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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第155話 トゥキディデスの弁明3
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その瞬間、スピロが右の口角だけを不自然なほどひきあげた。笑っているのか、怒っているのかわからない表情。
「トゥキディデス様。嘘を重ねられては困ります」
スピロはすぐさまエヴァのほうに目で合図を送ってきた。エヴァはハッとした。すぐに手元の銃を構えなおす。ガチャリという硬い音が、室内の空気を切り裂いた。
「な、なにを言っている……」
トゥキディデスはスピロのことばに思わず気色ばんだ。もしかしたらエヴァがたてた銃の音がトゥキディデスを慌てさせたのかもしれない。
「アルキビアデスの凱旋を記述された……。それは本当のことでしょうか?。トゥキディデス様」
それは疑問形の形をとってはいたが、有無を言わさない強い断定がみなぎった問いかけだった。
「あぁ。そうだとも……。わたしはペロボネソス戦争のすべてを書き記すために、人生をかけて臨んだのだよ。未来にも残っているだろう。そうでなければ、アルキビアデスが凱旋したという話が残っているはずがない」
「えぇ、確かにペロポネソス戦争の顛末は最後まであますことなく、克明に記述されて未来に伝えられました……」
「ソクラテス様の弟子クセノポン(クセノフォン)によってね」
「えぇ、プラトン様。クセノポンは、たしか、あなたと同い年でしたよね」
「なんと、クセノポンが」
おもわずプラトンが驚きの声をあげた。
「えぇ。ですが、その話が記述された本は、トゥキディデス著作『戦史』ではなく、『戦史』の続きとして書かれたクセノポン著作の『ギリシア史(ヘレニカ)』……。トゥキディデス様、あなたは『戦史』を最後まで書かなかったのですよ。書かれたのは20年分、紀元前411年までです」
エヴァが銃を構え直す、カチャッという音が室内に響いた。スピロは目の端でエヴァにアイコンタクトをとると、トゥキディデスに顔を近づけて言った。
「ですから、あなたが、紀元前408年のアルキビアデスの凱旋を記述しているはずがないのです」
トゥキディデスは顔を蒼ざめさせていたが、なんとかことばを絞り出した。
「あ、いや、わたしの勘違いだった……。続きの構想を頭のなかで練りすぎて、まるで自分が書いてしまったと錯覚したのかもしれない」
スピロはその言い訳をなにも言わずに聞いていたが、満面の笑みでそれに答えた。
「でも、あなたは聖域の外で自分の『新作』を喧伝していましたよね……。でもあなたは11年も前に筆を折ってしまっているのですよ……」
「さて、トゥキディデス様、あれはいったい、何年前の『新作』なんですか?」
「トゥキディデス様。嘘を重ねられては困ります」
スピロはすぐさまエヴァのほうに目で合図を送ってきた。エヴァはハッとした。すぐに手元の銃を構えなおす。ガチャリという硬い音が、室内の空気を切り裂いた。
「な、なにを言っている……」
トゥキディデスはスピロのことばに思わず気色ばんだ。もしかしたらエヴァがたてた銃の音がトゥキディデスを慌てさせたのかもしれない。
「アルキビアデスの凱旋を記述された……。それは本当のことでしょうか?。トゥキディデス様」
それは疑問形の形をとってはいたが、有無を言わさない強い断定がみなぎった問いかけだった。
「あぁ。そうだとも……。わたしはペロボネソス戦争のすべてを書き記すために、人生をかけて臨んだのだよ。未来にも残っているだろう。そうでなければ、アルキビアデスが凱旋したという話が残っているはずがない」
「えぇ、確かにペロポネソス戦争の顛末は最後まであますことなく、克明に記述されて未来に伝えられました……」
「ソクラテス様の弟子クセノポン(クセノフォン)によってね」
「えぇ、プラトン様。クセノポンは、たしか、あなたと同い年でしたよね」
「なんと、クセノポンが」
おもわずプラトンが驚きの声をあげた。
「えぇ。ですが、その話が記述された本は、トゥキディデス著作『戦史』ではなく、『戦史』の続きとして書かれたクセノポン著作の『ギリシア史(ヘレニカ)』……。トゥキディデス様、あなたは『戦史』を最後まで書かなかったのですよ。書かれたのは20年分、紀元前411年までです」
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「ですから、あなたが、紀元前408年のアルキビアデスの凱旋を記述しているはずがないのです」
トゥキディデスは顔を蒼ざめさせていたが、なんとかことばを絞り出した。
「あ、いや、わたしの勘違いだった……。続きの構想を頭のなかで練りすぎて、まるで自分が書いてしまったと錯覚したのかもしれない」
スピロはその言い訳をなにも言わずに聞いていたが、満面の笑みでそれに答えた。
「でも、あなたは聖域の外で自分の『新作』を喧伝していましたよね……。でもあなたは11年も前に筆を折ってしまっているのですよ……」
「さて、トゥキディデス様、あれはいったい、何年前の『新作』なんですか?」
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