ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第88話 タルディスさんは大丈夫なのかい

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 おかしなことがあったら、逐一報告をなさい。

 ゾーイは兄スピロにそうテレパシーで(といっても実際には、現実世界でコネクトされた機器を通じてのものだが)そう命令してきた。
 ゾーイとトゥキディデスがイアトレイア医療施設の方にたどりついた時、あたりはさながら野戦病院のようになっていることに気づいた。十数しょうあるベッドはすでにおおかた埋まっており、苦しそうに呻き声をあげている者、意識がなくぴくりとも動かない者などがいた。
「こ、この人たちはみな選手たちなのかい?」
 おもわずゾーイがおどろきの声をあげると、トゥキディデスが鼻で笑うように言った。
「ゾーイさん。そんなもんじゃない。おおかた、太陽の熱にやられたか、脱水でもおこしたか、腹でもこわしたんでしょう。それよりも奥に行きましょう。ギムノトリバイたちがあそこに集中している」
「ギムノトリバイ?」
ギムナシオン体育館で働く医療従事者のことです。様々なポリスのギムナシオンから競技期間中、当番の医師の助手を務めているんだよ。彼らは応急処置の実務知識や経験に長けていて、薬を調合したり、傷の保護や発熱を下げたり、マッサージをしたりするんだよ」
 ゾーイはトゥキディデスから説明を受けながら、建屋の奥に進んだ。見るとギムノトリバイたちがいるすぐそばには、すでにアリストパネスと一緒にエヴァが中に入っていた。

「エヴァさん」
 ゾーイがエヴァに声をかけると、その横にいたアリストパネスが釣られてふりむいた。彼はゾーイの姿を認めるやいなや、尻餅をつきそうな勢いであわててうしろに退いた。こころなしか顔が引きつって見える。ギムナシオンでこっぴどい目に合わせたことが、よほどこたえているのかもしれない。
 ゾーイはわざとアリストパネスを、無視するように視線をはずしてエヴァに尋ねた。
「エヴァさん、タルディスさんは大丈夫なのかい?」
「今、ここのお医者さんが診ているところです」
 そこにベッドに横たわるタルディスの姿があった。彼は数人のギムノトリバイたちに囲まれて手当てを受けていた。そのすぐうしろで施設の当番医とおぼしき男性が指示を出していた。ゾーイはエヴァに尋ねた。
「ヒポクラテスさんは?」
「まだですが……、いえ、今きたようです」
 エヴァはゾーイの背後の方に目をやった。目で促された形で、ゾーイが振り返るとちょうどヒポクラテスがこちらへ歩いているところだった。
「やぁ、エヴァさん、ゾーイさん。それにトゥキディデスとアリストパネスも」
 ヒポクラテスはみんなに声をかけると、当番医に声をかけた。
「わたしに診させてもらえないかね」
「ヒポクラテス様!。あ、いや、も、もちろんですとも」
 ギリシア随一の高名な医者を前にして、当番医は緊張した面持ちですぐに場所をあけた。ヒポクラテスは目で再度承諾を求めてから、横たわるタルディスの頭側に回り込んだ。真剣な表情で腫れあがった顔をつぶさにチェックしはじめる。
「ヒポクラテスさん、どうですか。我が国の英雄、タルディスは大丈夫でしょうか?」
 アリストパネスがタルディスのほうへ近づきながら訊いた。
「あぁ、無事でいて欲しい。このタルディスは、先の戦争の敗戦で惨めな思いをさせられた我々、アテナイの者の誇りを取り戻してくれた男なのだから」
 トゥキディデスはその場にへたり込んで嘆くような口調で言った。ゾーイはがっくりと肩を落としてため息をつくトゥキディデスの肩に手をやった。
「あぁ、わかっている。わかっているとも。嘆いたところでタルディスが元気になるわけではない」

 そう言いながらもトゥキディデスは、頭を垂れて悔しそうに顔を歪めて黙り込んだ。
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