見えてるよな。あの雲。どんな風に見えてる?」
「あ、はい。あたいにはどうにもピリッとしねぇ、そう、なんとも薄っぺらな邪気に感じるね」
「そうだよな。なんでこんなに邪気が霞んでいるんだ」
マリアはひとりごちるように言ったが、ゾーイが異変に気づいて警告の声をあげた。
「マリアさん。あそこ。あの戦車、御者が乗っていないよ。暴走してるんじゃないのかい」
マリアが肩車をしている男の髪の毛を鷲掴みにしながら叫んだ。
「ちょ、ちょっとマリアさん。痛いですよ」
「すこしは我慢しろ、タルディス。プラトンは我慢強かったぞ」
そう言うなり、パンとマリアはタルディスの後頭部を軽く叩いた。
「う、うわぁ!」
タルディスは素っ頓狂な声をあげたので、マリアは大袈裟な声に文句を言った。
「おい、タルディス。オレはそんな強く叩いてねぇぞ」
「あ、いえ。ちがいます。マリアさん、あれ、見てください」
マリアがタルディスが指さす方を見ると、ヒッポドロームの北側の土手のむこう、スタディオンとの境目付近の空の一部だけに暗雲が垂れ込めているのが見えた。
「なんか、あそこだけ雨が降りそうですね」
だが、マリアの目にはそれはただの暗雲ではなく、絶え間なく邪気が放出される憎悪のかたまりにしか見えなかった。マリアはそれを作り出している人物が、土手の上にいるのに気づいた。
上空にむかって呪詛のことばのようなものを唱えている。
トゥキディデス——。
すでにその片鱗も残っていないほど、凶暴で悪意にみちた姿に変貌していたが、からだにまとった上着は、まちがいなくトゥキディデスのものだった。
「あの下にトゥキディデスがいる」
そう足元のタルディスに言うと、タルディスは特に気に留めるふうもなく「トゥキディデスさんですか?」と気のない返事をしてきたが、それと同時に「トゥキディデスさんですって!」という異様に強い思念がゾーイからとびこんできた。
マリアは面倒くせえなと思ったが、両者に向かって「そうだ」とだけ言って、トゥキディデスの行動を注視した。さきほどまでどす黒かった暗雲は、薄い靄のようなものになり、ほとんど気にならなくなった。だが、その大きさは横におおきく広がり、競馬場全体を包みこんでいた。
マリアはその変化を見ながら、タルディスに訊いた。
「おい、タルディス。まだ空の雲は見えているか?」
「いいえ。すっかり消えてなくなったようですね。よかった。雨が降らなくて……」
マリアはすかさず頭のなかのゾーイに尋ねた。
「おい、ゾーイ、おまえには見えてるよな。あの雲。どんな風に見えてる?」
「あ、はい。あたいにはどうにもピリッとしねぇ、そう、なんとも薄っぺらな邪気に感じるね」
「そうだよな。なんでこんなに邪気が霞んでいるんだ」
マリアはひとりごちるように言ったが、ゾーイが異変に気づいて警告の声をあげた。
「マリアさん。あそこ。あの戦車、御者が乗っていないよ。暴走してるんじゃないのかい」
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