ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

文字の大きさ
上 下
276 / 935
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第164話 プラトンの弁明2

しおりを挟む

 プラトンの顔色はその事実を突きつけられても変わらなかった。

 これでは『悪魔の証』を看破したとは言えない。まだ力が弱まったとは判断してはならない。そうスピロは気持ちをひきしめた。

「プラトン様、あなたが、あなたこそが『デーモン悪魔』の生みの親、そして命名者です。もしわたくしがデーモン悪魔なら、始祖であるあなたに迷うことなく憑依するでしょうね。キリスト教信者が、イエス・キリストに近づこうとするのとおなじように……」
 ふいに室内にくっくっくっという異音が響いた。よく見るとプラトンが声を押し殺して笑っているのがわかった。
「スピロさん。それは話の飛躍がすぎますね。たしかにわたしは『神霊ダイモーン』の研究をしたいと思っていた。おそらくあなたの言うように、将来その研究を続けて、『神霊ダイモーン』に邪悪なイメージをすり込むのかもしれない。だからと言ってわたしが悪魔だという証拠にはならないでしょう」
「なるほど……。たしかに、わたくしが『悪魔』だったら、あなたに憑依しただろう、ということが、本物の悪魔が憑依している、にはならないですね」
「そうですとも。そもそもこのわたしが、スピロさんが言うように、人々を誘惑したり、苦しめたり、邪悪をもたらしたり、しましたか?。わたしはとても誠実に接していましたし、ずいぶんお役にたてたと思いますよ。マリアさんをずっと肩車もしていましたしね」
 プラトンがすこし冗談めかして言った。口元には余裕なのか、笑みのようなものも浮かんでいた。
 壁際で銃を身構えていたエヴァが、銃口を天井にむけて警戒を解くのが見えた。
「エヴァ様、まだです!」
 スピロはエヴァに一瞥をくれると、手を挙げてエヴァに警告した。エヴァは反射的に銃を身構えなおすと、すぐさまプラトンの胸に銃口をむけた。
「いやいや、スピロさん。どういうことですか。わたしの容疑は晴れたのでは?」

「いえ、最後にひとつだけ訊きたいことがありまして……」
「それはいいですが、その『機関銃』なる物騒なものは引っ込めてもらえると、ありがたいのですが……」
 頭をかきながら、プラトンがおずおずと申し出たが、スピロは構わず話しはじめた。
「『デーモン悪魔』というのは、古来から伝承の形で残っていますが、信頼に足る映像記録やデータに残ったものはありません。姿の見えない恐怖の象徴を、わかりやすく象形化したものであって、実は実体がないのです。
 宗教によっては、悪魔は、『理知の面では理性的で、精神面では多感、時間においては永遠不滅、そして身体においては空気のようなもの』とされたり、『実体をもった物質世界は神の創造した善の領域であるため、悪の領域にある悪魔は実体を持たず、人間や動物のなかに棲む』とされています」
「悪魔がそういう『実体』のない存在だというのはわかりました。それが……?」
 スピロはエヴァのほうにアイコンタクトを送った。それはプラトンだけでなく、横にいるソクラテス、ヒポクラテス、そしてアリストパネスにもわかるような、大仰で確信的なものだった。室内に緊張がはしる。
 だれもがいまから、決定的なひとことが発せられるとわかるジェスチャーだった。
「プラトン様、今一度、あなたにお尋ねします。どうか教えてください」


「『我思う、故に我あり』。あなたはこれがどういう意味かわかりましたか?」

 
 プラトンはほっとしたような表情を浮かべた。
 そして余裕めいた笑みとともに、おもむろに口を開いた。
 
 が、その口からはなんのことばも出てこなかった。

 どんな音も咽を上ってこなかったし、いかなる空気も口蓋垂こうがいすいを震わせることがなかった。
 プラトンはさながら、空気をもとめてぱくぱくと口を動かす魚のように、ただ唇を震えさせているだけだった。ソクラテスが驚きの表情でプラトンを見つめる。ヒポクラテスがうしろに後ずさり、アリストパネスのからだが震えはじめる。
 そして、エヴァはゆっくりとプラトンの胸にむけていた銃口を、その額へと移し、狙いをさだめるように片目をつぶる。

「我思う、故に我あり——。
『自分はなぜここにあるのか』と考えていること自体が、自分という存在が間違いなくここにある証明なのだ、という意味です」

 スピロはこれ以上ないほど残酷な微笑みを口元に湛えてから言った。
「でも、あなたにはわかるはずありませんよね——。
 なぜなら、あなたは『自分はなぜここにあるのか』と考えても、自分の存在は感じられない——」


「だって、身体は『空気のようなもの』で。そこには存在しないのですから——」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

処理中です...