ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第120話 プラトンとの問答1

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「神は死んだ——」

 古代ギリシア人にこのことばの意味はキリスト教徒ほど響かない。それはスピロにもわかっていた。特に知識人階級のあいだでは、古来のギリシア神話の神々や英雄は、崇拝の対象ではなく、修辞的な装飾とも化していたにすぎないからだ。
 実際このフレーズを耳にした五賢人の顔には、その『真理』に動揺したような表情は一切、浮かばなかった。
 やっぱり無理か……。

 が、次の瞬間、その意味がわからない風を装おうとした人物のわずかな変化を、スピロは見て取った。おもわずスピロの口元が緩む。

 なるほど、そうでしたか……。

 スピロはその場で快哉を叫び出したい気分だったが、一度口元をひきしめてからプラトンに声をかけた。
「プラトン様にお尋ねします」

 五人の目が一斉にプラトンのほうに向いた。
「『イデア』とは、人間には知りえない本当の知の実体、非物体的な・永遠の存在なのでしょうか?。あなたは、現実世界に存在する物体や概念はすべて影であり、『イデア』は、天上にある理想の世界『イデア界』にあるという話を説いています」
「わたしがですか?」
「ええ、このあと著す著書のなかで、あなたは、その『イデア界』にあるものこそが本質的な存在で、地上に存在する形あるものは、その影絵のような似姿にすがたにすぎない。我々は狭い洞穴のなかでその幻影を見せられているようなものだと、も述べています」


「そんなことは言っていないはずじゃ」

 強い剣幕でソクラテスが割って入った。だが、スピロは冷徹な口調でいさめた。
「ソクラテス様、お控えください。あなたの意見はここでは聞いておりません——。
 わたくしは今、プラトン哲学の始祖である、プラトン様とお話をしているのです」
 たちまちソクラテスの機嫌が悪くなっていくのがわかったが、スピロはかまわずプラトンを睨みつけ、答えを促した。
「えぇ。その通りです……」
 プラトンは一瞬ソクラテスのほうを見てから、観念したように吐露した。

「わたしたちのいる現実では『野に咲く花の美しさ』や『夕焼けの美しさ』など、さまざまな『美』があります。しかしそれらが美しいのは、それ自体が美しいのではありません。それらの元である『美のイデア』が存在するから美しいのです」
「イデア界にある完全なる『美のイデア』のおかげで、現実の世界にある『美』という存在を、わたしたちは知ることができるということですね」
「えぇ。ですが、現実の美は『イデア』の似姿ゆえ、永遠には続きません」
「ではプラトン様はこの世の中にあるすべては『イデア』によって、普遍的な性質を与えられると?」
「その通りです」
「ならば、『イデア』そのものは完璧な姿や性質をした完全体なのでしょうね」
「えぇ。その通りです」
 そう言うとプラトンは指をたてて空中で三角形を描いてみせた。
「たとえば、三角形を思い浮かべてください。この世に三角形をしたものは、いたるところに存在します。ですが、どんなに完全に見えても、厳密に見れば『完全』ではありません。子細に調べればどこか歪んでいたり、凸凹があって、『完全な三角形』など現実世界には存在しないことがわかります。
 では、なぜこの世の三角形は完全でないと、わたしたちは言えるのでしょうか?」

「それはわたしたちがイデアを通して知っている『完全な三角形』と比較しているから……ということでしょうか?」
「そうなのです。つまりわたしたちは現実にはないのに、『完全な三角形』を知っている。この『完全な三角形』こそが『三角形のイデア』なのです」

「なるほど。形などの性質については理解できました。しかし『美』や『善』はどうなのでしょうか?。『イデア』が現実世界に『美』や『善』などを分け与えているのというのなら、それは完璧な姿をして、かつ実体があるということになります」
「いえ、スピロさん。残念ながらそれらの実体は見えないのです。人間の持つ感覚は不完全であるため、五感によって『イデア』を捉えることはできません」

「それはおかしいですよね。あなたは地上に存在する形あるものは、イデアの影絵のような似姿にすがたにすぎないと説いています……」

「実体がないなら、影なんか生じないのではないですか?」
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