ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第92話 アルキビアデス登場

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「オリュンピアの人々よ。品のない真似はやめたまえ」

 そのたった一声で、今までそこに渦巻いていた淫靡いんびな狂気がすうっと消え去った。それだけでない。それと入れ替わるように、瞬く間に多くの人々の顔に怒りの感情が浮かびあがった。
 先ほどまでの欲情にまみれの感情が、劇的なまでに変化したことにセイはおどろいた。

 その時、誰かが唾棄するように呟いた。
「アルキビアデス……」
 その小さな声はまるで伝言ゲームのように次々と人との口の端にのぼり、さざ波となってスタディオンのかしこに波立った。
 セイはその様子に目を見張った。姿を現わしただけで、一声を発しただけで、それだけ人々の心をとらえるのはどんな人物なのだろうか。セイはおそるおそるふりむいた。

 そこに派手やかな色合いの服を身に着けた男が立っていた。彼は数人の屈強な男をボディガードとしてはべらせ、数人の奴隷らしき者を率いていた。従者の者もよく手入れをされた服を着ており、瀟洒な趣味はどこまでも行き届いている。
 だが、その衣服をきらびやかに感じさせているのは、ほかならぬアルキビアデス自身と感じさせられた。引き締まった体躯に、まるでギリシア彫刻のアポロンを思わせるほどの整った顔——。
 だが、それは頭脳明敏なるがゆえの端麗さであり、高貴な血筋が醸しだす気高さであり、研ぎ澄まされた野性味がくめどなく溢るる生命力のつやであった。
 セイはごくりと喉をならした。思わずその男の艶やかさに吸い込まれそうになる——。

 だが、セイはふと周りの人々が彼にむけている視線に気づいた。
 彼が大金持ちであることはすぐにわかったが、人々の視線は、憧れや称賛のようなものではないように感じた。いや、まったくその真逆で、怒りや憤りのようなネガティブなものがほとんどだった。

「わたしはアテナイのアルキビアデス。きみの戦いを存分に堪能させてもらったよ、ニッポンのセイ。実にみごとな戦いだった」
 アルキビアデスは自分の胸に手をあて、心から感嘆した様子で言った。
「ソクラテスには聞いていたが、きみがこれほどの実力者とは思いもよらなかったよ」
 アルキビアデスが従者に顎で合図を送った。一人の男が腰を屈めたまますすみでて、セイの学生服をうやうやしく差し出した。
「セイ、服を着たまえ。わたしのテントですこし話をしようじゃないか」

 セイは従者の手の上に乗っている服から、パンツをとりあげると急いでそれをはいた。セイの下半身がパンツで隠れると、あからさまな失望のため息があたりから聞こえた。なんとなく窮地を脱したことがわかって、ほっと胸をなで下ろす。


「ありがとうございます。アルキビアデスさん。ですが、ぼくはそろそろこの世界から去らねばなりません。最後にタルディスさんのところへ行こうと思っています」
「そうかね、それは実に残念だ。ではタルディスのところまで一緒にして良いかね」
「あ、えぇ、構いませんけど」
「それは嬉しいね」
 そう言いながらアルキビアデスがセイの肩に手をかけようとした。だが、セイはそのような接触があるだろうと予測していたので、ゆっくりとしたピボット・ターンでその手で触られるのを避けた。ソクラテスと関係を持っていた男であれば、プラトンとおなじような行動をするだろうと睨んでいたが、そのとおりだった。
 セイにすげなくされたアルキビアデスは、それを気にする仕草をすることもなく、すぐに歩き出した。セイはその斜めうしろについた。
 アルキビアデスはうしろから見ても隙がなかった。男性の凛々しさと、女性のような美しさをもちながらチャーミングで、それでいて生れの高貴さがさりげなく漂っていた。


 アルキビアデスという男は、男であれ女であれ誰をも魅了する——。

 
 たしかにその警告にいつわりはなさそうだとセイは感じた。
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