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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第127話 ヒポクラテスとの問答4
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ヒポクラテスは下をむいたまま口をつぐんでいた。
スピロは彼が黙秘を貫くつもりなのかと訝った。が、様子をみてプラトンが横からスピロを咎め立てしてきた。
「スピロさん、失礼でしょう。わたしは『アテナイの疾病』のときに、ヒポクラテスさんが街の消毒のため、おおきなかがり火を焚いてアテナイの人々を救ったという話を聞いたことがあります」
「えぇ。わたしもその逸話を知っています」
「ならば、ヒポクラテスさんのことを……」
「ですが、同時にこんな逸話も知っていますよ。対立するクニドス派の神殿に、ヒポクラテス様が放火して逃げ去った。だからコス島をあとにし、遍歴医として各地をめぐっているのだと……」
「な、なんということを……」
「まぁ、どちらも史料の裏付けがありませんので、本当かどうかは不明です。ですが、もしそれが本当だとしたら、それは大変無駄なことでした。なぜなら、未来で行われている医学はあなたのヒポクラテス派(コス派)ではなく、クニドス派のものだからです」
「まさか……。クニドス派だと……」
ヒポクラテスがことばをうしなった。
「ええ。未来の医学では、あなたの医学は否定されているのですよ」
「否定……されているだと……」
「えぇ。クニドス派は病気をくわしく分類し、身体のどこがどんな病気に罹ったのかを特定して治療する方法で、『診断』を重視したのものでした。それにたいしてヒポクラテス派は、人間の身体を構成する体液の調和が崩れることで病気になると考え、『予後』を重視して、免疫力をあげる治療をするものです。からだの部位ではなく、つねにからだ全体を患部とみなすやり方です」
「だが、クニドス派は診断を誤ることがおおく、わがヒポクラテス派は効果的な治療でおおきな成果をあげたのだよ」
ヒポクラテスがむきになって食い下がった。
「それは解剖学がなかった時代だったからです。解剖学が盛んになって人体の構造がわかってくると、医師は診断で病名を特定し、それに対する専門の治療を行うことを重視する方向へと変わってきたのです。『診断』を重視する、それはすなわちクニドス派の治療そのものなのです。
後世の医者のひとりは言っています。『ヒポクラテスがやったことは、便、尿、汗などを調べ、そのなかに『消化』の兆候を探り、分利を告げ、死を宣告する。ただそれだけだ』と……」
「さて、ヒポクラテス様、あなたは本当によい医者だったのでしょうか——?」
スピロは彼が黙秘を貫くつもりなのかと訝った。が、様子をみてプラトンが横からスピロを咎め立てしてきた。
「スピロさん、失礼でしょう。わたしは『アテナイの疾病』のときに、ヒポクラテスさんが街の消毒のため、おおきなかがり火を焚いてアテナイの人々を救ったという話を聞いたことがあります」
「えぇ。わたしもその逸話を知っています」
「ならば、ヒポクラテスさんのことを……」
「ですが、同時にこんな逸話も知っていますよ。対立するクニドス派の神殿に、ヒポクラテス様が放火して逃げ去った。だからコス島をあとにし、遍歴医として各地をめぐっているのだと……」
「な、なんということを……」
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「まさか……。クニドス派だと……」
ヒポクラテスがことばをうしなった。
「ええ。未来の医学では、あなたの医学は否定されているのですよ」
「否定……されているだと……」
「えぇ。クニドス派は病気をくわしく分類し、身体のどこがどんな病気に罹ったのかを特定して治療する方法で、『診断』を重視したのものでした。それにたいしてヒポクラテス派は、人間の身体を構成する体液の調和が崩れることで病気になると考え、『予後』を重視して、免疫力をあげる治療をするものです。からだの部位ではなく、つねにからだ全体を患部とみなすやり方です」
「だが、クニドス派は診断を誤ることがおおく、わがヒポクラテス派は効果的な治療でおおきな成果をあげたのだよ」
ヒポクラテスがむきになって食い下がった。
「それは解剖学がなかった時代だったからです。解剖学が盛んになって人体の構造がわかってくると、医師は診断で病名を特定し、それに対する専門の治療を行うことを重視する方向へと変わってきたのです。『診断』を重視する、それはすなわちクニドス派の治療そのものなのです。
後世の医者のひとりは言っています。『ヒポクラテスがやったことは、便、尿、汗などを調べ、そのなかに『消化』の兆候を探り、分利を告げ、死を宣告する。ただそれだけだ』と……」
「さて、ヒポクラテス様、あなたは本当によい医者だったのでしょうか——?」
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