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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第107話 あのスピロがきみに託したんだ
しおりを挟む「姉からはなんにも言い付かっちゃいないよ。残念だけどね。ただ、『折り返し点に集中しなさい』ってことだけさ」
すこし吐き捨てるように語尾を強めてゾーイが言うと、セイがゾーイを正面から見つめて、おおきな笑顔をみせた。
「なに言ってるんだよ、たぶんそれが一番重要なんだよ」
セイが真剣な眼差しで、ゾーイの手をとって言った。
「あのスピロがきみに託したんだ。ペンタスロンのときのように。きみにしかできない、きみだけの才能の使い方をスピロは知っている。そしてきみはそれができる。だからこの戦車競争をきみに任せたんだよ」
ゾーイは屈託もなく、そう言い切ってしまうセイの態度にすこし気後れしそうになった。思わずネガティブな言い訳が口をついてでた。
「そう言われてもさぁ。あたいにはセイさんたちみたいに、武器やアイテムを召喚できるような能力は持ち合わせてないしねぇ」
「今回はぼくだってそれができるかどうか……。たぶん馬を走らせるだけで、相当に精神力を使いそうだからね。それはスピロもわかっているんだと思う。だからキミの力が必要だと言っていたんだよ」
ゾーイは臆面もなく自分のことを賞賛してくるセイの迫力は、いくばかりかの居心地わるさを感じるほどだった。だが、その目はとても純粋で、いやになるほど熱い思いだけがひしひしと伝わってくる。
この人は本気であたしのことを信頼してくれてる——。
セイがゾーイをじっと見つめていた。ゾーイの口からなにか肯定的なことばを聞くまで、目を離さないぞ、という一種の威圧感があった。
「あぁ、わかったよぉ。全力でセイさんのサポートをしてみせるさ」
セイが満面の笑みを浮かべて言った。
「頼んだよ。ゾーイ」
なぜかすこしドキッとした。
そのとき、ふと観客たちのあいだにざわめきが起き始めたのに気づいた。その方向に目をはせると、なぜか観客たちの動きがあわただしくなっていった。
姿は見えなかったがゾーイはアルキビアデスが来たとすぐにわかった。まるでモーゼの十戒のように、遠くに見えている観衆の頭が両側にひらくように避けていく。
「やぁ、ニッポンのセイ。準備のほどはどうかね?」
涼やかな声——。アルキビアデスだった。
彼は昨日以上に、美しさと気高さを感じさせる雰囲気をまとわせて現れた。だがそれは身に付けている豪奢な衣装や、高価な宝飾品のおかげだけではない。まるでそこだけ空気が浄化されているのではないか、と思えるほどに、凛とした雰囲気が指の爪の先まで宿っているように感じられた。
ゾーイは一瞬、衣装や宝飾品を輝いてみせているのは、実はアルキビアデスが身につけているからで、外してしまえば眩しさも神々しさもたちまち消え去ってしまう、まやかしなのではないかと思えてきた。
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