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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第75話 その瞬間、スタディオン全体が静まりかえった
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額がつきそうなほど顔を近づけられ威圧されたセイは、その体格差にも圧倒された。
ウェルター級のセイに対して、エウクレスはあきらかにヘビー級。アマチュアボクシングの規定をあてはめるなら、スーパーヘビー級といってよかった。
成人男性の平均身長が165cmほどの古代ギリシアでは、セイは比較的背の高いほうだったが、エウクレスは規格外だった。ゆうに2メートルはある上背にくわえて、満身ががっちりとした筋肉に包まれていた。体重も100kgを超えているに違いない。もし一撃をくらえば五階級以上も離れているセイなどは、ひとたまりもないとすぐにわかった。
「意識のない人をなぶって、真のチャンピオンと呼べるのですか!」
「は、どんなに弱いヤツだろうと、どんな状態のヤツだろうと、オレはオレが好きなタイミングで倒す。それが俺様の流儀だ」
エウクレスがタルディスの髪の毛から手をはなした。
その場にタルディスのからだが崩れ落ちる。それを受けとめようとあわてて、ヒポクラテスとスピロがかけよってくる。
だが、セイは彼らとおなじように動けなかった。タルディスを手放したエウクレスの手のひらが、ぐっと握りしめられたのが見えたからだった。ふっと拳が動く。
それは、セイにとってはとっさの抵抗だった。だがそれは同時に日頃から行っているボクシングの練習で身についた習性といってよかった。
気づくとエウクレスが打ちこんできたパンチをスウェーでかわして、セイは彼の顔にストレートを打ちこんでいた。そのパンチは見事にエウクレスの顎をとらえていた。
その瞬間、スタディオン全体が静まりかえった。
あまりの空気感の変化に、むしろセイがとまどうほどだった。なにが起きたのかわからずあたりを見回す。正面のエウクレスはセイに殴られた顎に手を添えたまま、身動きひとつしない。だが身を守るためにやむなく繰り出したパンチだったので、効いているはずはない。だれかがぼう然としたまま口走った。
エウクレスの顔にパンチが当たったぞ……。
セイはそれがなにを意味しているのかわからなかったが、面倒なことになったことだけは薄々感じ取れてきた。
エウクレスの目はまちがいなく血走っていた。
そこにはもう殺意しかみてとれなかった。
ふいに音が戻ってきた。それは近くから、遠くから好き勝手に飛び交う野次や流言蜚語だった。
「エウクレス、ガキに反撃されてンじゃねぇかぁ」
「おまえが顔を殴られたのをはじめて見たぞぉ。おじいさんのディアゴラスを真似たかぁ」
「エウクレスは少年好きだからな。その美少年の顔に見とれてたのさぁ」
その声の応酬に晒されたエウクレスの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
エウクレスは目の前のセイに威圧した目をむけたかと思うと、ふいに審判のほうをふりむいて言った。
「審判。我が祖父ディアゴラスの名において嘆願する!」
「この少年と特別に試合をやらせろ。
タルディスの代わりにいたぶってやる」
ウェルター級のセイに対して、エウクレスはあきらかにヘビー級。アマチュアボクシングの規定をあてはめるなら、スーパーヘビー級といってよかった。
成人男性の平均身長が165cmほどの古代ギリシアでは、セイは比較的背の高いほうだったが、エウクレスは規格外だった。ゆうに2メートルはある上背にくわえて、満身ががっちりとした筋肉に包まれていた。体重も100kgを超えているに違いない。もし一撃をくらえば五階級以上も離れているセイなどは、ひとたまりもないとすぐにわかった。
「意識のない人をなぶって、真のチャンピオンと呼べるのですか!」
「は、どんなに弱いヤツだろうと、どんな状態のヤツだろうと、オレはオレが好きなタイミングで倒す。それが俺様の流儀だ」
エウクレスがタルディスの髪の毛から手をはなした。
その場にタルディスのからだが崩れ落ちる。それを受けとめようとあわてて、ヒポクラテスとスピロがかけよってくる。
だが、セイは彼らとおなじように動けなかった。タルディスを手放したエウクレスの手のひらが、ぐっと握りしめられたのが見えたからだった。ふっと拳が動く。
それは、セイにとってはとっさの抵抗だった。だがそれは同時に日頃から行っているボクシングの練習で身についた習性といってよかった。
気づくとエウクレスが打ちこんできたパンチをスウェーでかわして、セイは彼の顔にストレートを打ちこんでいた。そのパンチは見事にエウクレスの顎をとらえていた。
その瞬間、スタディオン全体が静まりかえった。
あまりの空気感の変化に、むしろセイがとまどうほどだった。なにが起きたのかわからずあたりを見回す。正面のエウクレスはセイに殴られた顎に手を添えたまま、身動きひとつしない。だが身を守るためにやむなく繰り出したパンチだったので、効いているはずはない。だれかがぼう然としたまま口走った。
エウクレスの顔にパンチが当たったぞ……。
セイはそれがなにを意味しているのかわからなかったが、面倒なことになったことだけは薄々感じ取れてきた。
エウクレスの目はまちがいなく血走っていた。
そこにはもう殺意しかみてとれなかった。
ふいに音が戻ってきた。それは近くから、遠くから好き勝手に飛び交う野次や流言蜚語だった。
「エウクレス、ガキに反撃されてンじゃねぇかぁ」
「おまえが顔を殴られたのをはじめて見たぞぉ。おじいさんのディアゴラスを真似たかぁ」
「エウクレスは少年好きだからな。その美少年の顔に見とれてたのさぁ」
その声の応酬に晒されたエウクレスの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
エウクレスは目の前のセイに威圧した目をむけたかと思うと、ふいに審判のほうをふりむいて言った。
「審判。我が祖父ディアゴラスの名において嘆願する!」
「この少年と特別に試合をやらせろ。
タルディスの代わりにいたぶってやる」
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