ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第114話 観衆が臨んでいるのは勝者ではない

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「セイ様、この競技はほかの競技と決定的にちがうものがあります」
 スピロの目はとても真剣で、簡単に聞き流すことはできそうもない雰囲気があった。
「それはこの競技に観衆が臨んでいるのは、けっして勝者ではない、ということです」
「おい、おい、スピロ。オリンピックは誰が勝つかが一番重要だろうが」
 マリアがすぐさまスピロの諌言にけちをつけてきた。
「ちがうのです。この競技で求められているのは『事故』なのです。それが『死』であればなおのことです」
「ど、どういうことなんです?」
 エヴァが不吉なことばに、あわてて真意を問いただしてきた。
「あの医療施設イアトレイアがもっとも忙しくなるのは、この戦車競争のときであったと言われています。医学者ガレノスによれば、胸や腎臓、骨盤を怪我する選手がおおかったそうですが、多くは首の骨が折れて即死していたり、馬に踏みつけられて手の施しようがなかったりしたそうです。
 残念ながら、それを求めるのが戦車競争という競技です。ヒッポドロームの観客を見ていただければ、それは一目瞭然です。奥側、東の折り返し点にある標柱、その正面になる観客席にもっとも人が集まっているのですから」
「それはなぜです?」
「その折り返し点がもっとも事故が起きる場所なんです。セイ様も練習で思い知ったと思いますが、折り返し点では戦車を180度方向転換しなければなりません。御者としての腕を相当に試させる場所です」
「あぁ、簡単じゃないね。だからマリアとゾーイに手伝ってもらうしかない」
「今度
「お言葉ですけどね、お姉さま。折り返し点は手前と奥とで二カ所あるじゃないか。なんで奥のほうで事故が多いんだい?」
「それは、ゾーイ。奥側の折り返し点に達する手前、南の土手の端に、馬を狂わせる悪霊と怖れられる『タラクシッポス』の円形の祭壇があるからです」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。突然、オカルトめいたことを……」
 セイはスピロの突拍子もない理由に、思わずことばを挟んだ。
「えぇ、もちろんわかっています。この時代にはそう信じられていただけです。博識な学者であったパウサニアスでさえ、それを信じていたと言われています。実際のところはタラクシッポスの祭壇が太陽の光を反射する位置にあって、トラックの南側を疾走する御者や馬の目をくらませて、事故が起きたというのが真相のようです」

 御者たちは熱狂うずまくヒッポドロームをゆっくりと一周し、観客たちに自分たちの戦車、そして馬を誇らしげに披露したあと、係員たちに導かれて、スタートゲートのほうにむかっていった。


 オリュンピアのスタートゲートは『アフェシス』と呼ばれる独特のものだった。
 アテナイの発明家クレオタスによって考案された、この巨大な二等辺三角形のゲートは、
三角形の頂点が競馬場のトラックのほうにむけられ、その等辺に沿って小さなゲートがしつらえられていた。その内部は3メートルの幅で戦車一台分づつに区切られており、それぞれのブースにゼンマイじかけのフックがついていて、係員がレバーをひくと、数十台のブースは、うしろから順番に開いていく仕掛けになっていた。
 現在の長距離トラック競技でも内側のトラックであるほど、後方からスタートさせられるのとおなじ理屈で、この競技でも一番うしろの馬車が最初にトラックへ飛び出す。その馬が次の装置にくると、その馬がスタートし、一番手前の馬のところへ来ると、すべての馬が同一線上に並ぶ形になる、
 幾何学きかがくを応用したこの仕組みにより、最後の折り返しまではすべての馬車に公平なチャンスが与えられため、コースによる差がでにくかった。

 出発ゲートにはいった馬は興奮して自分のくつわをかんだ。詩人スタティウスによれば、馬たちは目を血走らせ、砂ぼこりをあげ、ぜいぜい喘ぎながらスタートを待ったという。
 現在の競馬でもゲートのなかに押し込まるときに、馬たちが暴れることがすくなくない。だが、このアフェシスではゲートに40台の戦車が収まるまでに時間を要する上、四頭立てなのだから、馬たちの動揺や混乱は想像を絶するものだったであろう。そしてそれを制御しようとする御者たちの緊張感はいかばかりであっただろうか。

 そして、ゲートの準備が整った——。

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