ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第90話 一方的な試合だったということです

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 ゾーイは横たわるタルディスを取り囲む三人の賢人を見張っていた。

 兄スピロから受けた『目を離さないように』という厳命を愚直に守っていた。ゾーイは注意をむけたままエヴァに訊いた。
「エヴァさん。あの三人、なにか怪しいところあったかい?」
「いえ……。わたしの見る限りは特に……」
「あの三賢人たちは、まだアクションは起こしてない、と考えてもいいかねぇ」
「そうですね。あの三人の容疑者におかしな動きがあるようには……」
「だいたい、あたいらじゃ、見極めきれるかどうか……」
「スピロとマリアはまだこないのかしら?」
「エヴァさん、そいつは無理って話だよ。セイさんはまだあのデカブツと戦ってんだからさぁ」
 傷の具合を診ていたヒポクラテスが、タルディスの口のなかをのぞき込んで言った。
「歯が折れていますね」
 その時、スタディオン側からひときわ大きな歓声があがった。ゾーイは反射的に、そちら方向に思わず注意をむけそうになった。目の前の三人から一瞬でも目を離してはならないと気をひきしめる。ゾーイは身構えながら、スピロに頭の中で尋ねた。

『お姉様、今どうなってるんだい。気になって仕方ないよ』
 すぐに返事はこなかった。なにかあったのか、と思い、ゾーイは一瞬どきりとしたが、すこし遅れてスピロの返事が戻ってきた。
『ゾーイ。どういう状況ですか。わたくしたちは今からそちらに向かいましてよ』
『こちらに向かう?。そりゃ、どういうことなんだよ』
『試合が終わったということです』
 
「試合が終わった?」
 ゾーイは驚きのあまり、つい思念での会話に、ことばで反応してしまった。その場にいる全員がこちらに目をむける。ただヒポクラテスは診察の手をとめようとはしない。エヴァが心配そうな顔で訊いてきた。
「どういうことなの、ゾーイ?」

 エヴァの問い詰めるような口調に、ゾーイは観念して頭のなかに聞こえてくるスピロの声を口にした。
「それが……、一方的な試合だったということで……」
 そのことばに我が意を得たりとばかりにアリストパネスが高らかに言った
「仕方ないネ。この世は悲劇の方が多い、残念ながらネ。ほんとうは笑いこそが人々の心を救うというのに、笑えるようなことは現実には起きないものだよ」
 するとそれを受けるようにトゥキディデスも自論を語った。
「戦いの歴史をひも解けば、時の運をいうものが味方することがあるが、やはり強い者に弱い者が勝つことなどそうそうおこることではない」
 二人ともどういうわけか、得意げな様子だった。だが、ゾーイは報告を続けた。

「いえ、ちがうのさ。セイさんが一方的にエウクレスを倒したのさぁ」

 アリストパネスとトゥキディデスが唖然とした顔をゾーイにむけてきた。今度はヒポクラテスも驚きのあまり、診察の手がとまっている。
「セイ殿が一方的に?。我々を和ませようと冗談を言っているのかネ?」
「いいや。そんなことはありゃしないよぉ」
「いや、しかし、あれだけ圧倒的な体格差があったではないか。それにエウクレスはあのディアゴラスの孫なのだよ」
 アリストパネスに続いて、トゥキディデスまでもがゾーイの報告を否定した。
「そう言われてもねぇ、セイさんが勝ったのは事実なんだよ。今、ソクラテスさんやプラトンさんと一緒に、お姉さまがこっちにくるっていうんだからサ」
「マリアさんたちがこちらに?」
 まだ事態を信じ切れていない顔の賢人を無視して、エヴァがゾーイに尋ねた。
「あぁ、あたいらふたりに任せてるのが不安だってさぁ。まったく信用がないったらありゃしないよ」

 その時ふいにタルディスが目を覚ました。彼はガバッと上半身を跳ね上がるようにして起きあがった。まるで今まで意識がなかったのがまるで芝居だったように、晴々とした顔をしていた。
 あまりに突然のことに、ヒポクラテスはうしろにのけ反り、逆にアリストパネスとトゥキディデスは前のめりに顔をつきだした。
 タルディスは自分を見下ろしている三人の賢者、そしてそのうしろから視線を送っているゾーイとマリアのほうを見回した。
「わたしはどうしたんですか?」
 ゾーイがタルディスに言った。
「あんたはエウクレスに倒されて失神していたのさ。でも安心しなよ。あんたの代わりにセイさんが戦ってくれて、ボクシングでも優勝したってさぁ。これであんたの望みは叶えられたよ」
 タルディスがゾーイのほうに怪訝な視線をむけた。
「わたしの望み……。それはちがうな……」


「わたしの望みは、セイに戦車競争で優勝してもらうことだよ」
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